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あの日、花が降った夜の話②

『雨と花束』鑑賞記録②


モーテルを散策した疲れも癒えた頃、
30年前の雫とある女性へ声をかける。

彼女は唯一、彼の記憶が消えない女性。
彼女は透明にローブを身にまとい、
アジサイと名乗る彼女は雫と同じく、忘却の魔女に呪いをかけられ、全ての人から忘れ去られている、
という。
彼女は、「魔女の呪いを解く方法はただひとつ、
魔女の本当の名を告げればいい。しかし、呪いは決して解いてはいけない」と言うと姿を消した。

再びモーテルを自由に散策するとこになった私たちは、今度は上の階の部屋をみて回ることにした。
3階のとある部屋に入ると、そこには現在(走馬灯から見たら30年後)の川野雫が座っていた。
彼に、これまでの一連の流れをみて、何を感じたか尋ねられた。
私は、アジサイが放った「呪いを解いてはいけない」と言う言葉が引っかかり、「忘れゆくことも、もしかしたら大切なことなのかもしれない」と答えた。
私はこれまで、「忘れられない」ことは過去に留まる、つまり後ろばかりを振り返る悪いことだと思っていたからだ。

私が人生で1番楽しかったと感じるのは学生時代、仲間と共に演劇を作った日々だ。だがその日々を思い出すことが、変わってしまった今の環境に満足できていない証拠のような気がして。未来へ、前を向くことができずに過去にばかり縋るのは悪いことだと感じていた。「忘れることも大事」とは、そんな私の気持ちから出た言葉かもしれない。

しかし、彼はこう続けた。
「自分が思い出や記憶に残らないことは、寂しいけど、それも悪くないとも思う。過去は沈殿していくものではない。その「思い出」を思い出している「今」は積み重なっているのだから。」

何か私の中で、すっと雲間から光がさすように
心に灯された。それは、きっと他の人から見たらわからないほど小さな、大きな救いだった。 

私たちは思い出を通して過去に縋っているのではない。過去を思い出す今を積み重ねている。
思い出す過去は毎回同じではないし、その感じ方もその時で違うだろう…だからこそ、むしろ過去を通して今を積み重ねることで、未来を向けるのではないのだろうか。

彼が最後に演奏してくれた「涙」という曲は、
悲しくもあたたかく、美しかった。

私たちは彼に別れを告げると、廊下で川野雫に声をかけるすみれに出会う。
私たちは、スイレンという女性の部屋に入った。
中には誰もいなかったが、机に置かれた水盆に、睡蓮の花が飾ってあった。スイレンという花の名は、ギリシャ神話に登場する、失恋から身投げしてしまう女性ニンフから由来するという。
その花の名を名乗るにふさわしいのか、別の旅人によると、スイレンは、恋人との別れを「忘れる」ためにこのモーテルにやってきたという。

すみれは、人間は悲しい思い出ほど心に強く残るのだと言った。走馬灯の呪いの時、私が悲しい思い出を思い出したのもそのせいだろうと思った。私たちは、「悲しい思い出をどうのりきるか」について話し合うと、すみれは廊下で拾ったというこのモーテルのオーナーの落とし物をロビーに届けるため、部屋を出て行った。
オーナーがいたという部屋、シオンという女性が宿泊しているという部屋を訪れたが、誰もおらず、彼らについて語る物品が置かれているだけだった。

ロビーに降りると、そこではオルガンの音色が響いていた。そこには先ほどのミヤコワスレ、30年後にコンシェルジュとなっていたシオンとスイレンと旅人たちが音楽に触れて楽しんでいた。シオンの呼びかけに応じて現在の川野雫がオルガンを演奏し、ミヤコワスレがダンスと披露する。それに連なるように、私たち旅人も音に合わせて体を動かす。まるで絵本の中のワンシーンのような、きれいな時間だった。

ひとしきりダンスが終わると、
スイレンがすみれに話しかけていた。
彼女は、すみれが研究しているファフロツキーズについて興味があると話し、2階にあるすみれの超屋に向かった。ので私たちもついていくことにした。

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