「腐」をゲイに被せようとする人間のホモフォビアがひどすぎて無理だという話

 最初に宣言しますが、これは「腐女子(腐男子)の"腐"を男性同性愛に被せようとする人間」、もう少し広めに言うと「BL愛好家への批判を安易にゲイに受け止めさせる人間」を批判する文章です。それ以外、例えばBL文化の是非(※1)には言及しませんし、BL愛好家への批判を安易にゲイに転嫁しない人も対象外です。

 なぜわざわざこんなことを書くかというと、一つはただBLが好きなだけの人を傷つけたくないから。そしてもう一つは、書かないと「こいつBL叩いてましたよ」「こいつ腐女子批判してましたよ」みたいな人が出て来るからです。というか、書いても出て来るでしょうね。もうその辺は言葉が通じないので諦めています。

 さて、本題。

 とはいえ、本当に「なんで分からないのか分からない」レベルの話なので、どう語ればいいのか悩むところはあります。BL愛好家への批判をゲイに受け止めさせる人間、前から居ることは居たんですよね。BL差別はゲイ差別みたいな。でも昔はコミュニティの中で抑えられていました。色々言われているのは私たちであってゲイではないよねと。ゲイバーに行って受けだの攻めだの聞くのが失礼なように、同一視することそのものが危険だから、批判はまずこちらで受け止めるべきよねと。でも最近また増えてきた。本当に意味が分かりません。

 だって「ロリコンキモい」に「子どもはキモくない!」って返すやつ、バカでしょ?

 「百合豚なんて言って豚扱いしてごめんねレズビアンさん」とか言われても、「豚はお前だが?」って話でしょ?

 女性表象の炎上で「批判されているのは表象ではなくそこに向けられているまなざし」って、散々言われてきたでしょ?

 これから話題にしようとしてる人たち、このレベルの話が分からないんですよ。なのでどう論理を展開すればいいのか悩む。足し算が分からない人に方程式の解法を教えられるわけないですからね。どうしよう。困った。

 いや、「分からない」は違いますね。BLへの批判をゲイに被せる人、女性表象に関しては「表象ではなく愛好家の問題」と主張する場合が多いので分かっているはずです。おかしいですね。それがなぜBLになると表象そのものに批判を受け止めさせるんでしょう。自分はちょっといじられた瞬間に即ギレするくせに、友達のことは好き勝手いじりまくるやつみたいですね。さてこの場合、この人は友達をバカにしているわけですが、女性表象とBLに対して態度が全く違う人はいったい何をバカにしているのでしょう。

 ゲイですよね。

 というわけで、毎日のように「わたしたちはキモくない。キモいのはゲイ」というバカげた論理を聞かされ、もういい加減に我慢の限界が来たので、その代表例である「同性愛は腐ってない! 」という主張がどれだけホモフォビアに満ちているかを解説するNoteがこちらになります。長くなるので、気になる方だけ続きをどうぞ。

①誰が「同性愛は腐っている」と言っているのか

 「腐」の由来について、とりあえず「腐女子」のwikiには

 「もともとはホモセクシャルな要素を含まない作品の男性(的)キャラクターを同性愛的視点で捉えてしまう自らの思考や発想を、自嘲的に「腐っているから」と称したことから生まれたといわれる。使われ始めた当時はへりくだったニュアンスとして、自身の特殊な趣向に対する防衛線の役割を果たしていた」

 と記載があります。これは自分の感覚から大きくずれたものではありませんし、「やおい女」の頃から追いかけている人からしても違和感はないのではないでしょうか。昔からBLの主戦場は同人二次創作なところがあり(「同人女の感情」も当たり前のように二次でしたね)、結果として同人文化の隆盛と共に原作サイドとの立ち位置が難しくなることも多々ありました。その中で生まれた言葉だと認識しています。

 そしてwikiには「やおい・BLジャンルの作品が好きでも、男性二人を見るとカップリングを妄想してしまうといった「典型的な腐女子」イメージに合致しないため、自身を腐女子ではないと考える人もいる」という記載もあります。これも違和感はないです。あらかじめ同性愛ものとしてパッケージングされたものを好む人たち、一次BL界隈は文化が違う印象でした。

