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将来的に起こりうるNFTの活用とその危険性について

「おーい席につけ!授業始めるぞ。私物は仕舞え」

 教室を走り回っていた蛍光色のポニーの群れが消える。相撲レスラーになぎ倒された机も授業開始のタイミングでブロックが切り替わると綺麗に元の位置に修復された。

 ここは府立メタバース学園、我が国の学生の80%が在籍するマンモス学園だ。


「出席配るからウォレットだせー」

 生徒たちは各々のウォレットをいそいそと提示する。

「届いてるか確認しろよ。後でなかったとか言ってももうミントしないからな」

 初級BC理論3/36のNFTがウォレットにあるかを確認する。うっかり受け取り忘れたら再受講になるんだから油断はできない。


「…えぇ、つまり人類の誕生した世界が11次元の宇宙に存在していることが確認された西暦2000年代ですがこの頃になると恒星演算機が誕生し、空間のフルオンチェーン実装が可能になったわけです。これにより大規模なメタバースが発展し、今日に至る。またサトシナカモトが第三の論文で提唱していたブロックチェーンによる次元の保存は恒星演算機による複写的な11次元宇宙の再現によってバラバラの植民地星に存在していた我々人類の意識を同一のチェーンに統一することができたというわけです。重要なのは一人一人がノードとして社会的な責務を果たすこと、間違っても宇宙海賊になんてなるんじゃないぞ!」


『かったりー。今どきブロックチェーンなんか勉強しても意味ねぇよなwコードなんて全部AIが書いてるんだから』

 教師がブロックチェーンについて熱弁している中、個別チャットが届く。いくら初級とはいえ、何千年も前の話をされても気分は上がらない。

「先生!人類が肉体を捨てブロックチェーン上で生きるようになったのは何年頃からなんですか?」

「おや、いい質問ですねぇ。まず西暦3000年代の宇宙開拓時代まで存在した過度な物質主義に対抗するようにあらゆるものをNFT化する文明が発達します。しかし、殆どの人間は肉体を完全に捨て去る決心ができず資源は物々交換が主流でした」


 教室が展開し、遥か昔のブロックから取得した宇宙開拓期の擬似空間に転移する。

「先生、これが人間なんですか…?」

「そうだ。君たちとずいぶん違った姿をしているだろう。有機アバターじゃないぞ。これが旧来の物質世界で生きていた人間本来の姿だ。だがこれは脳だけを延命しているに過ぎず、完璧な不老不死ではなかった。この頃の人類には数百年程度の寿命しかなかったんだ」

 宇宙船の水槽に浮かぶ脳が不気味にぷかぷかと揺れる。遥か昔の光景ではあるが今も同じブロックの中で生き続けている。

「4000年代になると惑星コアの乱獲や深刻な宇宙資源の不足から持続可能な宇宙をテーマにした研究が盛んになり、宇宙を丸ごとブロックチェーン上にメタバースとして再現することが可能になった。物体を構成する微小な8つのセルに情報を書き込みブラックホールで圧縮するストレージ技術も重要な発明だから覚えておくように」

 使ってもなくならない無限の資源、ブロックチェーンは人類にとってまさに夢の技術だ。


「5000年代に入ると11次元宇宙にある恒星の活用が既存の生態系に深刻な影響を与え始めた。今では使われていないが宇宙空間の真空部分を利用した真空管が増えすぎたことも環境破壊の原因になった。生命の大量絶滅を防ぐために殆どの生き物がNFTに置き換えられたのもこの頃だ」

 11次元宇宙、三次元のメタバース空間で生きる俺たちには想像もできない話だ。そういえば最近は有機アバターを用いて実況配信するRtuberが流行っているらしい。

 展開した空間が端の方から折り畳まれ教室が元に戻った。やはり本格的なプロジェクターは迫力が違う。間違いなく200万サトシ以上はするシロモノだろう。

「4000年代の反物質ネットワークに関しては各自レポートにまとめて残り168ブロック後までに提出するように。あと先週の課題を提出していないものはこのブロックが切り替わるまでに提出しなさい!」

