可笑しいお菓子の冒しかた第二話『自己満の償い』

1

「う…ん、あ…?どこ、ここ…?」
 目を覚ますと、俺は狭い部屋にいた。暖色の蛍光灯が窓の部屋を照らしている。窓は見当たらない。俺から見て右側にドアがある。
 俺は椅子に座っていたが、鎖や縄でやたらめったらに椅子に縛りつけられていた。そして俺の目の前には、パイプ椅子が一脚ある。
「俺…なにしてたっけ…」
 確か、美都嶋先生に謝りたくて、先生を探して、廃ホテルで先生を見つけて、そしたら人間を自称する二足歩行の狼に遭遇して…部屋に2人来て…どうなったっけ。
「やっと起きた」
 コッコッコッコッと、足音が後ろから聞こえた。そして後ろから、女性が1人現れた。
「アタシのこと、わかる?」
「…狼がいたホテルに、来た人」
 そうだ。白い軍服の、黒髪の人?
「正解。そしてここは、アタシが所属する組織の基地の一室…取り調べ室、ってところかしら」
「取り調べ室…」
「…今からアンタには、アタシの質問に"正直"に答える義務がある。わかった?」
「はい…」
 女性は俺の目の前にあるパイプ椅子に座る。
「アンタ、あの金髪の女に何をした?」
「金髪の…」
 俺はハッと思い出した。そうだ、俺はこの人に殴られて…意識を失ったんだ。
 金髪の女性…美都嶋先生のことだ。
「…ッ」
「言いなさい」
「…肩を、噛みました」
「噛んだのね。美味しかった?」
「は…ッ!?」
「肩を噛んで、血を飲んで…感想は?美味しかった?」
「な、なにを…きいて…」
「いいから答えなさい」
「……………………………………………………………………甘かった、です」
「甘くて美味しかった、ってこと?」
「………………………………………………………………………………………はい」
「そう。そう感じたアンタは、どうしたい?」
「?…」
「噛んで、美味しかった。アンタはあの女の一部を食べたってことになる。それから…どうしたい?また食べたいって思ってる?」
「お…思ってないですよッ!!」
俺は思わず声を荒らげた。
「うるさい」
 ガンッと頬を殴られた。ジンジンと痛む。ヒリヒリもする。頬の皮が剥けたのかもしれない。
「聞こえてるから、もっと静かに喋って」
「…はい」
「『食べたいと思ってない』っていうのは、あの女を食べたくないって意味?それとも、もう二度と誰も食べたくないって意味?」
「…どっちもです。俺はもう、美都嶋先生を食べたくない…誰も食べたくない…傷つけたくない…」
 俺は思わず涙が出た。もう俺には、泣く資格なんか無いのに。
「じゃあ、どうするの?もう傷つけたくないなら、どうするの?」
「…俺を、

殺してください。

 俺はもう、人を傷つけたんです。こんなヤツ、死んだほうがいいです。お願いです、俺を殺してください」

「…アタシは人を殺してるけど」

「………………………………………………………………………………………え?」
 この人、今なんて…。
「アンタはまだ人は殺してないんでしょ?じゃあ生きててもセーフなんじゃない?人殺しのアタシがこうして生きてるんだし」
「な、何を言ってるんですかッ!?俺は…俺は死ぬべきなんですッ!!」
「死ぬべきって何?使命で死ぬってこと?アンタ自身が死にたいわけではなく?」
「ッそりゃッ死にたいわけでは、ない、です、けど…ッ」
「じゃあ生きればいいじゃない」
「…でも、俺は…ッ」
「だあーもうめんどくさいな、来なッ!」
 女性は立ち上がると、ガッと俺の座る椅子の背もたれを掴み、椅子ごと俺を部屋の外に引っ張り出した。…どうやらこの椅子はローラーが付いていたらしく、静かにスイスイと進んだ。

2

 真っ白な廊下を進み、1つの大きな窓を見せられた。窓の向こうには部屋が見えた。…美都嶋先生がテーブルを挟んで、誰かと話している様子だ。
「!せ、先生に見つかるッ!!」
「向こうからは鏡だから見えない、大丈夫」
 女性は窓の横の赤いボタンを押す。ボタンのすぐ隣にはスピーカーがあって、そこから音声が流れ出した。
 …あ、先生と話してるの、この軍服の女性の後に来た、白衣の人だ。

