暑い夏の夕べのはなし
夏の夕べ、母が歌った。
ホッ、ホッ、ホタル来い、こっちの水は甘いぞ、あっちの水は苦いぞ。
ホッ、ホッ、ホタル来い。
わたしは手を引かれ、夕方に外に出ると、家の周りは田んぼばかり。
水際にたしかにホタルがふわふわ飛んで点滅している。
小さな子だったわたしにそれはワンダーだった。
庭の畑のネギをぽきっと折って、母は捕まえたホタルをネギに入れることを教える。
入れたら、ネギの切り口は下に向けておくんだよと、わたしに手渡す。
何匹か捕まえ、ネギを家の中に持って帰って部屋に放つ。
カヤが吊り下げられ、そのアミアミの中からわたしは点滅するホタルに魅入られる。
農家だったから、部屋はやたらと広い。
ほわっ、ほわっとホタルが瞬き、仲間を呼び合う。
カヤの中には、わたしを真ん中に3つの布団が敷かれ、わたしはすぐに寝入ってしまった。
柔らかな何かに包まれ、ふわっと沈んで行った記憶がある。
空には、少し煙った天の川が流れていた夏世界。
きっと、わたしもじぶんの子にあのお歌を歌っただろうに。
そして、その子もまた子に歌っただろうに。
でも、田んぼも綺麗な水も、田舎も、叙情も、子との同居も無くなって、誰にもこの柔しい歌を伝えようも無い。
これは、単なるノスタルジーなんだろうか。
人たちは、ホタルの身に自分を置き換えて歌ったのでしょう。
苦は行け、楽よ来いと願ったんでしょう。
でも、甘い水ばかりというわけにはいかない。
この水田には同時に苦い水もある。
善き伴侶に恵まれ、楽しい仲間、思いやりのある上司。。
それを求めるのは自然の情だけど、かならず傷つけに来る水もある。
そうすると、わたしは恐れを持つ。悔しいから、仕返ししたいと恨む。
かのじょが、昨夜こんな話をした。
中学の頃だったの。
わたしは、誰にも不快感を与えたくなかったわ。傷つけたくも無い。
だから、わたし、人と目が合うとかならず微笑んでた。
ある時、クラスの男子が「お前は気持ち悪い!」ってわたしに言ったの。
みんなの前でそう言った。
わたし、どうしていいか分からなかったわ。
どういう顔をしたらいいか・・。それ以来、もう誰とも目を合わせられなくなったの。
ほんとに困ったわ。1年間、誰とも目が合わせれなくなっちゃったの。
そんな話を思い出し、わたしにふと話しました。
わたしには友達多くて何でもがんばったわ、なんていう話じゃないのです。
ナイーブな心の奥のことを話した。
わたしは、何も言わずふんふんとただ聞いた。
かのじょはこの世にひどく負い目があるのです。
まともに文字が読めないし、体に傷を負うている。
注意は常に1か所にしか置けない。同時に気を配ることができません。
だから、けっして目立とうとはしないのです。競うということも無い。
そんな控え目な存在は、かえって周囲に目を付けられる。
バカにする者が後を絶たなかったのです。
が、かえって、それがかのじょを内省的にし、聡明にしたように思う。
もちろん、かのじょも苦い水は嫌いで、甘い水がいいのです。
でも、甘い水だけ、ということを期待できない。
負い目を背負って来た者は、両方がセットで来てしまうことを覚悟しているのでしょう。
どうしても、傷つけようとする者は現れるし、
そうするとどうしても自分は傷ついてしまうということを覚悟している。
では、どうしたらいいの?と自問したでしょう。
どうにもならないことを、どうしたらいいの?と。
自分が身に負うたものだから、誰にも相談できず、自問をする。
かのじょは、やっぱり他者を貶めることができない。
自分がそうされるのがほんとに嫌だから。
かのじょは、他者を傷付けない方法を見出しました。
そうだっ、笑えばいいのだ。
しかも、自分をネタにすれば、誰も傷付けずに済むわって。
だから、苦しみが来るほどに、おかしな話ばかりする。
どんなに悲惨な話であっても、笑いに変える。
笑っていれば、なぜか、心も朗らかに成る。
かのじょは、発見したのです。
もちろん、こんな話は誰にもしない。
だから、周囲からは能天気におかしな話ばかりする呑気者にしか見えません。
同じクラスの男子に、おまえは気持ち悪いと言われてしまった。
途方に暮れたという。悔しくて、切なくて、情けなかったと思う。
でも、わたしは、そういったナイーブさを他者に言うことはぜったいにないのです。
恥だと思うから、それを言うことが出来ない。
我が血は、バカにされないこと、一人前であることを国是としている。
弱みを見せれないから、隠すしかない。
酷く暑い夏の夕べに、かのじょは辛さを言うという強さを見せたのでした。
ひとり踏ん張って、この胸のことを守ろうとするひと。
ひどく背が小さくて、へなへなしているのだけれど、健気だと思う。
けっして、苦を抗わない悲しみに裏打ちされていて、
好き好んで痛がってるわけではないのだけれど、
良いも悪いも供に生きて、そうやって生を終えようとする勇気のひとだと思う。
健気なひとは、その光の点滅は儚い。
のだけれど、きっとまた、どこかの仲間が見届けている。
ああ、きみはホタルなんだね、そう、僕もホタルなんだよ。
いったい、なぜこんな水辺に生まれたんだろうねって。
わたしもホタルになれたならと思うのだけれど、たぶん、わたしは終生、そうはなれない。
健気だなぁとはこの胸は言うのだけれど、わたしにはそれ以上何もしてあげれない。
暑い夏の夕べに、かのじょは笑わずにわたしに話したのでした。
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