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世界を簡単にする「当事者」へ

『同じさ。男同士の恋愛ものが好きなんて確かに大した問題ではない。だけどそれは君も変わらない。男だけど男が好きなんて、だからどうしたで済む話。真に恐れるべきは、人間を簡単にする肩書きが一つ増えることだ』
『人間を簡単にする肩書き?』
『ああ』
 僕は首を捻った。ミスター・ファーレンハイトの話は、たまに概念的で難しい。
『どういうこと?』
『そうだな。その子に関して、腐女子以外に何か大きな特徴はあるか?』
『絵が上手いかな』
『そこにその子が腐女子であるという情報が加わると、さすが二次元好きの腐女子は絵が上手いな、となる』
 ああ、なるほど。そういうことか。
『人間は、自分が理解出来るように世界を簡単にしてしまうものなのさ。そして分かったことにする。だけど本当のことなんて、誰にも分かりはしない』
『物理の「ただし摩擦はゼロとする」みたいな?』
『そう。「空気抵抗は無視する」もだね。ジュンはいいセンスをしているよ』
 褒められた。照れに口元が緩む。
『摩擦がゼロなわけはない。空気抵抗を無視して良いわけがない。だけどそうしないと理解出来ないから、世界を簡単にして事象を読み解こうとする。もしかすると今は当たり前のように通っている物理法則の数々だって、人間が自分に理解できるように世界を捻じ曲げた結果なのかもしれないよ』

 引用したのは自作『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』の一節です。この「世界を簡単にする」というフレーズはこの後も繰り返し作品に登場します。大事な言葉だからです。「ゲイだから〇〇」「腐女子だから〇〇」という決めつけ。面倒なものは自分に理解できるように簡単にしてしまおうという考え方。ここに対する違和感を元に物語は展開し、最後に一つの回答(not解答)を出して結末を迎えます。

 そして、これを書いた私が想定した「世界を簡単にする人間」は何も「異性愛者」だけではありません。いわゆる「当事者」も含んでいます。

 というかむしろ私は「当事者」の方にこそ、簡単にされてきた節があります。「ホモ」を肯定的かつプライドを持って使っている人間と言えば想像はつくでしょう。自分がアイデンティティを発露しようとする度に「オネエが表に出るとマネするやつが出てきてイジメに繋がるから引っ込め」みたいなことを言われ続けて来ました。要するに「セクシャルマイノリティのあるべき姿」から外れているわけです。私はこのような全体主義が嫌いで、オリンピックが掲げる「絆」に感じるような不審感を「連帯」に感じる口でした。

 別に「連帯」が不要とは言いません。むしろ社会運動としては必要だと思います。ただ連帯が「マイノリティのあるべき姿」を提示して従わない人間を排除する形をとるならば、それは抑圧的な権力として機能するという話です。マイノリティ内の多数決で勝った「多数派」が負けた「少数派」を排するという、どこにでもある数の論理がそこには存在します。

 そして、そのどこにでもある数の論理と抑圧が、自作の映画化に伴い発生しました。

 ここで語られているキャッチコピーとは「僕はゲイだ。だからって、『ふつう』の幸せをあきらめたくない」というものなのですが、私はこれ、何が悪いか分かりません。なぜなら「ふつう」に憧れるゲイは、現実にたくさんいるからです。間違いなく、現実の人間が現在進行形で抱えている悩みであり、その悩みは「同性婚したいのに出来ない」というような悩みと比較して優劣をつけられるようなものではない。「同性婚したい」と同じように「ふつうになりたい」と言っていいはずです。

 それを「鳥肌が立つ」と批判することが、抑圧でなくて何なのでしょう。「そんな悩みは見せるな」と言及をすることが、現実に存在する悩みを隠す以外に何の意味を持つのでしょう。

 私はこの発言から、障害を乗り越えた人間が今まさに障害に苦しんでいる人間に「障害なんて個性だよ」と言うのと同じ残酷さを感じます。

 人の「ふつう」を勝手に決めないでください。人には人それぞれの「ふつう」があり、その「ふつう」はあなたの「ふつう」です。同性愛者の「ふつう」ではありません。(そもそもそんなものはありません)

「ふつう」になりたいという願望

 そもそもセクシャルマイノリティに限った話ではなく、この「ふつう」になりたいという願望、びっくりするほど書かれません。件の人は「ゲイが同性とふつうに幸せになれる世界をかいてくれよ」と言っていますが、どう考えても世の中この手の作品の方がありふれているでしょう。本屋のBL棚に行けば無限に見つかります。

 さて、ここからは単なる持論なので話半分で聞いてもらいたいのですが、私はマイノリティの「ふつうになりたい」という願望が隠されがちなのには大きく二つ理由あるんじゃないかと思っています。一つは「マジョリティにとって都合が悪い」から。そしてもう一つは「そう思わないマイノリティの発言が目立つ」からです。

