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[Claude3 Opus]時代小説風の文体でライトノベルを書いてもらった

こんにちは、アルです。
Claude3 Opusがすごいよ!というお声をたくさん見かけ、どんなものかと小説を書いてみましたが、ほんとにすごい。月20ドルでここまで出来るなら趣味としてコスパよすぎ!と思ってしまいました…。もちろん仕事にも生かせるでしょう。
時代小説を意識して書いてもらったのでちょっと読みづらいんですが…企画として面白そうだなーと思ったのでやってみました。

今回は執筆した方法をご紹介したあとに本文も貼っています。つい楽しくて2日で3万文字以上書いてしまったので、お時間あったら読んでみてください。起承転結の起の部分になります。

執筆の手順は以下のようにシンプルな方法で行いました。
①フォルダにあったMidjourneyで生成した画像(サムネイル)からイメージして簡単に設定・あらすじを作る。

②PDFファイルにした設定・あらすじを貼り付け、一緒に深堀りする。好みになるまでClaude3と話しながら作ります。

③完成した設定・あらすじのデータを更新して保存、書き始める。(後に気付きましたが、Claude3 Opusはチャットが一定の量を超えると、
This conversation reached its maximum length.
という表示になり、そのチャットボックスは利用できなくなります。記憶を引き継げなくなるので、チャット量が多くなる場合は別データとして保存しておくことをおすすめします。)

④出力してもらうときに「時代小説風に書いてください」とお願いする。

これだけです。
さーっと作ったことと、文章が古風なので文意が伝わりづらくなってしまったので途中からあまり凝りすぎず、ステレオタイプなストーリーにしています。
今後もAIを使ったストーリー作成に関する情報を発信していきますので、気軽に感想などいただけたら嬉しいです。

では、以下が本文になります。

鬼哭剣風録(きこつけんぷうろく)

哭する(こくする)…大声でさけび泣く。慟哭(どうこく)する。

プロローグ

 明治維新の嵐、なお収まらざる頃。

 沢村慶吾と伊東正義は、新政府軍の"鬼哭衆"の将として、数名の部下を率いて村に赴きぬ。
 鬼の脅威に怯える村人らを救わんがため。
 されど、目に飛び込んできたのは地獄絵図のごとき惨状であった。
 朽ちし家々、壊れし柵、血に染まりし地。かつて人の世の喧騒充ちたりし村の面影は、もはや微塵もなし。
 道端には、鬼に命を奪われし村人の死体が累々と横たわり、無残にも引き裂かれた痕跡を残すもの、胸に大きな傷を負ったもの、あるいは頭部に致命傷を受けたるもの。
 まるで人形を粗雑に扱ったかのような、惨憺たる光景であった。
 村の惨状を目の当たりにして、沢村は怒りに震う。伊東もまた、言葉を失い立ちすくむのみ。
 人々の絶望と恐怖、重苦しく村を覆いおり。
 「鬼の仕業……。むごき哉。いかに鬼とはいえ、これほどまでに残虐とは」伊東呻くように言う。
 「そうじゃ。人の心を持たぬ、悪鬼のみがなしうる所業よ」
 沢村は冷ややかに言い放つ。されど、その眼差しの奥には、深き憂いあり。
 
 (鬼に、心を蝕まるるがままになりてはならぬ)
 
