【映画】スパイの妻<劇場版>

見たのは2020年10月22日

★見た直後は何だか分からず、戸惑った

夫婦の騙し合いのように見えるけど、2人は嫌っているようには見えない。むしろ聡子は夫・優作を尊敬し、愛し、慕っているように思える。騙し合う必要はどこにあるのか? ヴェネチア映画祭で監督賞ということで評判で、Twitterなどを見ても激賞の感想が並んでいるけれど、どこがどういいんだろう。

そもそも聡子が、ペスト治療報告書の原本を憲兵隊の津森に渡した目的は何だったのだろう。聡子は夫・優作を「非国民」と罵り、優作の所業を津森に密告する。この結果、甥の文雄は憲兵隊で爪を剥がされる拷問を受け、自分はスパイだ、と自白することになる。では聡子は国粋主義者かと思っていると、報告書の英訳と9.5mmパテベビーフィルムを優作に見せ、「必要なのは英訳でしょ?」といい、事実を米国に伝えるのに賛同するという。ん? ではなんで密告したの? 甥は拷問され、夫の優作も憲兵隊に尋問されることになったのに…。甥・文雄を犠牲にする必要はどこにあったのだ? それが見えない。

優作は英訳とフィルムをもって米国に行き、亡命…という計画を聡子に話す。あれこれ綾がありつつも最終的に2人とも米国に出発することになるのだが、もしかしてこれは聡子の罠で、優作の本音を聞き出した上で憲兵隊にすべてを密告するのか?  と思ったら、計画通りに聡子は貨物船に乗り込んでしまう。では聡子の義憤は本物だったのか、と思ったら、船内に憲兵がやってきて船出前に見つかってしまう。通報があったというけれど、通報したのは優作しかおらんじゃないか。その優作は別ルートで上海経由で米国に向かってしまう。優作が聡子を嵌める必要が、どこにあるのだ?

1945年3月、精神病院の聡子・・・。野崎さんという老人がやってくる(彼の存在はロールスロイスを借りたときに名前しかでてきてない)。聡子は野崎に、私は狂っていない、狂っていることにされるのはこの国のせい、みたいなことを言う。このセリフを評価する声が多くあるけど、そんなありふれた社会正義の主張に監督のメッセージが込められているはずはない、と思う。

その後、神戸が空襲され、病院が焼かれ…。最後は浜辺を走る聡子、で映画は終わってしまう。エンドロールには小さな漁船から帽子を振る優作の姿があり、字幕で、戦後に優作の死亡が報告されたがその報告書は偽者の可能性が高いこと、その後、聡子は米国に渡ったことが知らされる。最後はインドで目撃されたという優作は実は生きてていて、米国に渡った。その優作を追って、聡子も米国へ、という解釈がフツーなんだろう。けれど、エピソードのピースはピタリとはまらない。なんだかいろいろスッキリしない映画だ。

優作が聡子を通報したのも計算ずくで、聡子はそれを分かってて逮捕され、精神病院に入った? 聡子が米国へ向かったというけれど、優作から聡子に手紙でもあったのか? そんなことをするぐらいなら、聡子の貨物船での密航をなぜ通報したのだ? もやもやしか残らないのよね。

もしかして夫婦間の嫉妬が原因なのか? 聡子は優作と満州帰りの草壁弘子との仲を疑った。優作は、聡子とその幼なじみである津森との仲を疑った…。でも、そんなことで夫婦で密告合戦をするものか?

怪しい存在の草壁弘子だけど、満州で医師といい仲になり、ペスト菌報告書を盗んで優作に渡し、優作と一緒に帰国。その後、有馬温泉に仲居で働くけれど、旅館の主人に手込めにされ、でも抵抗したからと主人が殺して捨てた、という投げやりな顛末…。これも取って付けたような話だ。草壁弘子は、それ以外に聡子の夢にしか登場しない。意味ありげな存在なのに、存在感なさ過ぎではないか。そもそも一介の看護婦が医師の報告書やフィルムを盗んだというのも、できすぎた話だし。

そういえば、優作と文雄が満州に行っているとき、聡子と女中・駒子が山中で津森と会うんだけど、あのときの駒子の、異様に驚いたような顔は何なんだろう。後に優作が、津森は聡子が好きでそれで神戸まで来た、というようなことを言うのだが、それはこの山中の遭遇のことなんだろう。このとき聡子は津森を家に誘うが、津森は「優作さんがいるのかと思った」と話していた。わざわざ聡子に会いに来るのだったら、優作が満州に行っていることぐらい事前に知っていたと考えるのが普通だよね。

