エルダーヒーロー第1話『私と僕が出会った日』

これは私と

僕の出会いから始まる

そんな話。

1

顔面に大きく『X』と表された覆面(マスク)。肘ほどの長さの白いマントが風になびき、マントの留め具に真珠が光る。胴にはタスキのような模様がある。篭手と膝当て、膝当ては白のロングブーツと一体化している。そして覆面・胴・腕・ズボン、それら全てがダークブラウン一色。
そんな姿が、ビルの大型ビジョンに映っていた。

3月上旬。まだ肌寒さが続く昼頃。
大型ビジョンに映るニュースキャスターが言う。
『X市ヒーロー戦隊の茶色枠、ヒーローブラウンの定年退職まで、残り1ヶ月となりました。ヒーローの定年退職は極めて異例であり…』
そのニュースを見ている女がいた。
赤星 永遠(あかほし とわ)。19歳。ハネ毛の多い黒髪。額を隠すように巻いたバンダナ。半袖のジャージ、のアンクルパンツを身に付け、ビル群の大通りをスニーカーで歩いていた。
(ブラウン、もうすぐ定年退職か…)
背負ったリュックに付けたブラウンのマスコットを、後ろ手で触る。
すると後ろから、同じくニュースを見ていた人達の話が聞こえた。
『ブラウンって何年ヒーローしてんだっけ』『40年くらいじゃない?』『えー!?よく生きてるねぇ』『ほとんど7〜8年で死んじゃうのにね、ヒーローって』『じゃあ何でブラウン長生きしてんだろ?』

『…市民見殺しにしてるとか!?』

『え〜マジ!?』『いやコレ噂なんだけど!自分の命惜しさにたまに市民見捨ててるんじゃね!?知らんけど』
「…」
永遠はその場を早歩きで去った。

2

大学からの帰路についている永遠に、女が話しかけた。
「すみません、道を訊きたいんですけど」
「?はい何でしょう?」
ロングヘアで、ワンピースを着た女だった。
「郵便局ってどこにありますか?」
「あー郵便局はですね、この道をコンビニが見えるまで真っ直ぐ行って、そこを右に曲がるんです」
愛想よく道を教える永遠。
「そしたらアンダーパスがあって、そこを潜った後に左に曲がるんですけど…」
永遠が女の顔を見ると、女は頷いてはいるが、少し困ってる様子だった。
「…案内しましょうか?」
「え!?いいんですか!?お時間は…」
「大丈夫ですよ。それにここからだと、ちょっと遠いですし」
「!ありがとうございます!」
女は深々と頭を下げた。

3

ビル群を抜けて、アンダーパスを潜る永遠と女。周りに人気や車は無い。
「次はここを左に曲がって【知ってます】…え?」
【郵便局がどこにあるか、最初から知ってます】
道案内するために、女の前を歩いていた永遠は後ろを見た。後ろにいるのは女…の筈だった。
【貴方のような可愛い女の子は好きです、"美味しい"から】
女の顔や肩、腕が裂けており、そこから黒いゼリー状の物体が這い出ている。ゼリーには無数の目玉があり、その全てがギョロリと永遠を見つめている。
そのゼリー状の物体を永遠、もといこの世界の人々は

【フォビア】と呼んでいる。

(ふ、フォビアだッ!逃げなきゃッ!食べられるッ!!)
前を向いてアンダーパスを抜けようとする永遠。しかしフォビアに後ろから押し倒され、アッサリ捕まる。
「!ッ誰か」
叫ぼうとした時、ゼリー状に変化した女(だったもの)の腕が永遠の口に押し込まれる。途端に凄まじい吐き気が永遠を襲う。
【私、"男のフォビア"なんです。男の人が苦手で、触るのも嫌なんです。だから女の子しか食べないんです。なので貴方を食べます】
意識が遠のく。口や鼻からフォビア特有の腐敗臭が広がり、視界が滲む。
(あ、死ぬ)
その時。