 しかし現代を見ると、語源よりも広く適用され、一次BL界隈にまで浸透している面があります。もっともOLやチェリまほなどのドラマ界隈で使用されるケースはヒット規模に比べて少ない印象なので、いわゆる「腐ィルター」的な意味は失っていないのでしょう。ですがざっくり「同性愛ものを好む嗜好」ぐらいにはなっています。(これにより「BLは好きだけど腐ィルターはない」という人が巻き込まれる形になり、そこへの反発が昨今の色々を招いているのではという考察も出来ますが、話に関係ないので飛ばします)

 そして、なんとこれが最近では、嗜好ではなく表象を意味する「同性愛は腐っている」という意味になったそうです。誰がそんな差別的なことを言っているのでしょう。とんでもないホモフォビアです。許せませんね。自分も強く抗議します。さあ、出てこい!

 「同性愛は腐ってない!」と言っている人たちです。

 要するにこの人たち、「腐」の意味を自分たちでねじ曲げて「なんてひどいことを言うんだ!」と自作自演を働いているわけです。もちろんそういう意味ではないので、あちこちから「そういう意味ではありません」と反論が上がります。当たり前ですよね。「腐った女子(男子)」なんですから「腐」は「女子(男子)」にかかります。「腐」の文字で表現されているのは表象ではなく嗜好です。しかしその反論を、なぜか無視します。使っている本人がそういう意味で使っていないと言っているのに、そういう意味で使っているんだろうと決めつけてきます。まるで「腐」の意味が「同性愛が腐っている」ではないと困るみたいに。

 なお、現実にBLがどういう扱いを受けているかというと、アニメドラマ映画と躍進中です。次から次へとメディアミックスが決まり、ツイッターではドラマのタグがトレンド1位を取り、雑誌やテレビでも連日のように取り上げられています。僕もBLは好きなので嬉しいですね。ところで、何が腐っているんでしたっけ? 日の当たる世界でも大人気のようですが。

 「同性愛は腐っている」。一人の同性愛者として僕はこんなホモフォビアに満ちた言説は許せません。だからこそ「同性愛は腐ってない!」と言っている人たちを許せません。なぜならそれを言っているのは、その人たちだからです。同性愛は腐っていません。みんな知っています。それを分かっていないのは、あなたたちです。

②「BL以外の二次創作は叩かれていない」のか

 ここまで言ってもなお、まだ「腐」を「同性愛」に被せようとする人がいます。そもそも「腐」の指すところは「もともとはホモセクシャルな要素を含まない作品の男性(的)キャラクターを同性愛的視点で捉えてしまう自らの思考や発想」であり、要するに「男性同性愛への改変」です。これについて他の「改変(二次創作)」は何も言われていないのに「男性同性愛への改変(二次BL)」だけ色々言われるのはおかしい。だから原因は「改変」ではなく「男性同性愛」にあるという論理です。

 まあ、嘘です。何が嘘かというと「他の改変は何も言われていない」が大嘘。原作のイメージを損なう二次創作は普通に叩かれます。「他の改変はそんなに気を使っていない」はあるかもしれませんが、それは「ゲイだから叩かれる」とは意味が違います。

 例えばR-18はそのカテゴリごと嫌いだという人も多く存在します。K1やハチマンのようなメアリー・スーもよく叩かれます。その時に売れているジャンルの本を出す人間は「イナゴ」と言われます。要は原作愛がないと判断された二次創作は、BLに限らず漏れなく批判対象です。(判断が正しいか間違っているか、批判が妥当かどうかは別の話)

 そしてそういった中で「腐」に近くて遠い、特に批判を集めやすい嗜好があります。「夢」です。

 「夢」と「腐」のどちらがより批判されていたかという話をここでするつもりはありません。しかし「夢」に対する世間の当たりは相当厳しいものがありました。そしてこの批判対象はもちろん「夢」という嗜好そのものです。そもそも「夢」は恋愛に限った話ではないのはさておき、「夢」が「ヘテロセクシャルだから」という理由で叩かれていたわけではありません。(全くない、とは言いませんが)