 村人らは、我先にと死体の間を逃げ惑う。互いを押しのけ、時には踏みつけんばかりの勢いだ。
 そこには、人として最後の理性も綻びつつあった。
 「助けてくだされ!」
 「鬼が来る!早く逃げねば!」
 弱き者は切り捨てられ、強き者のみが生き延びる。
 それが、鬼の脅威の前に晒された人の世の姿か。
 沢村は、村人らを前に立ちて、厳かに宣言せり。
 「諸君、よく聞け。鬼は強敵なれど、我ら人間も負けてはおらぬ。人の心を守るためならば、どのような苦難も乗り越えねばならぬ」
 その言葉に、村人の一人口を挟む。
 「鬼に喰われるくらいなら、この子らを差し出した方がましだ。身代わりにすれば、我らは助かるやもしれぬ」
 「そうだ、年寄りや病人は鬼に任せればよい。無駄に世話をかけてきた分、最後くらい役に立てばよかろう」
 村人らが口々に言い放つ言葉は、恐怖に胸を掻き毟られたとはいえ、余りに冷酷にして非道であった。
 弱き者を、まるで人形のように差し出そうとする所業。それは、鬼に魂を売り渡すに等しかろう。
 己が命を守るためならば、手段など選ばぬ。
 そこには、人の矜持も、良心の呵責も欠片もなし。
 村人らもまた、鬼に心を蝕まれ、人の心を失いつつあるのだ。
 いや、物言わぬ鬼よりも、なお悪しき存在と言うべきか。
 鬼は理性など持ち合わせぬ。されど、理性を備えし人間が、欲望に任せ同胞を平然と裏切るとは。
 噫呼、こは人にあらず、まさしく鬼以上の化け物ではないのか。

 沢村は、この惨状を目の当たりにし、いたく心を痛めていた。

 (村人らが、恐怖のあまり、人の心を失わんとしておる。されど、この者らもまた、鬼の犠牲者。決して見捨てるわけにはいかぬ。)

 「伊東、鬼とはいかなる存在か、わしが知る限りを話さん」
 沢村歩みを止めず、伊東に語り始む。
 
 鬼は人の恐怖が生み出した存在。人の負の感情に引き寄せられ、やがてそれに取り憑く。
 怒り、憎しみ、絶望。鬼はそれらを糧として、人の心を蝕んでいく。
 やがて鬼と一体化した者は、人としての理性を失い、ただ破壊と殺戮に明け暮れる。
 鬼は決して生きとし生けるものではない。だが、恐ろしいほどの生命力を持つ。
 切り落とされた肉体は、しばらくの間蠢き続ける。黒き血が、腐敗を知らぬのだ。
 鬼の血に触れた刀は、時として感染し、鬼の片割れとなる。
 刀に宿る鬼は、ついには持ち主をも蝕み、永遠の地獄へと引きずり込む。
 
 伊東は言葉を失い、ただ頷くのみ。
 鬼の脅威、これほどまでとは。改めて、恐怖胸を過ぎる。
 「されど、恐るるなかれ。鬼もまた、人の心が生み出しし者に過ぎぬ。我ら次第にて、鬼を斬り捨て、恐怖を乗り越えられるはずぞ。さすれば人の世に、再び平穏訪れん」
 沢村が言葉は、凛とせし響きを帯びおり。その眼差しは、鬼を斬る覚悟に満ちおりき。

 村人らを鼓舞し、鬼との戦いへと赴く沢村が背中を、伊東は複雑なる思いにて見つめおり。
 (師匠は、鬼を人の負の感情が生み出せし者だと言う。されど、わしはどうしても、そうは思えぬ)
 伊東が脳裏に、鬼の恐るべき姿蘇る。青白き肌、血走れる眼。まるで人の世ならざる、異形の者。
 (鬼は、人智を超えし別の生物ぞ。得体の知れぬ、脅威の存在。人の心が生み出しし者だと言うが、あまりに出来すぎておる。いや、むしろ人の叡智を超えし何かが、この世に鬼を送り込みしのではないか?)
 伊東は、そんな疑念を拭い去れずにおり。されど、師が前にては口に出せず。ただ黙して、その背を追うしかないのだ。
 (鬼という脅威に、いかに対処すべきか。できることは何か、考えねばならぬ)
 伊東が心中は、そんな現実的なる思いにて満たされおり。
 師と弟子。二人が心の距離は、踏み出せし一歩ごとに広がりゆく。
 されど、目指す場所は同じ。
 人の世に平穏を取り戻すため、二人は共に歩み続くる。その決意だけは、揺るぎなきのなりき。
 