「変身」

【!?誰】

ダンッ

鈍い音がした直後、永遠の口からフォビアが抜けていく。
「ゥ…オ"ェ"…ッ」
だがさすがにたまらず吐いた。今度は吐瀉物のツーンとした匂いが鼻に入ってきた。
【ギ…ギャアアッ!触られたッ!男に触られたアァッ!】
滲む視界で、永遠は何とか状況を探る。
さっきの音は、フォビアが"誰か"に蹴飛ばされた音らしい。押し倒された時の圧迫感はもうなかった。フォビアから解放されている。
「こちらブラウン、フォビアを発見。"浄伐(じょうばつ)"に当たります。女性が1名、フォビアに襲われました。今から言う病院に、手配をお願いします」
『了解』
"誰か"が何か言っている。何を言ってるのか、朦朧としている永遠には聞き取れず…そのまま意識を失った。

4

「ではお願いします」
「かしこまりました」
「…ハッ!?」
目を覚ますと、見慣れない白い天井と蛍光灯に永遠は目が眩む。
(私、寝てたの…?)
「あ、起きた!」
白衣の女が、永遠の顔を覗く。
「私…あれ…ここは一体…」
「ここは病院です。…道端で倒れていたのを、あの男性が運んでくれたんです」
「?…」
白衣の女…たぶん看護師。看護師が手で示す方向に、男がいた。
オールバックの白い短髪。目尻や口元などに皺が目立つが、シミとか肌荒れはない。
(おじいさん…?高齢そうな割には、綺麗な顔と髪だなぁ…)
と永遠は思った。
垂れ目で、眼鏡を掛けている。ダークブラウンのきっちりしたスーツとスラックスをまとい、一目で社会人とわかる。スーツの下にカッターシャツ、ネクタイを締め、ネクタイピンが光る。動きやすさを重視した運動靴。
そして体格。60歳を越えてそうな男は、ガッシリしている。バランスの良い太さと圧を持った身体。しかも背が高い。190cmくらいはある。飲み物を買おうとしている自販機よりも高いんだから。
永遠がジッと視線を送っていたせいか、その男は永遠のほうへ視線を向けた。
口角を少し上げて、彼は小さく手を振る。
「!!」
(うわ恥ず…ッ!ちっちゃい頃ヒーローに手を振られたみたいな感じ…ちっちゃい頃っていつ?)
と考えてたら、その高年の男は飲み物を買った後に、永遠のほうへ歩み寄ってくる。
(起きなきゃ…!ッいッ!)
身体を起こそうとしたが、激痛が走り、起き上がれない。
「無理に動かないほうがいいよ」
男は膝を曲げ、永遠と視線を合わせた。ここでようやく永遠は、自分がいるのは病院の待合室で、そのソファに寝かされていると気付いた。
「はい、コーヒーとお茶…飲めるもの、ある?」
「ぁ…じゃ、おちゃで…」
永遠はブラックコーヒーが苦手。
「お茶ね、はい。これで身体を温めてね」
「ありがと…ございます…」
男からお茶300mlのペットボトルを両手で包むように受け取り、腹の上に乗せた。両手の平と腹がホッと温かくなる。
「…あの」
「ん?」
看護師曰く『道端で倒れていた』そうだが、自分の記憶が正しければ、フォビアに襲われた筈だ。
(その後誰かが来て、どうなったっけ…ええと)
「…たすけてくれて、ありがとうございます」
掠れた声で永遠は男にお礼を伝えた。
「…どういたしまして」
フッと男は微笑み「よいしょ」と立ち上がる。
「では僕はこれで」
看護師に会釈をし、男は病院を出ようとした。
「…あのッ」
永遠は声を振り絞った。
「いつか、ちゃんとお礼がしたいので、名前や連絡先を…」
「…そういうのは僕の仕事上、教えられないんだ。ごめんね。気持ちだけで十分だよ」
…男は、振り返らずそのまま病院を出て行った。
「あの人の名前は、茶道 久近(さのみち ひさちか)です。この病院によくお世話になってるんですよ」
だが付き添いの看護師が永遠に男性の名前をバラした。
(強か〜)
と、永遠は看護師に感心した。

