エルダーヒーロー第2話『謎の変身ドライバ』

1

「おうと…?口から吐く『嘔吐』…ってこと?」
「…はい」
「…さっきの、ドライバがあった、水溜まりは…」
「…私の…ゲロです…」
風が吹き、病院内の瓦礫から生まれたチリや砂がパラパラチリチリ動く。
永遠が感じる身体の寒さは、風だけではない。
(どどどどうしようッ!!ドライバの出処話したほうがいいと思って話したけど気まずいッ!!『貴方は私のゲロ溜まりに落ちてたゲロまみれのドライバで変身したんですよ』って、どんなヒーローでも間違いなくショック受けるでしょッ!!うわあああブラウンの顔が見られないいいッ!!)
頭と目がグルグルグワングワンして、永遠の口から声らしい声が出ない。

2

目の前の少女が下を向いて黙ってしまい、ブラウンは考える。
(変身ドライバを嘔吐した…?エ、ホントに?嘘はついてないだろうけど信じ難いというか…変身ドライバを嘔吐って何…?そんな事例、聞いたことがない)
…とりあえず彼女を避難所へ連れて行かねば、と思ったその時。

ヒュッ

「!」

ドッッ

音速を超えた拳がブラウンの顔を狙っていた。間一髪でブラウンは手の平で拳を捕らえたが。
「ワ!?」
ようやく顔を上げた少女が、驚いて声を出す。

シュウウウ…

「彼女から離れろ!!」
左拳を掴まれながらも、声の主は言った。
中央に大きく『X』と表された覆面(マスク)。襟の立った、背中が隠れる長さの白いマント。首元のマントの留め具に真珠が光る。胴はタスキのような模様。篭手と膝当てを付け、白いハーフブーツを履いている。そして覆面・胴・腕・ズボン、全て鮮やかな赤一色。
その人物が誰か、X県X市在住なら誰もが知っている。
X県X市ヒーロー戦隊赤色枠・ヒーローレッドである。
「レッド、何で僕に攻撃…」
「病院を破壊したのは貴様か!!『フォビア』!!」
ブンッとブラウンの手を振りほどき、レッドは少女を守るように、ブラウンと少女の間に立つ。
(…

あ!僕が"こんな見た目"だからかッ!!)
自身がレッドに拳を向けられ、フォビアと言われた理由をブラウンは約2秒で理解した。
全身真っ黒の左右非対称な四肢で、目が5つもあったら、そりゃフォビアと認識するのも仕方がない。
「ま、待ってレッド!僕だ!ヒーローブラウンだ!茶道だッ!!」
「ブラウンはそんな見た目じゃない!!」
「えと、ドライバが壊れて!新しいドライバで変身したんだよ!」
「ドライバが壊れた?だから新しいドライバ…スペアで変身したと?旧型と新型でコスチュームのデザインに多少の差異はあれど、そこまで変わるか!嘘つきが!!」
「「嘘じゃないよッ!!」」
ハモった。

3

レッドはぐるりと後ろを見た。ハモったもう1つの声…永遠を。
「その人の言ってることは全部ホントだよ、"玖遠(くおん)"」
「な…ッ!何で本名言うんだよ"永遠"!!」
「こうでも言わないと玖遠は人の話を聞かないでしょ!…この!」
永遠はグイーッとレッドの覆面を引っ張る。
「イダダ!わかった!わかったから!…だったら、変身を解除してみてくださいよブラウン」
レッドは永遠の手を軽く払いつつ、ブラウンに言う。
「いいよ」
目の前の異形はベルトのバックルを左手で押さえ、右手でドライバを掴み、引っ張る。

ピカァーッピキピキパキ…

異形は眩い光に包まれ、光にヒビが入る。

パリイィーンッ

光が割れ、そこから…茶道 久近と、初めて見るドライバが現れた。
「…マジで茶道さんなんスか」

ピーポーピーポーウウウウウウゥーッ

救急車の音が聞こえる。
「そういえばレッド…玖遠くん、何でこの子は君の名前を…」
茶道は2人を交互に見る。
「あー…"妹"なんスよ、俺の」
「妹…!?そういえば、よく話してたね…しかも似てる…」
「…永遠、自己紹介したか?」
「あ…ッ!私『赤星 永遠』って言います。ヒーローレッドを務めてる『赤星 玖遠』の、妹です」

4

「…で、フォビアとの交戦でドライバが壊れたか、、その場にあった謎のドライバで変身したと」
「うん」
「そのドライバは…」
ヒーローレッドこと赤星 玖遠は、茶道 久近から赤星 永遠に視線を変えた。
「永遠が吐いた、と」
「うん…」
ここはヒーロー基地内の一室。警察の取調室のような部屋。3人はテーブルを囲み座っていた。
ハネ毛の目立つ黒のミディアムロング、妹と違い鋭い目をした彼…玖遠は目を瞑り、眉間をつまむ。
「何ソレ…」
「で、でも、ホントなんだよ玖遠くん…」
「疑ってはないッスよ。嘘つく理由無いし…でも聞いたことないッスそんな事例…」
「…だよねぇ」
「襲撃された病院のカルテには『異常無し』、ヒーロー医療班の検査でも…」
トンと人差し指で、テーブルに置かれた紙を玖遠は差した。
「『異常無し』…そんでこのドライバ」
紙の隣に置いてあるドライバを玖遠はつまむ。茶道が使った謎のドライバだ。
「…ヨシ」
玖遠は立ち上がり、下腹部のベルトに左手を添える。
「俺がコレで変身してみッか!」
「え!?できるのそんなこと!?」
永遠が率直な疑問を口にする。
「それを今から試すんだ!」
フゥーと息を吐き、唱える。