 「マジョリティにとって都合が悪い」というのは、シンプルに居心地が悪いということです。「ふつうになりたい」と悩まれたところで「ふつう」側はどうしようもない。だからオミットするわけです。そんな願望自体が存在しない「優しい世界」、嫌味な言い方をすると「都合のいい世界」を書く。ポリティカル・コレクトネスで言う問題の透明化というやつですね。『グリーンブック』にスパイク・リーが怒ったやつ。

 だけど私はその願望を書きました。都合悪かろうが何だろうか現実として存在するもんはするんだよ、みたいな。それが世間には新鮮に映ったし、同じ願望を抱えている人にも響いたのでしょう。作品に頂いた感想からもそれが伺えます。だからあのキャッチコピー、大事ですよ。私が考えたわけでも、決定前に確認したわけでもないですが、ちゃんと肝を抑えている。問題を透明化せず、現実をきちんと反映させた良コピーだとすら感じます。

 そして二つ目の「そう思わないマイノリティの発言が目立つ」というのは、セクシャルマイノリティで考えれば分かりやすいでしょう。強く「ふつうになりたい」と願う人、クローゼットが多そうですよね。顔出して連帯して活動して……みたいなのはあまりない。だから必然的に、そういうことをする人の声の方が大きくなってしまうのです。(これは良い悪いではなく構造的にそうならざるを得ないという話です。これでもインターネットとSNSの発達で実生活ではクローゼットな人の意見も聞けるようになりだいぶマシになりました)

 だいぶ前「隠れホモはLGBTじゃない」と言って炎上した人がいるんですけど、私はこの発言、かなり芯を突いていると思います。「隠れホモ」は語弊がありますが、まだ自分を認められていない人はそりゃ「LGBT」名乗らないですよね。なので「LGBT」がその人たちの声を拾いづらいのは、当たり前といえば当たり前ではないかと。(LGBT名乗ってない=自分を認められていないではないです。私は別の理由でLGBT名乗ってません)

 ただ、それは「拾えていない」だけです。現実は、同性愛者が同性と幸せになることだけを考えていればいいという世界にはなっていない。それは作品の感想という形で私の下に届けられた多くの声が、はっきりと証明しています。

 私はそういう人に届く、「同性愛者にとっての『ふつう』は、同性と幸せになることなんだよ」という決めつけに、真っ向から異議を唱える作品を書きました。同性が好きな自分を認められなくて、同性と幸せになることが幸せだと思えない人の、悩みや葛藤や正しくなさを書きました。それを的確に表現したキャッチコピーの否定は、作品の主旨そのものの否定であり、看過できず意見を表明させて頂いた次第です。

 世界を簡単にするな。摩擦を、空気抵抗をゼロにするな。

 私は、「同性愛者にとっての『ふつう』は、同性と幸せになることなんだよ」という多様性のない価値観に、一人の同性愛者として強く反対します。

最後に


 私は「映画を観れば分かるから観ろ」とは言いません。そういうことを言って良いのは映画を創った人たちでしょうし、映画は私の作品とは別の作品なのでそこまで責任も持てません。「原作を読めば分かる」は言えますが、それも言いません。なぜなら今回言ったことは、原作未読だろうが既読だろうが関係ないからです。だって「ふつう」になりたいゲイは「いる」んだから。リアルにあり得る心情を表現しただけ。そしてリアルにあり得るんだから「鳥肌立つ」や「同性愛者にとっての『ふつう』は、同性と幸せになることなんだよ」はダメでしょというシンプルな話です。

 世の中には「ふつう」になりたい人たちが沢山います。そして多くはその願望を、間違ったものとして捉えて自分を責めています。

 私はその願望を肯定します。願っていい。「ふつう」になりたいと思っていいし、そしてそれを発露しても構わない。人は自分以外にはなれないから、いずれ乗り越えなくてはならないかもしれないけれど、そうやって葛藤しているあなたを否定しない。そういうスタンスでやっていきます。

 そしてその願望や、願望の発露を否定する人を否定します。同性愛者にとっての「ふつう」は、同性と幸せになることだけではありません。私自身、「自分を認められない」というのとはまた別ですが、恋愛にあまり興味がないタイプの同性愛者なので、この「ふつう」の定義からは見事に外れます。(足立区の件で #私たちはここにいる のハッシュタグが流行った時、カップルばっかりであれだったのでコンビニで買ったチーズケーキの写真を上げました)

 最近「魚にはたくさんの種類がある」を多様性だと思っている人が目立ちますが、私は「泳ぐのが速いメダカと遅いメダカがいる」も多様性だと思います。

 以上です。

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