5

「さて…」
茶道 久近。65歳。あと1ヶ月で定年退職する。病院を出た後、スーツの胸ポケットからあるモノを取り出す。
(フォビアが逃げた先は…)
それは指…の形をした、フォビアの欠片だった。手の平に置くと、欠片は勝手に転がる。
(あっちか)
欠片を握り、欠片が示した方向へ歩く。
(再生能力が無い場合、指はまだ欠けてる筈…新たな被害を出す前に浄伐しないと)
茶道 久近。職業・ヒーロー。X県X市ヒーロー戦隊茶色枠・ヒーローブラウンである。

6

(あのフォビア、どうなったんだろ…ヒーローに退治されてるといいけど…あの人の名前は、茶道 久近さん…あの声、なんか知ってるような…?うっすら意識失う前のことを思い出してきたけど…あの時フォビアを蹴飛ばしたのって…)
身体に異常が無いか検査を受けるために、病室のベッドで横たわりながら、永遠は1つの考えに辿り着く。
(…いや、さすがに考えすぎか。今はおとなしくしていよう…)
それになんだか…どういうわけか
(…うっ…)
未だ吐き気が酷い。

7

【ゼェ…ハァ…ゼェ…ハァ…男に触られた挙げ句、指をもがれたぁ…チクショウ…早く女の子食べたい…そうだッ!】

8

(…何この動き)
茶道はフォビアの欠片の動きを見て、あることに気付く。
(僕がさっきいた病院方向を示している…?…まさか…!)

9

(吐きそう…吐けない…トイレ行ってもダメだったし…)
検査では『異常無し』。だが吐き気が治まらない。
(あぁ〜早く迎えに来てよ〜…)
病院のベッドでゴロゴロ寝返りながら、家族の迎えを待っていた時。
(…何あれ、カラス?すごい数飛んでる…病院の前を通るとか、なんか不吉…ん?あれ、カラスがこっちに向かって来

て)

バリイィーーーーン

「わああああああーッ!?」
病室の窓ガラスが、飛んで来た"何か"によって割れ、驚いた永遠はベッドから転げ落ちる。
「な、は、あ、は、えぇ、はぁッ!?」
幸い飛び散った窓ガラスの破片で怪我はしなかった。転げ落ちた時に肩を打ったが。
「い、今のって…」
打った肩を抑えつつ、床から起きて立ち上がる。
…窓ガラスを割って倒れている"何か"と、目が合った。
「ひ!?」
虚ろで生気の無い目をした…1人の女だった。フリルブラウスとスカートを着た、ツインテールの女。異常に痩せ細っている。
(何で窓から、女の人が…)
理由はともかく、異常事態なのは間違いない。永遠はナースコールした。
(いやナースコールしたところでよ!?看護師さんはどうにもできないよこんなの!!)
と考えていた矢先、

