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美しい人が呼びとめて、「花をきってさしあげましょう」と


夢を見ました。

兄嫁と夫が、入院している夫の弟を見舞いました。

ベッドで弟は息を絶える。

と、兄嫁は、弟の顔に自分の顔を接近させ、つむられた瞼の上に自分の鼻をぐっと押し当てたのです。

ああ、、さようなら。


ふたりは、義理の仲ではありましたが、精神的には惹かれ合っていた。

ずっとプラトニックに近い、疎遠な関係ではありましたが、しかし、自分の身のように相手をずっと思っていたのです。

兄は、もちろん、薄々それは感づいてはいた。


兄弟は、小さい頃から犬猿の仲でした。

横暴な兄は、東大を卒業すると、医者となり出世街道を驀進しました。

兄嫁は、夫からひどく蔑まされ、邪険に扱われました。

やがて、兄は留学し、一層出世すべく帰国します。

が、兄は脳溢血で倒れ、身体も不自由となり、言語機能も回復しなかった。

苛立ちを兄嫁にぶつけました。


弟は、当然、嫁いだばかりにいじめられる兄嫁に同情しました。

ふたりは、精神的には支え合う戦友のようだったのです。

けれど、滅多に会うこともなかった。

兄嫁は、万感の思いを込め、その瞼に鼻を押し当てたのでした。

兄ははっとし、その意味を悟りました。

兄はいいました。

さあ、もう病室をでる、話があるというような意味のことを。

兄嫁は、夫の方を見ずに冷たくいいました。

何のはなしですか。



P.S.


実際はまるで違います。

兄嫁は嫁いで40年後に亡くなります。

その死とともに、弟はようやく若い嫁を貰うことにします。

その祝言の朝、兄は自室で首を吊ります。妻の死で、弟との一切の結びつきを失ったためでしょうか。

弟が、朝に兄を発見してしまう。

弟は結婚式を挙げることに反対しますが、周囲に挙式をおされてしまう・・。呆然とした彼の写真が残っている。

彼は、リアルにも、いくつかの作品を残していて、この『秋草』も妙にこころに留まります。


秋草

https://www.aozora.gr.jp/cards/001799/files/59002_67999.html


これはもうひと昔もまえの秋のひと夜の思い出である。

さっさっと風がたって星が燈(とも)し火のように瞬(またた)く夜であった。

身も世もないほど力を落して帰ろうとするのを美しい人が呼びとめて

「花をきってさしあげましょう」

といいながら花鋏(はなばさみ)と手燭(てしょく)をもっておりてきた。


そして泳ぐような手つきで繁(しげ)りあった秋草をかきわけ、

しろじろとみえる頸筋(くびすじ)や手くびのあたりに蝗(いなご)みたいに飛びつく夜露、

またほかげにきろきろと光る蜘蛛(くも)の巣をよけて右に左に身をなびかせつつ、

ひと足ぬきに植込みのなかへはいってゆくのを、

かわってもった手燭をさしだして足もとを照しながらかたみに繁みのなかへ溶けてゆく白い踵(きびす)の跡をふんでゆけば、

虫の音ははたと鳴きやみ、草の茎ははねかえってきてちかと人を打つ。

咲きみだれた秋草の波になかば沈んだ丈高い姿ははるかな星の光とほのめくともし火の影に照されて竜女のごとくにみえる。

おりおり空から風が吹きおちて火をけそうとすると

「あら」

と大きな目がふりかえってひとしきり鋏の音がやむ。

驚かされた蛾(が)は手燭のまわりをきりきりとまわって長い眉まゆをひそめさせる。

そんなにして無言のままに紫苑(しおん)や、虎の尾や、女道花(おみなえし)や、

みだれさいた秋草の花から花へと歩みをうつしてゆくのを、私は胸いっぱいになって、

すべての星宿が天の東からでて西にめぐるよりも貴いことに眺めていた。


ここにあるいくすじの細いリボンの、白と、黄と、淡紅と、

ところどころに青いしみのあるのはそのおりおりにきって束ねてもらった草の汁である。

さりながら私はこのうちのどれがその夜のものであったかをおぼえていない。


なんという情緒でしょうか。

哀しさと憧れと、気高さとがない交ぜになっている。

わたしは、いつまでも、この中勘助の小品を忘れられない。

なぜ、彼がふたりより先に逝く夢をみたのかが分かりません。

何の話でしょうかほろほろ。


あなたに読んで欲しかった。青空文庫さん、勝手引用、、ごめんなさい。


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