エルダーヒーロー第3話『恐怖』

1

「スペアが無いッ!?完成まで1ヶ月ッ!?1ヶ月って、僕はもう退職してるよッ!?」
『ふ、ふぇえ、ご、ごめんなさい〜…』
「ぅ…し、失礼しました。こちらこそごめんなさい。あまりにも驚いて…」
『む、無理もないですよお〜…』
グスグスと電話越しで鼻をすする音が聞こえる。
現在茶道がヒーロー基地内で電話している相手は、ヒーロー科学班のメンバーである女性だ。
『ぶ、ブラウン関連の、でデータ全部、なぜかバックアップせず消し飛んじゃっててぇ〜、0から復元するの時間かかるんですよお〜…パスワードもたくさん掛けてますしぃ〜…しかもそれぞれ覚えてる人が違いますもぉ〜ん…!』
「うん、そうですね。ヒーローのデータは大事ですからね、たくさんパスワード掛けるのも、復元が複雑なのも、無理もないですよ」
『うぅ〜ブラウンはお優しいですねぇ…サインください』
「…電話越しでは書けませんよ?」

2

「何年ぶりかしら、訓練室の壁が壊れたのは」
業者が来て壁の修復をしているところを、茶道と白衣の女性…村咲 紫(むらさき ゆかり)は見ていた。
「茶道さん"が"壊したの、何年ぶり?」
「…10年ぶりくらい?」
「あら、結構"短い"」
「…ところで、紫くんはいつまで白衣着てるの?」
「ん?似合いません?この新しいファッション」
村咲はイタズラっぽく笑う。
「似合わないわけではないけど…見慣れないから」
「だって"新しい"もの…そうだ、身体精密検査の結果はどうでした?」
「…それは今度のヒーロー会議で話す」

3

「遅れるぅ〜?」
『ごめん永遠〜先生からハンコもらわなきゃ提出扱いじゃないみたいでさ〜』
「…前の講義で言ってたよ?」
『…マジ?ちょ永遠何で言わなかったの!』
「"わかった"って返事したでしょ!…端末イジリながら」
『…大変申し訳ございませんでした』
「…中で待ってるから」
『…ありがと頑張る』

プッ

「…もう、しょうがないなぁ」
電話を切り、端末をズボンのポケットに入れる。
X県X市X駅前のプラザ内。
今日、永遠は友達とここでカフェの新作を一緒に食べる、本屋に寄る、ヒーロー戦隊ショップに行くというお出かけを予定していた。
しかしどうやら、友達は遅れて来るらしい。
(本屋とカフェとショップは2人で行くから…ん〜どこ行こ?)

ビーッビーッビーッ

「!?」
プラザの天井に取り付けられているスピーカーからサイレンが響く。
(フォビア警報ッ!?)
利用者数の多い公共施設のほとんどが、フォビア警報を採用している。
『緊急警報、緊急警報。ただいまX駅前プラザ9階にて、フォビアが出現しました。施設内及び近くにいる方々は、速やかに避難してください。直ちにヒーローが向かいます』
(ここッ!?)
『プラザってここじゃねーかッ』『エレベーターはダメだッ階段だッ』『ちょっとッやだッ押さないでよッ』
たちまちプラザ内はパニックになる。ここは7階。8階からも避難しようと、多くの人が押し寄せる。
(私も避難しないと…ッ!)

ボゴォンッガラガラ…

「うわっ!!」
天井が壊れ、コンクリートがガラガラと床に落ちる。
【プルルルルルル!…違う…トゥ〜ルルル!…これも違う…ピッポッパッポッ!…あ〜これも違う】
コンクリートの塊の上には、人…いや、フォビアが立っていた。
真っ黒なスーツを着た男。スーツとシャツは前開きで、胴体に点滅を繰り返すディスプレイ画面がある。顔には鼻と口は定位置にあるが、10個の目が円形に並んでいる。両腕はぐるぐるねじれ、地面に着くほど長い。ぐったりした両腕には、肘関節が無いようだった。
『お、降りてきたああああああッ!!』『やーッ!!ヤダッ!!死ぬッ!!死ぬーッ!!』
(ただでさえパニックなのに…ッ!)

ギャーギャーガヤガヤドカドカバタバタ

【うるせえなあ…電話よりマシだが】
長い腕を駆使して頭をポリポリ掻くフォビア。
【ん…?すんすん…ッ!…いい匂い…!】

タンッ

【お前かッ?】
フォビアが人混みに飛び込み…永遠は捕まった。両手で首を締められ、息が苦しくなる。
「カヒュ…ッ」
『うわああああああッ!!フォビアが来たああああああッ!!』『こっち来ないでッ!!死にたくないッ!!』
【すんすん…】
永遠の匂いを嗅いだフォビアの口が、三日月型にニヤリと笑った。黒い涎を垂らしている。
【美味そう〜な匂いッ!!】
フォビアの口…顔そのものが、大きく"開く"。開かれた中は無数の四角い歯がズラリと並んでいる。
「ㇵ…」
【いただきまあーすッ!!】