『ぎぃやああああああッ!!』

「!」
今度は病院中から悲鳴が轟いた。…その悲鳴は何故か、全員男のモノだった。
『おい、どうしたんだ梶くん!何をあああああーッ!』『やめて、やめてください!患者の私を傷つけないでーッ!!』『茉莉さんなんでどうしてこんがあ"あ"ッ!!』
「な、何が起きて…」
ガチャリ…と病室のドアが開いた。助けを期待したが、違った。
真っ赤な刃物を持った白衣の女が入って来たのだ。虚ろなその顔は、昼に付き添っていた看護師と、同じだった。
「は!はぁ、ハァッハァ、ハァッ…!!?」
永遠は途端に脈拍が早くなり、呼吸が荒くなる。
「うそ…うそ、なんで…」
【呼んでェ、くれましたよ、ネェ?ごよーは、なんデしょうかア?】
「な、なななないッ!用はないッ!ないのッ!まち、間違えたッ!間違えただけですッ!」
【呼んだ、じャア、ナイですかァ。ワタシをォ〜男の、フォビア、ヲぉ】
「フォビ、あ…?」
ふと、永遠は窓の外を見た。
それは、1つの巨大なテントの骨組みに見えた。
てっぺんに女が1人、浮いている。昼に会った、ロングヘアでワンピースを着た女。その浮いている女の腹から、太い管みたいなモノが無数に出ていて、ユラユラ不規則に動いている。全く動いていなかったりブンブン激しく動いていたり…こちらに伸びていたり。
「ぁ…」
【私、男のフォビアなんですッ!】
突然窓の外の女がハキハキ喋り出した。
【食べ損ねたから、迎えに来ちゃったッ!】
遠く離れてるのにハッキリ聞こえる。
【男に触られた時はどうしようと思ったけど、女の子食べたらスッキリしますから!女の子、ストレス、ダメなので!管からチューチュー脂肪と肉を食べるのです!】
看護師の身体がしぼんで痩せ細っていく。背中に刺さっている太い管を通して、栄養をフォビアに摂られている。
【貴方美味しそうッ!貴方食べたら元気になるッ!】
(なんで…なんで"私"はいつもこんな目に…!)
【男のフォビアッ!!みんなでなれば怖くないッ!!】
(イヤだッ!!イヤだッ!!)
管が、永遠めがけて襲いかかる。
ギュッと目を瞑り、永遠は叫んだ。

「た、

たすけてエーーーーーーーッ!!」

ブワッ

(…あれ?)
死んだと思ったが、そんなことはなかった。あったのは、身体が一瞬浮かんだ感覚だけ。
「…わ」
永遠が目を開けると、覆面の人物が永遠を見下ろしていた。永遠は自身が、この茶色い覆面の人物に抱えられていることに気付いた。そしてこの人物が何者なのか、永遠は知っている。
「ブラウン…」
「…おまたせ」
ブラウンは永遠をゆっくり下ろした。永遠が周囲を見ると、病室前の廊下だった。ブラウンが永遠を抱えて、病室から出してくれたらしい。
「ぁ、ありがとう…」
「…どういたしまして」
ブラウンの声を、永遠は聞き覚えがある。テレビやラジオでも聞いたことはある筈なのだが、それよりももっと"身近"なところで…。
「君を今すぐ逃がしたいところなんだけど…どうやら"向こう"はそれをさせてくれないらしい。…ここで待ってて。フォビアを片付けたら、すぐに君を避難所へ連れて行く」
「は、はい…」

10

ダンッ

ブラウンは破壊された病室の窓から跳躍し、伸びている管を1本掴み取る。
【ヒギャアアアアアッ!!男がまた触ったァッ!!】
てっぺんの女は取り乱す。ブラウンは掴んだ管に足を乗せ、一気にてっぺんの女…男のフォビアに駆け上がる。
(一度狙った"獲物"は逃がさないタチか…欠片がここを示すだなんて)
フォビアの右手の指が1本欠けていた。ブラウンは用済みになった欠片をブシャッと握り潰した。
【あ"あ"あ"あ"あ"あ"】
フォビアが、駆け上るブラウンを真っ直ぐ指差した。
「!…ゥっ…ブッ」
突如ブラウンは、全身が熱くなり、息苦しさを感じた。
(あ、あづい…!息が…これは…)
【…私、男に触られると蕁麻疹が出るんです。もっと酷い時は呼吸も出来ないし、脈拍も高くなって…アレルギー反応が出るんです】
(『"男"のフォビア』…女性のみを食物とし、そして男特効の"能力"を使うフォビア…ッ!)
激痛が走っても、ブラウンの頭は冷静だった。だが、どれだけ思考が冷静でも、
【男は皆死ねばいいんです】
身体が動かねばフォビアを倒せない!

