伊勢神トンネルに行った時の話
・登場人物
俺
翔也
虎太郎
春菜
※偽名
あれは俺が19歳の頃だと思う。
岡崎市の某企業に期間従業員として入社した俺は、同期で入ってきた男達とよくつるんでいたんだ。
春菜を除く俺達は同じ寮でルームシェアをして暮らしていたのだけれど、虎太郎がTinderで繋がったのが春菜だった。
まあ、彼女は旦那もいたし娘もいた訳で...結論から言えば春菜と虎太郎は不倫関係だった訳だね....笑
俺と翔也は苦笑いをしつつも、2人とも遠方から出稼ぎできていたから足なんてなかったし、買い物に行くにも毎回バスと電車を乗り継いでなんてめんどくさかった訳で。春菜の乗っていたハイエース目当てにつるんでいた訳だ。酷い話だけれど笑
ある蒸し暑い夏の夜、唐突に翔也が俺の部屋にやってきて開口一番こう言い放った。
「やさいちゃん、心スポいくべ!」
これといって霊感がない俺は、今までに心霊スポットにいっても何も感じなかったし、何も起きなかった事もあって、こんなクソ暑い熱帯夜に外に出るなんて正気かと内心嫌がったが、翔也のキラキラした目を見るととても断るなんて出来なかった。
俺たちは出稼ぎだし、娯楽なんてない監獄のような寮生活。朝起きたらバスに乗って会社へ行き、帰ってきたら畑に囲まれた古ぼけたマンションで眠るだけ。
俺たちはあの寮のことを牢屋と呼んでいたし、職場のことは強制労働所とか言ってたっけ。自ら望んで面接しているのに笑
そんな娯楽に飢えた男達なのだから、心スポだろうがなんだろうがとにかく遊びたかった。そんな翔也の気持ちも理解はできた訳で。
俺達4人は春菜の運転するハイエースに乗って、伊勢神トンネルを目指したんだ。
道中、レペゼン地球のYSPを爆音で流しながら、4人でヤリ捨てポイポーィ!とか騒ぎながらハイエースはその車輪で道路を蹴る。
山の上にある伊勢神トンネルだったとはいえ、何故だろうな真夏のはずなのに少し肌寒いなと思ったんだ。
新伊勢神トンネルの入口手前で、廃墟になったドライブインだろうか。飲食店の角を曲がる。
この坂を登れば俺達の目当ての旧伊勢神トンネルが見えてくる。
坂をのぼっていく最中、俺の耳に変な音が飛び込んできた。
ハイエースの窓をコツコツと叩くような、乾いた音がする。枝でも当たっているのかと思ったけれどそんな物は無い。
不可解だなと思ったけれど、心霊なんて何一つ信じていない俺は翔也に「なんか聞こえない?」と問うが、翔也も無かったし気にもとめなかったんだ。
この音が何だったのかは分からないし、後部座席の荷物だったかもしれなければ、本当に俺達には分からない何かがあったのか謎だけれど、ここから1週間続く不可解な出来事が始まった。
車を停めて外に出る。
今思えば違和感しかないが、夏だと言うにもかかわらずやたらと肌寒ければ虫の鳴き声1つしなかっあ。
道中コンビニで買った塩をこれみよがしにハイエースを囲うように四隅に山を作ってみる。
効果なんて知らないけれどこういうのは雰囲気なんだと言いながら、雪国で育った頃を思い出したりもした。塩と雪は別物だけれどね。
トンネルへは俺と翔也が先行して、後ろに残りのふたりが続いた。
翔也と俺は米津玄師のlemonを熱唱しながら、トンネル内の反響を楽しみ奥へ奥へと足を進めていく。トンネル内に入るとさっきまでより一層肌寒さを感じたものの、霊的な物は何も感じない。
虎太郎と春菜はくっつきながらしきりに「ヤバい」だとか「怖い」だとかなんとか言っていたけれど、2人が俺達を誘ってきたしこれみよがしにイチャイチャしてんじゃねぇよわざとらしいなと思った。
(まぁ....雰囲気を楽しむって言えば俺も怖がるべきなのかな。
所詮、心霊スポットなんて生者が勝手にそう思い込んでいるだけの眉唾だよ。
あぁ.....早く帰ってモンハンやりてぇ.........)
そうこうしている内に、トンネルを抜けた。
抜けた先の森は霧におおわれていて、相も変わらず虫や動物の声はしないし、まるで今この場所に俺たちしかいないかのような静寂がそこにはあった。
突如、懐中電灯代わりにしていた俺と翔也のスマホがおかしな挙動をし始める。
何度電源を切っても画面が点灯し続けるんだ。
当時のスマートフォンには顔認証で画面が起動する機能なんてなかったし、顔認証が出来るほど明るくない。
俺と翔也は目を見合せて首を傾げたその時だった。
唐突に虎太郎と春菜が悲鳴をあげる。
虎太郎「いま耳元でおっさんの声がしたんやけど....」
春菜「耳元で女のうめき声がして本当に、本当だって、怖いやだ無理。もう無理無理」
翔也「いや盛りすぎだろ笑俺聞こえなかったべ笑」
俺「2人同時とかわかりやすすぎだろ。もう少し凝ってくれよ笑」
2人は本当だとか何とか言ってたけれど、絶対に示し合わせてただろうと思った。
きっと誰もがそう思うだろ?