ガブッ

【ブ…ブエッ!】
だがフォビアが噛んだのは、永遠ではなく"自身の腕"だった。何者かがフォビアの口に腕を放り込んだのだ。
「フンッッ!!」

ゴンッ

【ギエッ】

バギィン

頭に蹴りをくらったフォビアは、床に頭が埋まる。フォビアの腕の力が緩み、永遠は解放される。
「えほ…っ」
視界が涙で滲みながらも、永遠はフォビアに1発お見舞いした何者かを見る。
「ヒーローレッド、参上」
フォビア出現からものの数十秒で、ヒーローレッドがやって来た。
『れ、レッドだ…初めて生で見た…』『ヒーローだ…!ヒーローが来た…!』
「君達、早く避難するんだ」
『ヒーローが来たならもう安心だ…!』『は、早く避難しなきゃ…』
「…ほら"君"も」
レッドはまだ呼吸の整っていない永遠の腕を取り、立ち上がらせる。
永遠がパッと顔を上げると、覆面のX越しに『ヒーロー』としての彼と、目が合った。

ガキガキガキガリガリガリ

【ぃ…てえなああああ!!】

床に埋まった頭を出し、フォビアはレッドを睨む。顔の形は元に戻っていた。
【邪魔するなよお…この"電話のフォビア"の食事だぞ?そこの女…食わせろ】
「…ぜっったいに嫌だね」
永遠を背後にやり、レッドは構える。

4

後ろはプラザから避難する市民、そしてフォビアが一番狙っているのであろう永遠。
【ったくだるいなあ…】

ピッポッパッポッ

(!電話の音…?)
【ハイ!】
パチンッとフォビアが手を叩くと

プルルルルルル

(!!音デッッカッ!!)
とんでもない爆音に、レッドは思わず耳を手で塞ぐ。

5

プルルルルルル

まだ避難できていない市民全員が耳を抑え、その場で動けなくなっている。フォビアの身体から発される爆音に、誰も手出しできない。

プルルルルルル

電話のフォビアはツカツカ歩き、両耳を抑えて縮こまっている永遠の頭を掴んだ。

6

永遠には聞き取れなかったが、フォビアの口元が、こう言ったように見えた。
【『エルダーの"残り物"』に会えるとはラッキーだ】
(のこり…もの…?)
頭を掴まれ、視界が真っ暗になる。
(なんの…こと…)

7

「じゃ今度こそ!いただき」

「"汝の肉よ」

「…あ?誰だ?」

「汝の魂よ」

「…おい、どこから声がするんだ!」

「星の導きにより、肉は天へ」

「…まさか」

「魂は」

フォビアは窓を見た。爆音で壊れた窓を。
自身の音のせいで、気付けなかった。
窓から入ったヒーローに。

"もう1つのフォビア"は、レッドを見た。爆音で動けない筈のレッドを。
油断していた、気付けなかった。
レッドがこちらを見据えていたことに。

(しまった)
フォビアの胴体のディスプレイ画面が、虹色に光る。

「宇宙へ還れ"」

電話のフォビアのディスプレイ画面に、ヒーローブラウンの正拳突きが

もう1つのフォビアに、ヒーローレッドの蹴りが

放たれた。

バキンッ

ディスプレイ画面に、もう1つのフォビアの身体全体に大きくヒビが入り…そのまま動かなくなった。

8

音が無くなり、市民らが耳をキンキン痛める中、レッドは"それ"を掴み取った。
下階からやって来た"もう1つのフォビア"。固定電話の子機のような形をしている。
「ありがとうッス、ブラウン。親機を浄伐してくれて」
「どういたしまして。電話のフォビアは『親機』と『子機』に別れて行動するからね。2体共たいして離れずに、プラザ内にいたから良かったよ。…耳は大丈夫?」
「ちょっと痛むけど、平気ッス。インカムの耳栓機能使ったんで」
「そっか、良かった」
「…それにしてもこの『人』、『フォビア』に"なって"からそんな時間が経ってないッスね」
「…そうだね」
「電話のフォビアは、どちらかがやられても、もう片方が生きていれば何度でも復活するッスから。だから基本的に親機と子機は離れて行動するのに…どっちも最初からプラザ内にいた」

9

数分後、プラザの駐車場で、到着した他のヒーロー達と医療班が市民の手当てを始めた。
「…レッドは永遠くんのところに行きなよ」
ブラウンは小声で言った。
「え…いいんスか」
「…心配なんでしょ」
「…ではお言葉に甘えて…失礼するッス」 

10

「お疲れ様、茶道さん」
「!紫くん」
変身を解除して、プラザから少し離れた駅前のベンチに座っていたところを話しかけられた。
「ちゃんと休めました?」
「休めました?って…僕は無傷だよ。市民の手当てを手伝おうとしたら、"パープル"くんに止められたもの」
「"アタシ"が止めたのは…科学班が例のドライバ使用後すぐの身体の具合を調べたいからですよ。ここに来るそうです」
「え〜?普段来ないのに?」
「よほど興味があるんでしょうねぇ」
紫はしれっと隣に座った。

「…人間の死体にフォビアが"入る"と、その人が生前恐怖していたモノになる」
紫は呟いた。
「電話のフォビアの『人』は、電話が怖かったのでしょうね。かけるのも、かけられるのも…音も嫌だったのかな」
駅前の人集り。警察、野次馬、救急隊を眺める紫。
「…アタシ達が死んだら、何のフォビアになるのかしら…」
「…そうならないために、葬儀屋やエンバーマーや医者が。フォビアになった時に望まない罪を犯さないために、僕達ヒーローがいるんだよ」
「…そうね」

11

「残り物?」
レッドは永遠の頭にガーゼを当てながら訊き返す。
「うん…あ、じゃなくてハイ」
あくまで『兄妹』ではなく『ヒーローと市民』として接さなくては。
「フォビアにそう言われた気がして…どういう意味なのか、く…レッドは知ってることあるかなって」




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