ブラウンの下腹部のベルトめがけて、フォビアの管の束が、バットのように振られた。

11

ドガァンガラガラガラバキバキバキ

「へ!?」
突風が吹いたと思いきや、永遠の目の前からやや右側の壁が壊れ、"ブラウン"が飛んできた。
「ぶ、ブラウン…!?」
右後ろを振り向くと、廊下の壁が円形に凹んでいる。その凹みにいたのは、大の字で壁に張り付きそうなブラウンだった。
(ブラウンが…ヒーローが、吹き飛ばされた?フォビアに?そんな、ブラウンが…?"あの"ブラウンが…)
急激に絶望感が押し寄せる。同時に、我慢していた吐き気も増して…
「ウ…おぉ"う"え"」
こんなタイミングで…永遠はまた"吐いた"。吐きそうなほど痛い目に遭ってるのはブラウンなのに、何故自分が吐くのだろう、と永遠は吐瀉物が床に撒かれるビチャビチャ音を聞きながら泣きたくなった。

…カラン

「…あ"ぇ?」
吐き終えた時、水音の中に軽い音が混じっていた。口の中の酸っぱさに顔をしかめつつ、永遠は自身の吐瀉物を見た。
…何かある。USBメモリのような形をしており、カバーは薄い茶色。端子に透明なキャップが付けられている。特徴的なのは、その端子が四角形ではなく、差し込み部分が斜めになっているところだ。
(何コレ…?私が吐いたの?こんなの飲み込んだ覚え、ないんだけど)

ドサッ

ピカァーッ

「わ…今度は何…」
眩い光を放っているのはブラウンだった。

ピキピキパキ…パリィンッ

ガラスの割れるような音がして、光が弱くなっていく。
「あ…」
光を失ったそこにいたのは、ブラウンではなく壁の凹みからずり落ちている…"茶道 久近"だった。彼はダークブラウンのスーツに似合わないゴツいベルトを着けており、バックル部分から、真っ2つに折れたUSBメモリが飛び出ていた。
「さのみちさん…?…何その…ベルトと、めもり…」
目の前に現れた大量の情報に、永遠の頭は混乱した。
「うっ…ツ〜…っ!」
腹と口を手で抑えながら、茶道は「けほっ」と血を吐いた。
「…マジか、ドライバを壊されるなんて」
「…茶道さん、ヒーロー、だったんですか…?」
永遠は戸惑いながらも、茶道に直接訊ねてしまった。茶道はゆっくり永遠に顔を向けた。驚いた顔をしている。
「何で僕の名前…」
「…看護師さんが、教えてくれました」
「…そうか…うん、そうだよ。僕が"ヒーローブラウン"だ」
「!!じゃあ昼の時も」

ガラガラガラガラ

永遠と茶道の目の前にある壁が破壊される。そこから

のっそり

男のフォビアが姿を現した。
【私、男に触りたくないんです。さっきの一撃で変身は出来なくさせましたが、もう本当に嫌です】
茶道は永遠の前に腕を広げ、フォビアを睨む。
【変身できないヒーローを私は殺せますが…ヒーローさん、1つ提案があります】
「提案…?」
【そこの女の子を私にください。そしたら貴方を殺さないと約束します】
「?私!?」
【元はと言えばそこの女の子を食べたくてこの病院に来たので。院内の女性を操っての男殺しはついでです】
「…この管を、この子に突き刺せば僕を見逃すの?」
茶道は床に転がっていた何かを拾って言った。それは先程永遠に襲いかかった管だった。
「!?」
【はい!女性のヒーローなら殺しますが、男のヒーローは別です。触りたくないので!…今、管越しで触られているのも腹が立ちます】
「ふーん…」
永遠は昼に聞いた言葉を思い出した。
『自分の命惜しさにたまに市民見捨ててるんじゃね!?』
(…そっか。何でブラウンを気にしてたのか、"思い出した")
リュックに付けたブラウンのマスコット。