 「気を引き締めよ。鬼は、もはや目前に」
 沢村の言葉に、刀を握る手に力が篭る。されど部下らが震えるは、恐怖にあらずして、緊張の故か。
 
 ――次の刹那、地獄の門は開かれた。
 醜悪の鬼ども、四方より現れ出で、襲い来たる。
 部下らは怯むれど、沢村と伊東は動じず。二人が刀、鬼の急所を捉えて、閃光と化す。
 鬼の姿は、悪夢の具現にして、まさに、地獄より這い出でし悪霊のごとし。
 鬼どもは、獣のごとく跳躍し、壁を走り、信じがたき速度にて動き回る。影のごとく、捉えがたし。
 部下らは、その異様の動きに翻弄され、震える手にて刀を振るうも、鬼に傷一つ負わせられず。
 されど沢村と伊東は、冷静なり。二人が刀捌き、舞踊のごとく美しく、鬼の動きを読みて、先回りするように刀を振るう。鬼の急所を捉えし刀、肉を斬り裂く音。黒き血飛び散りて、鬼ども苦痛の叫び声を上ぐ。

 「首を狙え!首を斬らねば、鬼は死なぬぞ!」
 
 沢村が叫ぶや、部下らも我に返りたるごとく、必死に鬼の首を狙う。
 次々と鬼ども斬り伏せられゆく。されど、鬼の数多し。倒れし鬼の傷より、黒き煙立ち上る。まさに、魂の抜け出でゆくかのようなり。
 戦い、なお終わらず。沢村と伊東、背中合わせになりて、残る鬼どもに立ち向かう。二人が息、ぴったりと合いて、一心同体のごとし。
 鬼の咆哮と、刀の響き。死の舞踏、村の中に繰り広げられる。そこにありしは、人の理を超えたる、何かなりき。

 人型の鬼ども、ついに沢村と伊東が前に倒れ伏す。黒き血に塗れし地、鬼の死骸横たわる。

 「皆の者、刀を拭け!鬼が憑依いたすぞ!」

 沢村が厳しき口調にて号令をかく。部下らは震うる手にて刀を拭う。
 沢村が言葉には、鬼についての深き知識滲めり。鬼は、生きとし生けるものならずとも、無機物にも寄生するのだ。刀に付着せし血を介して、鬼の魂乗り移ることもあるという。
 「鬼は、尋常ならざる生命力を持つ。ゆえに、油断は禁物なり」
 沢村は、刀を丁寧に拭きながら語る。鬼はどこにでも潜むことができん。
 ゆえに、鬼哭衆が戦いに終わりはないのだ。
 
 沢村の言葉に、伊東も頷きを返した。されど、刀に憑依せんとする鬼の生命力から、彼は目を逸らすことができなかった。

(もしも、刀に宿る鬼の力を我らが制することができれば、それは人にとって強力な武器となるやもしれぬ。されど、鬼の力を御することは容易の業にあらず。鬼の生命力は強靭にして、時としては人の心をも蝕みかねぬのだ。)

 伊東の脳裏には、鬼の力を探究し、人の手に馴染む武器を作り出さんとする構想が浮かんでいた。
 それは、今はまだ朧気なる思いに過ぎなかったが、いつの日にか、この構想を形にせんとする想いが、伊東の胸に燻り続けていたのだ。
 沢村は、黙して刀を拭う伊東の横顔を眺めやった。伊東の瞳の奥に、何事かを企む光が灯っているのを感じたればこそ。

 部下らは、恐怖に震えながらも刀を拭き上ぐ。鬼の脅威は、目に見ゆるものならずとも。彼らは、その恐ろしさを思い知らされおりぬ。
 沢村と伊東以外が部下ら、肩にて息しつつ、戦いの余韻に浸る。勝利の喜びと、生き延びしことの安堵感。その入り混じりし感情、彼らが表情に浮かぶ。
 「これにて、一件落着か」
 伊東、安堵の溜息つく。沢村も、頷きかけしが。
 されど、その刹那。
 