 このように「改変」は男性同性愛化に限らず批判の対象となり得ます。こういった現実がある以上、自らの巨大な「改変」に気後れを感じ(何せ原作の時点でホモセクシャルなキャラが出ることは稀なので、ヘテロセクシャルをホモセクシャルに改変するか、ヘテロかホモかも分からないぐらい恋愛に縁のないキャラに恋愛をさせるケースがほとんどなのです。そして多くの場合そこにセックスまで入る)、その思考や発想を自嘲的に「腐っている」と言い出すことは何もおかしくないでしょう。あくまで己の嗜好に対する言及であり、今「同性愛は腐ってない!」と言い出している人たちよりずっとゲイに対する敬意があったと思います。なにせ「同性愛が腐ってないなんて当たり前でしょ」だったんだから。

 それにしても、普段ちょっとキャラの性格が違うだけで「公式が解釈違い」みたいなことを言っている人たちが、二次BLが叩かれた時に真っ先に「解釈違い」ではなく「ゲイ」が悪いと考えるの、すごいですよね。

 どれだけゲイのことを気持ち悪いと思っているのでしょうか。

③「ゲイものが無理」という批判はないのか

 ではBL批判において「ゲイ創作そのものが無理」という批判はないのかと言うと、あると思います。ゼロなわけがありません。ですが、軸ではないのではないかなと推測しています。なぜなら①で述べたように、今の日本は実写の一次BLが地上波に乗って大人気という状況だからです。

 そのような批判が軸ならば、今、世間で人気を博しているBLドラマはもっと叩かれていないとおかしいはずです。否定的な意見を目にしなかったわけではないですが、ツイッターのトレンド1位をバンバン取る勢いや億単位の興行収入を軽く叩き出す経済効果には、全く敵わないのが実情ではないでしょうか。今や「男性同性愛もの(≒BL)」は人気コンテンツの仲間入りを果たしており、「昔は"同性愛は腐っている"だったけど今は違う」なら通るかもしれませんが、その逆の「昔は"わたしたちは腐っている"だったけど今は違う」は通りにくいと考えられます。(なお、それにより現実のゲイの悩みが無くなったかと言うと全くそんなことはないのですが、それは関係ないので省きます)

 まあとにかく、BLは現状メディアミックスにより幅広い層に受け入れられて成功しているわけです。そういう環境の中でBL愛好家が忌諱されたとして、周りがそうではないと言っているのを押し切ってまで原因は「同性愛」にあると考えるのが、ホモフォビアではなくてなんなのでしょう。そしてそんなことをしでかしながら平気で「差別反対」という立場に立てるのは、いったいどういう了見なのでしょう。

 加えて、これはもはや常識だと思っていたので今さら説明するのは億劫なのですが、BLとゲイは1対1対応ではありません。BLが好きでゲイを差別する人、BLは嫌いだけどゲイにフレンドリーな人、僕はどちらも見たことあります。

 そんな当たり前のことを差し置いて、批判的な言及に対して「ゲイが嫌いなんだよね?」と決めつける態度。そうじゃないと言っている人間の反論を無視し、言葉の意味を無理やりねじ曲げてまでゲイに対する嫌悪感を保存しようとする試み。

 それを自分は「差別」と呼ぶと思うのですが、違うのでしょうか?

④そもそもゲイを矢面に出すのがどうなのか

 こういうことはあまり言いたくありませんが、BLの多くは当事者ではない人間のために創作された娯楽的消費物です。(それが悪いと言っているわけではなく、単にそういう性質だという話です。当事者が楽しめないという意味でもありません)

 そこで聞きたいのですが、今「同性愛は腐ってない!」と言っている人たち、巨乳の女の子の絵が批判されている時に「巨乳差別反対!」と言っていた人たちをどういう目で見ていましたか? もしや「お前が言うな」ぐらいのことを考えていませんでしたか?

  グラビアアイドルに女性が勇気を貰うように、ゲイがBLに己を重ねるのはいいでしょう。でも愛好家がBLをゲイに重ねて、批判をゲイに受け止めさせるのはどうですか? グラビア愛好家がグラビア否定は女性差別と言っていた時、あなたたちはどう返していましたか?

