矢神匠誕生日御礼小話① 千方VS矢神

小5(いみちぇん⑥のあと)矢神の小話。
 
掃除の時間。
中庭をつっきり、ゴミ捨て場のある校舎まで、教室のゴミ箱を運ぶ矢神。
と、ちょうど中等部の校舎から、千方が出てきたのが見える。
直進すれば、ばったり行き会ってしまう。
矢神は一瞬足を止めたものの、そのままずんずん歩いて行く。
千方も矢神に気づくが、二人とも気にせずマイペースに同方向へ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
「ついてくるな。藤原千方」
「ぼくは図書室に用があってね。キミはぼくに会いに来たのかい?」
 
 小バカにする笑みに、矢神はかちんときて黙りこむ。
   しーーん。
 
 渡り廊下の下をくぐり、そのまま一緒に歩いて行く二人。
 矢神、ちらりと千方を横目に眺めて。
「……おまえ、本当に人間になったんだな」
「おかげさまで」
 
 千方もちらりと矢神を見下ろす。
「キミは里に帰らないのかい? ぼくという敵が消えたなら、もう主のそばにいる必要はないだろう」
 矢神、グッと息をのみこむ。
 
「――ある」
 
「へえ? それはキミの個人的な情か」
 ニヤニヤする千方に、矢神はますますしかめっ面になる。
「おまえが、モモによけいなちょっかい出さないか、見守らなきゃだろ」
「ああ、なるほど? ところで矢神匠。よけいとは、どこからがよけいなのかな。たとえば、キミが知らないうちにモモの家に行き、りんねと手作りしたクッキーを差し入れるなどは、よけいなうちに入るかい?」
「な……っ?」
「おや、モモから聞いていないんだね。この文房師は、どうやら主からあまり信用されていないようだ」
「な……!」
「そのうち、ぼくと菓子作りをしようという話も聞いていないのか。かわいそうに
「な……!?」
 
「そ、それはっ。りんねちゃんも一緒にですよね……っ!? わたし、矢神くんも誘ってみますって……!」
 
 後ろから響いた声に、矢神はバッと、千方はゆっくりとふり返る。
「奥ゆかしいお姫さまが、やっとおでましだ」
 
 モモが息を切らせて、二人のところへ駆け寄ってくる。
「モモ、いつから」
「ご、ごめん。渡り廊下から、ちょうど二人が一緒になるとこが見えて。でも声かけるタイミングうかがってる間に、タイヘンな話が聞こえてきたから」
 
「ぼくに気を取られて、一番だいじな主の気配を見逃すようじゃ、まだまだだね。文房師くん」
 千方はぽんと矢神の肩をたたき、図書室の方へ歩いて行く。
 その背中に、ぐぬっとうめく矢神。
「おまえの気配がデカすぎるんだよ」
 
「――ああ、モモ。矢神匠に断られても、ぼくとりんねと、三人でいいからね」
「え、あ、は、はいっ」
「おれも行く!」

 矢神は、すぐさま言葉をかぶせる。

 すると――、千方がふふっと、楽しそうに笑った。
  その笑った顔が、本当に、体温のある人間の色だ。

 彼はひらりと手を振って、図書室の校舎へ入っていく。
 
 背中を見送っていたふたりは、顔を見合わせる。
「……毒気を抜かれた」
「……うん。センパイの笑顔、びっくりするほど優しくなったよね」
 いつまでも見送っているモモに、矢神はなんとなくムッとする。
 
 我にかえったモモは、矢神のゴミ箱を反対側から持つ。
「矢神くん、ごみ捨て手伝うよ」
「……主さまにこんなことは」
「そ、そんなのカンケーないよっ」
 二人でゴミ箱を持って、再び歩き出す。
 
「――!!」
 が、モモはすぐわきの校舎の窓を見やるなり、その場にしゃがみ込んだ。
 矢神もつられてしゃがむ。
「どうした」
「い、いまっ。クラスのコが窓を通りがかって。矢神くんといるとこ見られたら、大変だよっ」
「どうでもいいだろ」
「よくないよ!」
 
 ついこの間、命をかけて最強の鬼に立ちむかった主なのに。
 こんなどうでもいいことへの、必死の形相。
 矢神は思わず、ぷっと噴きだしてしまう。
 
 するとモモは、ちょっとおどろいて矢神を見つめて――。
「矢神くんもだね」
「なにがだ?」
「会ったばっかのころより、ずっと笑顔が優しくなった」
 うれしそうに笑うモモ。

 矢神はなぜかそれを直視できず、首まで赤くなって、視線をさまよわせたのでした。


おわり
 

 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?