 しまった。完全に忘れていた。すかさず思念でメンションし、友人に媚を売った。

『むだむだ、課題を見せてもらおうったって俺は半自立型AIなんだぜ?』

 ここは学生の健全な学業を支援するためにデジタル府が作ったメタバース空間、教師を含め他の学生も全てAIに過ぎない。そしてAIはいつの時代も融通が効かない。最後は自分の力が試されるということなのだろう。もっとも、メタバース学園は各学校に別々のシナリオが存在するがユーザーが体験する大筋は同じだ。それ故にCarrotには学園の攻略サイトが存在する。Carrotとはインデックス化がされていないweb、いわゆるオフチェーンのDeep Webに存在する最も有名なTorネットワークのことだ。

 攻略サイトをパッと見たところ早速お目当てのレポートを見つけた。じっくりと中身をチェックしたいがものすごい勢いでNFTが発行上限に近づいていく。どうやら皆んな考えることは同じらしい。素早くミントしてNFTを先生のウォレットに提出する。あれはいったい何年前から使いまわされているレポートなんだろうか。

 この攻略サイトは大変便利ではあるが試験では使い物にならない。問題は全部試験開始10分前に自動生成されるようになっているからだ。試験の結果は分散型成績帳簿に記載され、それはそのまま信用スコアに響く。信用スコアはベーシックインカムの受給額に反映されるため学生は皆、必死だ。だから結局のところ勉強はしなくてはいけないのだがレポートを無事提出して課題提出済みのNFTを受け取るとそんなことは気にならなくなる。
 学園のNFTは無骨なデザインだが集め始めるとこれがなかなかコレクション意欲を誘う。繁々とウォレットを眺めていると漫画が一冊足りないことに気がついた。

『あ、お前そういえば漫画返せよな』

『わりぃ!あれ友達に貸したらGOXしちゃったみたいでさぁ。ちゃんと同じやつ買って返すから』

『ふざけんなよ。あれは初版で今だとプレミアついてるんだぞ』

『なんだよ。読めれば同じだろ』

『違うんだよ。全然わかってない』

 AIには人の心がないのだろう。貸したNFTを又貸ししてGOXするなんて人間が平然とできることではない。複製体でこれなのだから、こいつのオリジナルもろくな人間ではなかったに違いない。

「センセー、また鈴木君が図書室にオブジェクトを出して恐竜が暴れてま〜す」

「なにぃ、あいつめ!今日という今日は許さんぞ!教師権限でNFT没収だ!!」

 先生が重力モジュールを起動して空間を湾曲させ勢いよく教室を飛び出していった。教室には音速の衝撃波が起こり電磁波と干渉して発生したプラズマは七色のオーロラに変わった。相変わらず派手なエフェクトだ。教室にいた生徒たちの何人かは面白そうだと後を追う。

『やめとけって、あれはランダムイベントだ。つられて野次馬になんていったら次の授業に遅れて内申に響くぞ』

 学業支援AIに止められる。学園はそんなところまでチェックしてるんだなと感心しているとジリリリリと火災を知らせる警報が鳴り響いた。ザワザワとはするものの誰もパニックにはならない。このメタバース空間の火災など、別段と命に関わりはしないのだから当然だ。それよりも図書室にあるNFTの耐久値がモリモリ減少していく光景が見たかったがそろそろブロックが切り替わる時間なので次の授業の準備をしなくてはならない。

「おーい席につけ!授業始めるぞ。私物は仕舞え」

 教室を走り回っていた蛍光色のポニーの群れが消えた。これもまた遥か昔のブロックの出来事、チェーンが進めど今も同じ時を繰り返し続けているのだった。



真面目な考察記事も書きました。

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