 「うぉぉぉぉぉぉ!!!」

 どこよりともなく、悲鳴のごとき咆哮、響き渡る。それは、今まで聞きしことなき、おぞましき声なり。
 「な、何ぞや!?」
 部下ら、恐怖に声を上ぐ。沢村と伊東も、その声の方角に身構う。
 次の刹那、巨大なる影、一行が前に現る。それは、蛇の姿せり。
 されど、普通の蛇にあらず。あまりにも巨大なる体躯、そして異様なる気配。それは、紛れもなく鬼の気配なりき。
 「ば、化け物ぞ!」
 部下が一人、恐怖に震うる声にて叫ぶ。
 沢村は、刀を構えつつ、蛇の鬼を見据う。その目、獲物を狙う獣のごとし。
 「化け物?否、鬼よ。人を喰らいし蛇に、鬼が寄生せしのだろう」
 沢村が言葉に、伊東も頷く。二人なりに、状況を理解せしなり。
 蛇の鬼は、赤き舌をちろりと出しては引っ込む。まさに、目の前の獲物を嘲笑うかのようなり。
 「総員、警戒せよ!今までの鬼とは違うぞ!」
 沢村が号令をかく。部下らは、恐怖に震えつつも、陣形を組む。
 されど、次の刹那、信じがたき光景、繰り広げられた。
 蛇の鬼、身を屈めると、跳躍す。その速度、目にもとまらず。
 「うわぁぁぁぁ!!!」
 
 悲鳴が上がる。蛇の鬼に丸飲みにされる部下。あまりの出来事に、他の部下ら絶句す。
 
 「ば、馬鹿な……」
 伊東、信じられぬという顔にて呟く。
 
 されど、恐怖はそれのみにて終わらず。蛇の鬼より腕が生えてくるのだ。

 「な、何ぞこれは……」
 沢村も、言葉を失う。今まで見しこともなき、おぞましき光景。
 蛇の鬼は、生えし腕にて地に落ちし刀を拾うと、顔の前にて構う。まさに、人の如く。
 「まさか、知性があるのか……?」
 伊東、震うる声にて言う。
 「然り、間違いなし。されど、厄介よ。気を引き締めよ、伊東」
 沢村は、刀を握る手に力を込む。予想外の事態に、さすがの沢村も戸惑いを隠せず。
 
 蛇の鬼は、信じがたき速度にて動き回る。まさに、影のごとし。その異様の動きに、沢村らは翻弄さる。
 「くそっ!捉えどころなし!」
 伊東、苛立ちを隠せぬ様にて叫ぶ。
 
 部下らは、必死に蛇の動きを追うも、その速度につきゆけず。次々と、蛇の口に飲み込まれゆく。

「う、うわぁぁぁ!!!」
 飲み込まれる部下が悲鳴、村中に響き渡る。残りし者らが顔より、血の気引く。
 そして、恐怖はさらなる絶望を生む。飲み込まれし部下が体より、無数の腕が生えてくるのだ。

 蛇の体は、みるみる内に腕にて覆い尽くされゆく。その異形の姿は、まさに悪夢の具現なりき。

 うごめく腕の群れ、蠢く指の森。まさに、地獄の業火に焼かるる亡者のごとし。その光景は、人の理性を狂わせんばかりのおぞましさなり。
 「な、何という……」
 伊東、震うる声にて言う。
 沢村も、言葉を失う。今まで見しこともなき、悪夢のごとき存在。
 腕は刀を握ると、再び沢村らに襲いかかる。まさに、張り子の軍勢のごとく、無数の刀襲い来る。
 沢村と伊東は、必死に応戦す。刀を振るい、腕を斬り落とすも、蛇の動き捉えどころなし。
 いくら斬りても、斬りても、きりなきなり。