(私、ブラウンのファンだったんだ)

「わかった、刺すよ」
【そうですそうです!その子に!さァ!ほら!どうぞ!】

「僕のほうにね」

ブズッ

茶道自身の腕に管を突き刺した。刺し傷の血が管に入り込む。
【ふえ…?】
「ヒーローが生きてる限り勝ち誇ってはいけないよ、フォビア」
【ア"ア"ア"ア"ゴオ"オ"オ"オ"オ"オ"ゲエ"エ"エ"エ"ッ!?男がッ!!男が私に入って来るウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ウ"ッッ!!】

12

(さてどうする)
全身の痛みの中、茶道は考える。どうすれば病院の人々を助けられるか、どうすればフォビアを倒せるか。
思考と視界を巡らす中、茶道はあるモノを見つけた。
(あれは…変身ドライバ!?)
素人が見れば、ちょっと変わった形のUSBメモリ。だが端子が斜めなのは、変身ドライバの証だ。
(初めて見るデザインだけど、ブラウンドライバのスペアが無い今は、あれで…!)
新たに変身してこの危機を乗り越える!

そう判断した茶道の行動は早かった。
「君、そこのド…USBメモリ取ってくれる!?」
「…え、これ…?でもこれ汚くて」
「汚くてもいいから!僕の手に!」
「は、はいッ」
ぽかんとした顔をしていた少女は、ぬめった"水溜まり"から変身ドライバを拾い、キャップを外して茶道に渡す。受け取った茶道は、ベルトにドライバを差し込む。
「眩しいから目を瞑ってて!」
「はははいッ!」

「変身!!」

13

眩しい光、そして風…もはや衝撃波。
光と衝撃波が収まり、永遠は目を開けた。
そこには…『人型の何か』がいた。
全身真っ黒。
顔には五芒星か、花弁のような形状で開眼した5つの目がある。
顔の中央に鼻らしき尖った部分はあるが口は無い。
四肢は左右非対称だ。
右腕の前腕は、液体で満たされた培養缶のようにモノになっている。透明な缶の中で、コポコポ泡が生まれている。
対して左腕は、上腕に肉が無い。いや、正確には、腕の骨のような形の金属が、左肩と左肘を繋いでいるようだ。
右脚に奇妙な点は無いが、問題は左脚。膝から下が逆三角錐の形をしている。
金色のビロードのような、フードがついたマント・ズボン・エプロンが風でなびいている。左脚は膝から下が逆三角錐の形状であるため、ズボンの裾は右脚が長く、左脚は短く。
右脚は8cmほどのヒールがあるブーツを履いている。
首元のマントの留め具に真珠が光っている。
マントは縦2つに裂けていて、クロスしたエプロンの紐がチラリと見える。
爬虫類のような尻尾が生えており、それがマントの裂け目から出て、ゆらゆら揺れている。
頭には羊のような、2対の丸く曲がった角が生え、それがフードを突き破って飛び出ている。
身体は全体的に細く、美しさと滑らかさがある。
…そしてところどころの『装飾品』。フードの上から付けられたヘッドホン、両手首のブレスレット、ブーツに巻かれた右足首のアンクレット、左の膝当て、エプロンの上から掛けられたタスキ。
その装飾品達の共通点は、"発光している"箇所があるところ。ヘッドホンは後頭部にあるヘッドバンドが、ブレスレット・アンクレットは中央ラインが、膝当てはパッド部分が、タスキは左胸部分が、淡く光っている。
人型の、ヒトからかけ離れた新たな何かが、そこにいた。

「茶道さん…ですか…?」
永遠は震えた声で訊いた。フードを被ったツノ頭が、永遠のほうを向く。
「…うん、そうだ。僕は、茶道 久近。僕はヒーローブラウンで…今、新しい変身ドライバで、変身した」
"何か"…もといブラウンは、両手を開いたり握ったりを繰り返す。
【ヒョギャああああああああああああッ!!】
フォビアの悲鳴が響く。茶道の腕に刺さっていた筈の管は既に彼の腕から抜けており、フォビア特有の黒い体液を噴き出していた。