 BLは今や一大人気コンテンツです。少なくとも、同性婚も出来ずカミングアウトも一般的ではない同性愛者の現状と比べれば、圧倒的に消費の方が先行していると言って良いでしょう。(というか、やおい論争から今日に至るまで消費が先行していなかった時期なんてありません)

 なのに未だに迫害されている被害者気分全開。配慮するどころか盾にしてくる始末。女性表象が炎上し、オタクが「石の裏に隠れていた」という文脈を口にする度に「今のお前を隠せる石などこの世に存在しないわ」と思っていたのですが、本当にそれと鏡に映したようにそっくりです。

 毎日のように「わたしたちはキモくない。キモイのはゲイ」という理屈を、「表象ではなくそこに向けられた視線を問題視しろ」と言っている人たちから、「わたしたちは差別に反対します」という体裁で放たれている。

 今、僕が置かれているのは、そういう状況です。

 勘弁して下さい。

⑤まとめ

 言っておきますが、自分は「腐」を絶対に使い続けろとは言っていません。使いたくないなら使わなければいい。少なくとも自称は勝手に止められるでしょう。またBL愛好家への批判、BLへの批判を安易にゲイに受け止めさせるのは反対ですが、じゃあBLを差別していいかというとそんなことはないので、BL差別を「BLに対する」差別として論ずる意味はあるでしょう。

 ですが、そこで意味を捻じ曲げてまで「同性愛は腐っている」という既成事実を作り、責任を押し付けないで貰いたい。例えば「ロリショタでさえ消費用にパッケージングされたものを消費するだけなら問題ないのだから、男性同性愛ものを消費する程度の嗜好にマイナスイメージを持つ言葉が使われるのは不当(※2)」という風に、言及されているのが嗜好であるという前提に立った主張なら理解できます。でも「ゲイは腐ってないから腐女子は腐ってない」はおかしいです。それは「子どもはキモくないからロリショタはキモくない」という主張と同じで、矛先を嗜好から表象に逸らしている。いくら何でもバカにしています。

 もっとも、これはあくまで僕個人の意見です。僕はOLやチェリまほの快進撃から「ホモ超人気じゃん」ぐらいに思っていますし、同性愛はもう「自分で自分のことを否定しすぎていないか」を考えるべきフェイズに入っていると思っていますが、同じ当事者でも「僕たちがキモイせいで腐なんて呼ばれてごめんね」という人もいるでしょう。なので、僕の価値観が絶対の価値観だとは言いません。

 ただ、僕は本当に怒っています。「怒っていい」「声を上げていい」というのが最近のトレンドです。だからというわけではないですが、自分も怒りますし、声を上げます。

 誰よりも差別をしているのは、

 誰よりも失礼なのは、誰よりも人権意識がアップデートされていないのは、誰よりも表象の論じ方を分かっていないのは、誰よりも自分勝手で独りよがりなのは、
 
 自分の欲望を覆い隠し、批判を全て表象に押し付け、のうのうと善人面して人を平気で踏みつけている、

 お前だよ。

 僕は、怒っていい。


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 ※1
 一応立場を表明しておくと僕はポリティカル・コレクトネス的な視点を持ってはいるので、日常でカミングアウトしているゲイに出会うケースなんてほとんどないのにBLによる鑑賞物化だけはゴリゴリ進んでいるなとか、ゲイカップルが賃貸契約を断られる話もよくある現状で不動産屋がBL広告打つのはごまかされている気がするなとか、ゲイ雑誌は休刊が続き同性愛の教育は行われず若いゲイが最初に触れる同性愛情報が間違いなくBLになるであろう状態でゴム無しセックスが横行していていいのかなとか考えてはいるのですが、そもそもポリティカル・コレクトネスというものに対して割と懐疑的です。現状BL は絶対に「正しい」とは言えないけれど、「正しい」ことってそこまで大事かしらというスタンス。

  ただし「ポリティカル・コレクトネスを重視する人」がこの類の問題から目を背けるのは、本文中で述べた「自分はちょっといじられた瞬間に即ギレするくせに、友達のことは好き勝手いじりまくるやつ」なので、ゲイをバカにしていてとても不快ですね。

 ※2
 厳密には「腐」は消費用にパッケージング「されていない」ものに同性愛要素を見出すことを表現した言葉なので、一次はともかく二次はこの理論では足りません。もっとも自称なので理論もクソもなく止めればいいのですが。

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