優作と草壁弘子、聡子と憲兵の津森。互いに異性との絡みはあるにせよ、映像では具体的に何かあったようには描かれていない。なので、嫉妬の結果の騙し合い、というのにも、なんだか説得力がないんだよね。もやもや。

★しばらくたって、少し見えてきた

もやもやしたまま、ぼんやりと考えていたんだけど、これはホラーだと思うようになった。狂女による夫への深情け。
夫を支配したい独占欲の強い聡子。聡子は優作のすべてを知りたいし、優作に愛されたい。いっぽうの優作は、聡子の思いをうっとうしく思っていた。表面上は平穏な日々を送っていたが、優作が大陸で得た情報によって、事態は大きく動き出す。優作は聡子にスパイとなって情報を米国に知らせる決意を告げる。ならば、自分もスパイになる、と聡子は決意する。義憤からではなく、優作と一緒にいたいという思いからだろう。しかし、聡子は優作が草壁弘子に惹かれている、と疑う。一緒に帰国しながら、優作は彼女のことを聡子に知らせもしなかった。しかも、温泉地に匿うようにしている。しかもアメリカには、弘子と一緒に行こうとしていた。自分は捨てられる。優作を引き留める手立ては、憲兵隊への密告しかない。そうすれば、夫は自分の元から離れないだろう。甥の文雄が拷問されても、そんなことはどうでもよい。

草壁弘子が不可解な死を遂げると、優作は聡子に「一緒に米国に行こう」ともちかけてきた。やっと夫が自分の元に戻ったと聡子は安心する。しかし、これは優作の罠だった。聡子にまとわりつかれていたら、情報をアメリカに伝えられない。いつまた自分を裏切るかも知れない。優作は、聡子に別行動を提案し、自分は国外へ。聡子は憲兵隊に逮捕させる。これで安心してスパイ活動ができる。

聡子は、精神病院に収監される。もともと妄想が強かったんだろう。それが、優作に見捨てられ、精神に異常をきたした、と考えるのが妥当だろうと思う。そして、戦後。聡子は執拗に優作の居所を追求し、死が偽装されたと確信する。米国で暮らす優作に会いに、執念で追いかける…。

そうそう。もしかしたら、草壁弘子を殺害したのも、聡子かも知れない。仲居をしていた旅館の主人が手込めにしようとして、抵抗されたので殺した、とは言っていた。けれど、裏で何らかの手引きをした可能性はある。あるいは、あの女性は別人で、実は草壁弘子は生きていた、という解釈もできなくはない。

★もっと深読み

聡子の優作に対する支配欲は尋常ではなかった。それから逃れるため、優作は浮気していた。相手は草壁弘子。満州行きも、仕事と称する慰安のようなものだった。人体実験のデータや映像も、聡子を攪乱するためのねつ造品。それを、聡子に発見しやすい場所にしまっておいた。

聡子は優作の浮気を知って温泉宿まででかけ、相手を殺害してしまう。さらに、浮気のおしおきのため、優作のスパイ活動を津森に密告する。(ここで、甥・文雄が犠牲になるけれど、もしかしたら本当のスパイは文雄で、優作はちょっと手助けした程度、という解釈もできるかも知れない)

優作は、聡子の異常な愛から逃れるため、米国行きを提案する。もちろん別行動にして、聡子の密航は失敗するよう仕組む。そして自分は中国経由で米国に逃れ、草壁弘子と落ち合う。しかし、それを知った聡子は、戦後、優作を追って渡米する…。ホラーだよね。

★その他、気になること

・2人の住む屋敷は豪勢な洋館で、かなりな違和感。文化財にでもなっているのか、補修されていない箇所がいろいろ映って、ドアや壁のペンキは剥がれていたりしてる。CGで修正すりゃあいいのに。
・津森を始め、憲兵隊の軍服の着方、動きなんかがひどく不自然で、軍服を着慣れていない感じだ。もっとキリッとしなくちゃ。軍人なのに長髪なのも違和感。
・全体に絵づくりがあんまりされてなくて、自然光でフツーに撮られてる感じなのも、画面が薄っぺらに見える。もともとがテレビ用だったからなのかな。
・ヴェネチアでの評価って、第二次大戦中に中国で細菌兵器の開発のため人体実験をしていたこと告発しようとした日本人がいて、そのことを日本人監督が描いている、という点についてのことが大きいのではないのかなと思ったりした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?