俺とクジラ夜の街


2019年7月31日、俺が初めてクジラ夜の街を知った日。軽音楽の合宿で先輩が「夜間飛行少年」をコピーしていたあの日からこのバンドの虜だったのかもしれない。
合宿から帰ってクジラ夜の街をYouTubeで調べて、初めて聴いた曲が「無しの礫と走馬灯」という曲である。もっと好きになった。
そこからeggsを入れ、クジラ夜の街の様々な曲を聴いた、聴きまくった。
気がつけばクジラ夜の街を大好きになってて、自分のバンドでも「夜間飛行少年」をコピーした。ライブでも披露した。それくらい好きだった。
俺はバイトもほぼしてなかった。お金は月の初めに貰えるお小遣いの5000円だけだったからあまりライブに行けなかった。そんな俺のクジラ夜の街初ライブは「2020年5月17日 夜景捜査Vol.0」のはずだった。中止、延期になってしまった。あのウイルスがなければ、と今でも思ってしまう。
受験期に入ってしまい、結局高校生のうちにクジラ夜の街のライブは1回も見れなかった。
話は現在に戻る。大学生になり稼ぎも安定してきて、クジラ夜の街のライブにも顔を出すようになっていた。「夜景大捜査 夢を叶えるワンマンツアー」が解禁された当初、東京のワンマンはバイトが重なってしまい行けないことが決まっていた。
しかし、私情で色々あったため、いてもたってもいられなくなって、バイトを仮病で休み、東京のワンマンに行くことにした。
俺にとって2020年5月17日のリベンジワンマンである。この夜景大捜査前から前述の「無しの礫と走馬灯」をライブハウスで聴きたいなと思っていた。ぜひ夜景大捜査でやって欲しいと思っていた。夜景大捜査の仙台、名古屋、大阪とセトリを聞かせてもらったが、そこには「無しの礫と走馬灯」の文字は無かった。
「そりゃ、1年もやってねえからなぁ」
半ば諦めモードで無しの礫やってくれツイートを残し、夜景大捜査へ向かった。ライブ会場の前に到着し、整番呼ばれ待ちの時、ここにいる全員がクジラ夜の街が好きでここまで来ているんだなと思いとても感動したし、嬉しくなった。
夜景大捜査が始まった。自分の位置は後ろから5列目くらい、とても後ろだった。前半は時間が経つのがこんなに早いのか!!と思うほど一瞬だった。やっぱり「あばよ大泥棒」の「あばよ大泥棒」の所のフリは上手く出来なかった(笑)
「歌姫は海で」から一気にしんみりモードに入ったことを覚えている。
一晴君はMCでファンタジーに塗り固められた本当のラブソングと言っていて、クジラ夜の街のまた別の世界観に引き込まれた。
曲が終わり、一晴君「懐かしい曲をやります」とのMC、「ずっとずっと2人で……」膝から崩れ落ちた。涙も声も気づいたら溢れていた。膝は震えで止まらなくなり、手もまともにあげられなかった。それくらいしか覚えてない。ライブでしっかり泣いたことなんて無かったから。きっと周りの人には迷惑かけてたと思う。ごめん。
その後のヨエツはセコい、とてもセコかった。追い涙したじゃねえか全く、!!
ヨエツからの夜間飛行、MCの完成度高すぎてビビりました。また空飛べました良かった。
アンコールは「超新星」と「Golden Night」でした。特に「Golden Night」は涙腺崩壊したところにさらにさらに追い打ちをかけるかのような、そんな感じでした。
と、こんな感じ。
クジラ夜の街に伝えたいことは「メジャーデビューおめでとう!!」「これからもずっと着いていきます!!」「無しの礫やってくれてありがとう!!」「夜景捜査Vol.0のリベンジできた!!!」です!!
1番感謝すべきはあの時クジラ夜の街に出会わせてくれた先輩だったりします。まじでありがとうございます!!!
もう言いたいことが爆発して今書いてます深夜テンションです。
また、バンドに対しての気持ちが爆発したらNOTEにおさめようと思います。ここまで見てくれた人ありがとうーっ!!
これからも俺はクジラ夜の街が大好きだァァァァァァ!!!!!!!


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