14

(初めてのコスチュームだし、両腕も両脚も変な形をしてるのに不思議だ…何だか心地いい…何でも出来る気がしてくる…)

フッ…

スパァンッ

ブラウンが"消えた"と思いきや、集まっている百十数本の管がまとめて切断された。ブラウンの腕の一薙ぎで。

ボタボタボタボタドボドボドボドボ…

病院内の女性達を操り、養分を吸収していたそれらは、主から離れたために力を失った。フォビアの体液が、ブラウンの新"コスチューム"を汚した。

ヒュッ

ブシュッ

ブラウンの逆三角錐の脚が、フォビアの顔面に蹴りを入れた。顔が潰れ、中からフォビアの"本体"が露わになる。
ブラウンは続けて、浄伐のための"詠唱"をする。
「…"汝(なんじ)の肉よ、汝の魂よ、星の導きにより、肉は天(てん)へ、魂は…」
【わ、ワああああああッ!!来るなッ!!来るな来るなァッ!!】
潰れた顔から汚い声を上げながら、触手状に変形させた身体をブラウンに向けて振り回すフォビア。しかしそれをブラウンは手で、脚でいなしていく。触手は全て、天井や床や壁に突き刺さった。
【あッ!ア!あ!】
一瞬で滝のような汗を流すフォビア。無数の目玉のうち1つが、虹色に輝いた。
ブラウンの拳が、その虹色の光めがけて放たれた。

「…宇宙(そら)へ還れ"!!」

ドォンッ

【カハ…ッァ…】

ピキピキ…パリィンッ

虹色の目玉はガラスのようにひび割れ、破裂した。
そしてフォビアはドロドロに溶け…動かなくなった。

16

フォビアの管を突き刺した茶道さんを見て、
新たな姿で戦うブラウンを見て、
本当の意味で、"思い出した"。

ちっちゃい頃、フォビアに拐われたことがあった。
ヒーローが助けてくれた後、家族が泣きながら抱きしめてくれたのは覚えている。
だけど…そうだ、その直前。私を助けたヒーロー。

ヒーローは呼吸や視界を確保するために、覆面は薄い生地で作っていることが多いという。
あの時のヒーローも、フォビアによって覆面を破られて、私が顔を見てしまったのだった。

(そうだ…ああいう顔をしてた)
市民を思い戦う、ヒーローの顔。
ショップでブラウンのグッズがあったらつい買ってしまうのも、ブラウンのニュースがあったら聞き入ってしまうのも…忘れてしまったなりに、思い出そうとしていたから。
(私、昔ブラウンに助けられてたこと、忘れてたんだ)
フォビアに拐われていた日々が苦しくて、記憶の奥に封じ込めていたから、忘れていた。

(あの時のブラウンも…もちろん今のブラウンも、)

赤星 永遠はその時、
左右非対称なその姿を、
フォビアを屠る姿を、
フォビアが安らかに眠れることを願い手を合わせる姿を、
ヒーローブラウンを、心の底から

『カッコいい』と思った。

17

「こちらヒーローブラウン。男のフォビアを発見、浄伐完了。フォビアの襲撃を受けた病院内に重傷者多数。近隣の病院と、本部医療班の手配をお願いします」
『こちらヒーロー本部、了解』
トランシーバの通信を切り、ブラウンは永遠に向き直った。
「…よし、避難所に行こうか。跳んで運ぶよ」
「茶道さん、いやブラウン、あの…」
「ん、どうしたの?」
「新しいその…変身ドライバ、って呼んでましたっけ?それで今その姿に変身したん、ですよね?」
「?うん」
「ここに落ちてた、端子が斜めの形をしてる…」
「うん」
「…実はアレ、

私が嘔吐した時に出てきました」

エ?」

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