 ついに、沢村と伊東以外が部下は全て飲み込まれてしまいぬ。蛇の体よりは、無数の腕が生え、うごめく。

 「沢村殿、もう無理ぞ!撤退するぞ!」
 伊東が叫ぶ。されど、沢村は動かず。
 「伊東、あれ以上腕が増えたらば、さすがのわしも対処できじ。喰われるんじゃないぞ」
 沢村は、刀を握る手に力を込む。

 「されど、ここにて引けば、村は蛇の餌食となる。わしらが止めねば、誰が止めん」

 その言葉に、伊東も覚悟を決めしごとく頷く。
 二人は、背中合わせになりて蛇に立ち向かう。

 「伊東、腕を狙え!できるだけ多く斬り落とすのだ!」

 沢村の号令にて、二人は腕を集中的に攻撃し始む。するとさすがの蛇も怯み、動きが鈍くなりてきぬ。
 「今ぞ!伊東!」
 沢村が叫ぶ。二人は、渾身の力にて蛇に斬りかかる。
 激昂せし蛇は、防御疎かになる。
 その隙を、沢村と伊東は見逃さず。
 刀が、交差す。
 蛇の首、宙を舞いぬ。
 「はぁ……はぁ……」
 沢村と伊東は、荒き息をつきつつ、倒れし蛇の死骸を見る。
 「やりたりな、伊東」
 「然り、危うく喰われるところなりき」

 二人は、安堵の表情を浮かぶ。
 されど、その表情、長く続かず。
 生き残りしは、沢村と伊東の二人のみ。
 失いし仲間への悲しみ、二人が胸を締め付く。
 「沢村殿、村人は無事なるか」
 伊東、不安げに呟く。
 「わからじ。されど、せめて生き残りし者がおれば、助けねばならぬ」
 沢村は、力なく答う。
 二人は、重き足取りにて村の中心部へと向かう。

 鬼の襲撃一段落せし村の中、沢村と伊東は生存者の確認をせり。崩れし家屋や、血に染まりし地。どこを見ても、絶望的なる光景のみなりき。

 「師匠、こちらには生存者おらぬようなり……」
 伊東、悲しみに暮れし様にて報告す。沢村は無言にて頷くのみ。
 
 その刹那、微かなる呻き声聞こゆ。
 沢村は速やかに声のする方へ駆け寄る。
 倒壊せし家屋の下敷きとなれるは、まだ齢十にも及ばぬような一人の少女なりき。右の腕と足を失い、全身を血に染めおる。
 されど、まだかすかに息あり。

 「伊東、この子はまだ生きておる!」

 沢村は叫ぶ。伊東も驚きの表情にて駆け寄りてくる。
 少女は、瀕死の状態にありながらも、かすれし声にて呟きぬ。

 「お……お父さん……お母さん……弟は……」

 その言葉に、沢村が心は深く傷つきぬ。手足失えどなお家族を案ずる少女が無垢なる心。
 それは、鬼の犠牲となりし哀れなる人々の象徴のようにも思えたり。

(この子は、鬼に家族を奪われしのだな……。何という痛ましさぞ)

 沢村は、少女をそっと抱き上ぐ。
 まだあどけなき顔立ちに、死の影忍び寄る。
 「師匠、この子……右の腕と足が……」
 伊東、言葉を詰まらせつつ言う。沢村も、少女が無惨なる姿に心を痛めたり。

 されど、不思議なることに、少女が傷口よりは鬼の毒感じられず。通常、鬼に襲われし者は、たちまち鬼の毒に侵され、鬼へと変貌してしまう。されど、この少女は違いぬ。

 「伊東、この子は鬼の毒に侵されておらぬ。生きておるのも、奇跡に近し」
 沢村は、少女が生命力の強きに驚く。普通の人ならば、とっくに死にたるはずなり。
 沢村は、少女を安心させんため、優しく語りかく。