「変身」

ガチッ…

ポーンッ

「おわッ!!」
「おっと危ない」

パシッ

「…ドライバが、ベルトから勝手に飛び出した…?」
顔にぶつかりそうになったドライバを茶道がキャッチしたおかげで、永遠は怪我をせず済んだ。
「ぅあ〜…"拒否"されたか…」
勢いよく飛んだドライバのせいで尻餅を着いた玖遠が立ち、椅子に座る。
「"拒否"…?」
首を傾げた永遠に、茶道が説明する。
「変身ドライバは"拒否反応"を持っていてね、どうやらこのドライバは玖遠くんを拒否したらしい」
「ドライバが、人を拒否するんですか?」
「そう。変身ドライバは特殊な物質を使っているから…身体がドライバに"合って"ないと、変身できないんだ。ヒーロー入隊試験でもこのシステムを採用してる」
「へぇ〜…!」
確かに、ヒーロー入隊試験は毎年100人以上が受験するが、合格者はほんの一握りだとよく聞く。
(身体能力テストだけじゃないんだ)
「となると、そのドライバは茶道さん専用の可能性が高いッスね。…拒否の確認のため、今からみんな呼びまスか?パープル以外全員外出中ッスけど」
「いやぁわざわざこのドライバのために呼ぶってのも…」

ガチャッ

「失礼、ドライバの検査結果が出たわよ」
コツコツと靴音を鳴らしながら、1人の女性が部屋に入って来た。肩より少し長い栗色の髪、横は流し、後ろ髪は紫色のバレッタで留めていた。白衣を着ている。
「内蔵物質は、ヒーローが使うドライバと同等で間違いないと。ただ…」
女性は持って来た紙束をテーブルに広げる。
「…ただ?」
玖遠が訊く。女性は永遠を見る。
「…出処がそこの女の子という点が注目されてね、女の子の精密検査と、使ってる茶道さん本人の精密検査…よりデータが必要ってさ」
「…なるほど」
「てなわけで一回レッドと手合わせさせてみてと言ってる」
「「…え!?何で!?」」
茶道と玖遠がハモった。
「"ひたすら機械でいじりまくるより実戦映像のほうがわかりやすいから"」
「…まったく科学班ってそういうとこあるッスよね」
「さっさと訓練室に行くわよ。…貴方も来なさい、一応関係者だし」
「わ、かりました…」
女性に呼びかけられ、永遠も訓練室とやらに行くことにした。

5

訓練室、とはその名の通りヒーローが訓練するため設けられた部屋だ。バスケットコートほどの広さがあり、壁・床・天井・訓練室内を見るための窓ガラスも、非常に頑丈に造られている。
「科学班の人達、は来ないんですか?」
ベンチに座る永遠は、隣に座る女性に訊ねた。
「…あそこから見てるわ」
女性は天井隅の監視カメラを指差した。
「この基地、滅茶苦茶広いもの…わざわざここまで足を運ぶのが面倒なのよ」
女性はどこからか取り出した黒のキャップ帽を永遠に被せた。
「わっ」
「これで顔は映りにくいでしょう…当事者とはいえ、貴方は一般人だもの。それあげる。…新品よ?」
「あ、ありがとうございます…」
ほんの少しズレたバンダナを元の位置に戻しつつ、永遠は窓ガラスの向こう…訓練室内を見た。

6

「「変身」」

…2つの眩い光が収まり、現れたのはヒーローレッドと…金色のビロードをまとう、異形のヒーローブラウン。
「久しぶりッスね、ブラウンと手合わせスんの」
「だね…僕から行く?」
「ではそれで」
「オーケー」

ダンッ

ブラウンが跳躍し、レッドに拳を振りかざそうとした。その瞬間、

ボワバキバキッ

「ハ」
ブラウンの拳…いや、"指"が巨大化した。関節も増え、5本全てが樹木の塊のようになり、レッドに覆い被さるように襲いかかった。
「ッ避けてッ!!」
「ッ!」

ドガァァァンバキバキバキガラガラ…

7

「!?今何が…!?」
石埃が舞い、訓練室内の様子が見えない。
「玖遠…!?茶道さん…ッ!!」
永遠は立ち上がり、訓練室のドアへ駆ける。
「あっコラ危険よッ!」
女性は永遠より先にドアの前に立つ。
「アタシがドアを開けるから、貴方は後ろにいなさい。離れちゃダメよ」
「ッ…わかりました」
女性は白衣の前ボタンを外し、内ポケットからあるモノを取り出す。…カバーが紫色の変身ドライバを。
(あれはドライバ…?この人もヒーロー…!?)
今日一日で『"2名"のヒーローの素顔』を知ってしまって大丈夫だろうかと、永遠は思った。

ギイイイ…

女性が訓練室のドアを開け、中に入る。永遠もそれに続く。
「ブラウン!レッド!意識あるなら返事して!」
女性が呼びかける。
「…意識、ある」
「…ある、あるよ〜…」
石埃が収まり、ようやく4人お互いの姿が見えた。
レッドとブラウンは既に変身を解除して、床に座り込んでいる。
「何スか、今の…」
「僕にも、さっぱり…」
玖遠の後ろの壁は大きく凹んでいた。避けていなかったら間違いなく"ヤバかった"。
「…そのドライバ、相当ヤバイッスね」
「…みたいだね」
「…ともかく、怪我が無くて良かった」
「良かった…2人共…」
(本当に…)
永遠は心の中で泣いた。


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