3

『…あの、彼は…無事、ですか?』
『無事、というのは?』
 白衣の人はテーブルに置いた紙に何かを書き取りながら、美都嶋先生と会話していた。
『その、目つきの鋭い、白い服の女性にどこかへ連れて行かれたみたいなので…どこにいるのかと思って』
『…生きてますよ。ちょっと人狼とホテルの件で、別室で話を聴いてるだけです』
『そう、ですか…』
『…心配なんですか』
 書き取る手を止め、白衣の人は顔を上げた。
『それはもちろん…私、学校で彼のいるクラスの先生をしてますから…心配です。それに…』
『…それに?』
『…ホテルで、助けてくれたお礼、言いそびれて…彼は私に何かを言おうとしていたみたいで…それが気になったんです』

4

「あの女、アンタが生きてるかどうかを心配している上に、アンタが助けてくれたと思ってるみたいよ」
「…」
 俺は俯いた。
「…アンタ、家族は?」
「家族…?…母が、1人います」
「母親、好き?」
「…父が蒸発した後、俺が物心つく前から、女手1つで、育ててくれた恩があるので…人並みには、好きです」
「…アンタは死んだら、母親を悲しませるでしょうね」
「…」
「…もしかして、まーだしっくり来ないの?…先に言っとくけれどアタシも、アタシの所属する組織も、アンタを殺させという命令はもらってないし、組織自身で殺すつもりもないの。…アンタには何がなんでも生きてもらうわ。アンタには、この組織に属してもらう」
「"組織"…?属す…?」
「『自分は死ぬべき』『自分は死んだほうがいい』『死んで罪を償いたい』…それで命を使いたいのなら、死ぬ気でこの組織…
『特許   特別  特例  特選  特価 特化 課
(とっきょとくべつとくれいとくせんとっかとっかか)』に使ってもらうわ」
「と、とく、と…?」
「まあ覚えられないなら、略して『特六課』でいいわ」
「そこに所属して…俺は一体、何を…?」
「働く」
「…はたらく?」
「アンタが特六課でやるのは…"今回"のようにカトラリーが起こした事件を解決すること、警察とかと連携してね。給料は弾むわよ、危険な仕事だらけだし」
「警察…?お、俺、頭は人並み程度なんですけど…」
「特六課は戦うことを重視した組織だから、頭の良し悪しはそこまで問題にならないわ」
「でも…」
「やかましい。うだうだつべこべぴーちくぱーちく言うんじゃあないッ。この組織に拘束された時点で、アンタに拒否権は無いんだからね」

5

「…俺、これからどうすればいいんですか?」
 椅子の拘束を解かれ、俺は一旦家に帰ることになった。
「家に帰ったら、まず荷物をまとめな。着替え、普段使ってる端末機器、それから学習用のノートやメモ帳・筆記用具。ある程度の娯楽品・嗜好品も許可する。」
「そういえば、今は何時ですか?そもそも今は何日…?」
 まだ建物の外を見ていない。
「今日は4月28日、時刻は21:00よ」
「28日ッ!?俺、貴方に殴られてからほとんど丸一日気を失ってたんですかッ!?」
「そうよ。随分疲れてたみたいだから、自然に起きるのを待ってたわ」
「…椅子に座った状態では、体調は回復できませんよ」
「ある程度良好になった後に椅子にフン縛ったのよ」
「なんでわざわざ…?」
「雰囲気作り」
「…」
 俺は今、表情を誤魔化せているだろうか。
「アンタの母親には、『人狼事件の目撃者だから、事情聴取をしている』って言ってある。帰っても何かしら文句は言われないでしょう」
「…なるほど」
「アタシの車で、家まで送る」
「い、家まで来るんですか…」
「当ッたり前でしょう。アンタが自殺するかもしれないし、アタシや組織から逃げるかもしれない。それを防ぐためによ」

6

「ただいま」
「!雫ッ!!」
 玄関を開けてすぐ、俺は母に抱きしめられた。
「おかえり…でも、またすぐに…行くんでしょ」
「…うん、ごめん」
 必要だと言われた着替えや端末の充電器・バッテリー、学習道具…マンガを数冊、鞄とトランクにまとめる。
「じゃあ、また…行ってきます」
「…行ってらっしゃい」

7

「…ちゃんと来たわね。荷物は後部座席に」
「…はい」

 車の窓から、夜の町をぼんやり眺める。きっと俺は、もう二度とここに帰ることはないだろう。

 さよなら、母さん、染井、吉乃、町のみんな。
 美都嶋先生…さよなら。直接言えなかったけど…先生を傷つけて、ごめんなさい。

 俺はこの日、今生の別れのつもりで家を出て、青春を過ごした町を出た。

 だが俺、すぐに、美都嶋先生たちと再会することになる。


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