 「安心するのだ。お前が家族は、無事だよ」

 それは、嘘なりき。少女が家族、もはやこの世にいないことを、沢村は知れり。
 されど、今はこの子を安心させることが先決なりき。
 少女は、かすかに微笑む。生命線を握るような思いにて、沢村が言葉を信じようとしているのだ。

 沢村は、ふと思いぬ。もしかすると、この少女は並外れし生命力を持つのではないかと。鬼に侵されながらも、なお人間性を保てり。そのような者を、沢村は見しことなかりき。

(この子を、助けてやりたし。人として、生きる道を示したし)

 沢村が心には、様々なる思い渦巻く。目の前の少女を救いたしという想い。されど、その裏には、自分自身への問いかけもありぬ。

(この子を救うことが、本当に正しきことなるか?)

 沢村は、自問す。少女を鬼の血より守らんがため、一時的に鬼化させるという選択。それは、果たして少女のためなるか。

(否、もしかすると、これはわしが慰みにあらずや?)

 沢村が脳裏に、ふと皮肉なる考え浮かぶ。長年、鬼と戦い続けてきし自分。家族を失い、心に深き傷を負いし自分。

(この子を救うことにて、わしは戦いより逃げんとしておるのではないか?)

 自分が心の奥底に在る、弱さへの自嘲。沢村は、苦々しく笑う。

(このまま死なせてやれば、この子はもはや苦しまずに済まん。なのに、わしは自分が欺瞞にて、この子を生かさんとしておる)

 少女を生かすことが、本当に彼女のためなるか。それとも、自分が心の傷を癒さんがためか。
 沢村は、自分の中の人間性に問いかく。されど、答えは出でず。まさに、鬼と向き合うがごとく、沢村が心は矛盾に満ちたり。

(鬼を斬る者が、鬼と同じことをせんとしておるのか?)

 皮肉にも、沢村は自分自身を鬼に重ねて見ておりぬ。
 人の命を奪う鬼。そして、少女が運命を決めんとする自分。

(否、これはわしが欺瞞などにあらず。この子を救うことが、わしが使命なるぞ)

 沢村は、ふと悟りしごとく微笑む。自分は、鬼を斬るために生きてきぬ。されど、それは単に鬼を斬ることが目的にあらず。鬼の脅威より、人を守るために生きてきしのだ。

(この子を救うことは、わしが使命に違いなし。鬼より、人を守ること。それこそが、わしが生きる意味なるぞ)

 沢村が心より、迷いが消え去りゆく。少女を救うことは、自分が欺瞞にあらず。鬼狩りとしての、否、人としての使命なるぞ。

(わしは、鬼にあらず。人の命を救う者なり)

 沢村は、力強く頷く。自分が決定に、迷いはなし。
 沢村は、覚悟を決す。たとえ、己が決定の正しきかわからずとも、少女を救うことを選ばん。

「伊東、少し離れておくれ」

 沢村は、弟子に言う。伊東は訝しむも、師の言葉に従いぬ。
 沢村は、少女に真実を告ぐ。残酷なる真実を。

 「お前が家族は……死にたるよ。鬼に、喰い殺されしのだ」

 その言葉に、少女が表情一変す。
 絶望と、怒りに満ちし形相。
 まさに、鬼そのものなり。
 「う……嘘だ!そのような、嘘に決まれり!」
 少女は、沢村を激しく拒絶す。その刹那、少女が体に異変が起これり。
 右の腕と足が、鬼の手足のごとく変貌し始めしなり。
 鬼の血、少女が全身を駆け巡る。
 「沢村殿!この子が……鬼に……!」
 伊東、驚きの声を上ぐ。されど、沢村は動ぜず。