そこからの帰り道、虎太郎と春菜はしきりに怖がっていたけれど何かが起こるわけでもなくハイエースまで戻ってこれた。
ただ、春菜は運転なんて出来ないと言うし内心本当になにか聞こえたのかもしれないと思えてくる。同時に演技にしては長すぎて鬱陶しいとも。
仕方なく、春菜の代わりに俺がハンドルを握った。ハイエースの始動音が静かな森に鳴り響く。
ディーゼル特有のトルクの強さにいい車だなと感じながら、坂を降り始めて初めて俺自身も不可解な現象を身をもって感じ始めた。
なんだろう。車の挙動がやけに安定しない。
ハイエースの車高の高さとか足回りとか、そういうのじゃなくやけに車体が揺れるんだ。
カーブでもなければただの直線の下りにも関わらずまるで身をよじるかのような挙動に困惑する。
カタカタカタカタカタと鳴り響く謎の異音に背筋を凍らせながら、頬を伝う汗を拭って運転に集中する。一体なんだってんだ、何が起きているんだ。
虎太郎と春菜がしきりに痛い痛いと口にする。
足首が痛いと言う春菜と、胸が痛いという虎太郎。
翔也は1人「わざとらしいって。てかやさいちゃん運転下手じゃね?大丈夫?」と気にもとめない。
お前の頭が大丈夫か。
坂を降りた先、国道に合流した俺は窓を開けてタバコに火をつける。
先程までの挙動のおかしさから一転、この時になるといつものハイエースに戻っていた。
街頭も増えてきたあたりで春菜が悲鳴をあげた。
「窓に、窓に手跡が」
ルームミラーで後ろを見ると確かに手跡がある。いや、誰かが付けたやつだろう?そんな、まるで先程までの挙動が中で見えざる者が暴れていたとでも言うのか。そんなことがあるのか。
ただ、窓を開けてから挙動が安定した事実を鑑みるとそう考えざるを得ない。俺はその場を早く離れたい思いから自然とアクセルを強く踏んだ。
スタンドに立ち寄って燃料を補給すると同時に、その手跡を見てみる。明らかに内側から付けた跡だったし、来る道中後部座席にいた俺には見覚えはなかった。
春菜は昨日洗車したのにと言っていたし、それにしては手跡の数が多い。
これは本当に何かが居たのかもしれないなと思いつつ、窓を開けてから安定したことから車に乗り込んでしまった何かが居たとすればきっお窓を開けた時に出ていったんだろう。そう結論づけたし、そうでも言ってあげなければ春菜が可哀想だったんだ。
そこからは何事もなく帰路につき、色々な事がありすぎて疲れていた俺はクタクタで久しぶりの運転もあってか疲れて寝てしまった。
翌朝からはもう全て終わったんだろうと思いつつ、心霊スポットはあまりバカにできないなぁと考えながらも、俺と翔也は何事もなく日常に戻り始めていたある日、春菜から電話がかかってきた。
「人を轢いたの。でもその轢いた人がいないの」
何言ってるんだ?
ただ、この時虎太郎と翔也は仕事中で俺しか頼れなかったんだろう。
幸い?にも寮から5分程歩いた場所だったし、切羽詰まった様子の春菜も心配だったから彼女のもとへ向かってみることにした。
春菜が言うには、走行中にふとスマホに目をやって視線を戻すと、目の前に人のような何かが居たらしい。
慌ててブレーキを踏んだもの「何か」を避けることは叶わずぶつかってしまったらしい。
ただ、そのぶつかったはずの人は何処にもいないし、ハイエースのフロントグリルに傷1つない。
車体の下に巻き込まれた何かがいるわけでもなければ、ドライブレコーダーには何も写っていない。
ただ、ドライブレコーダーに残る衝撃音と、荷物が散乱した車
そして、ルームミラーにかけられていた真珠のネックレスがちぎれていた事を鑑みると本当に見えざる何かとぶつかったのではないかと思ってしまう自分がいる。
泣きじゃくる春菜を宥めつつ、1度虎太郎とお祓いに行くことを薦めた。もしかしたら本当に何かあるのかもしれないと。
結果的に言えばお祓いは間に合わなかった。
あれから数日経った日の昼下がり、虎太郎と春菜は2人で出かけていたのだけれど、本当に事故を起こしたんだ。
カーブを曲がりきれずガードレールに突っ込んでしまった2人だったが、これがまた不可思議でな。
伊勢神トンネルから下る際、車が暴れていたと言っただろう?
その時、2人がしきりに痛い痛いといっていたその場所を怪我したんだ。
ハイエースは廃車になったし、2人は病院送りになってさすがの俺と翔也も霊的な何かを感じざるを得なかった。
あれから数年が経つが2人はまだ不倫を続けている。翔也は東北へ旅立ったし、俺達はあの日以来自然と疎遠になっていった。
新しく迎えたハイエース2号機は何事もなく元気に走っているらしいし、あれ以来4人に何かが降りかかったことは無い。
2人の霊感が強かったのか分からないが、こうして実害も出た不可解な出来事を経験して以来俺は心霊スポットというものに近づかなくなった。
これでこの話は終わり。まるで嘘みたいに思うかもしれないけれど事実は小説よりも奇なりと言うように実際に俺の身の回りで起きた出来事だ。
俺は直接何かを見たわけでも聴いた訳でもないし、今でも霊的なものは感じない。
ただ、それまでの自分と打って変わって
「何かはあるのかもしれない」
今はそう思っているよ。
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