 「よし。伊東、見ておれ。鬼の血に飲まれかけし者が、人間性を取り戻す刹那を」

 沢村は、少女を抱きしむ。
 鬼と化しかけし少女を、敢えて受け入るるのだ。
 
 「お前は、人なり。鬼の血に、負けるな」

 沢村が言葉は、まさに祈りのごとし。
 少女が体、激しく痙攣す。

 されど、やがて少女が体より、鬼の血消えゆく。人の肌を取り戻してゆくのだ。
 「沢村殿……この子は……」
 伊東は、言葉を失う。まさに、奇跡のごとき出来事なりき。
 
 沢村は、少女を優しく見つむ。
 この子ならば、鬼の血を乗り越えられん。そう確信せしなり。

 「伊東、この子を連れて行く。わしが、育ててみせん」

 沢村が言葉に、伊東は深く頷く。師が決意を、しかと受け止めしなり。
 されど、伊東が心には複雑なる思い去来せり。
 「沢村殿、また、とんでもなきことを。まさに、破天荒の権化のごとし」
 伊東は、苦笑いを浮かぶ。沢村が型破りなる行動に、いかほど振り回されてきしことか。
 「うむ、わしは破天荒なりと?」
 沢村は、面白げに笑う。自分が性質を、よく理解せるようなり。
 「然り、そうですとも。鬼を斬るは、師匠が宿命かもしれず。されど、鬼と人の狭間に生きる者を救うなど……。師匠にしか、できっこなし」
 伊東が言葉には、諦念と敬意混ざり合えり。
 
 「伊東よ、お前には申し訳なきことをしてきぬ。わしが破天荒に付き合わせて」
 沢村は、ふと真剣なる顔になる。弟子への感謝の情を、込むるように。

 「いえ、師匠。わたくしは、師匠について行けて光栄なりき。されど……」
 伊東は、言葉を切る。沢村との別れを、予感せるのだ。
 「わかっておる。わしも、そろそろ潮時と思いおりぬ。お前に、これ以上わしが破天荒に付き合わするわけにはいかじ」
 沢村は、悲しげに微笑む。長年連れ添いし弟子との別れを、覚悟せるのだ。
 「師匠……」
 伊東は、言葉を失う。沢村との別れは、避けがたき運命と悟れり。

 「この子は、わしが罪の象徴なり。されど、同時に希望の光でもあり。伊東、わしと共に罪を背負いてくれるか?」
 沢村は、紅音を背負いながら問う。その姿は、まさに罪と希望を背負う、孤高の戦士のごとし。

 伊東は、一瞬躊躇う。されど、すぐに決意を固めたり。
 「然り、師匠。わたくしも、その罪を背負いん。そして、師匠が希望を、見守り続けん」
 伊東は、毅然とせし表情にて答う。師が決意に、自らが決意にて応ずるのだ。
 「うむ、それでこそわしが弟子よ。感謝する、伊東」
 沢村は、満足げに頷く。最後まで、弟子は師を理解してくれしなり。
 伊東は、深々と沢村に頭を下ぐ。別れの挨拶なり。
 「師匠、どうかお元気にて」
 「然り、お前もな。また会わん、伊東」

 沢村は、紅音を背負い、燃え盛る炎の中へと歩み出づ。
 破天荒なる剣士と、罪と希望を宿す少女。二人が前途には、未知の運命が待ち受けおるのなりき。



第一章

 沢村に救われてより、早五年の歳月流れぬ。
 かつては九歳の少女なりし紅音は、今や逞しき十四歳の少女へと成長を遂げおりぬ。

 鬼に襲われ、瀕死の重傷を負いし紅音を、沢村は助け出したるのだ。
 右の腕と足を失いおりし彼女が身体は、今や鬼の血の力にて見事に再生を果たせり。

 沢村が下にて鍛錬を積みし紅音は、めきめきと剣の腕を上げゆきぬ。師の教えを乞い、己が心と向き合い、紅音は強くなるために日々を重ねてきたるのだ。

 そして今日も、紅音は沢村に立ち向かうべく、木の上にて息を潜めおりぬ。手には、いつもの木刀を握りしめおり。

 (今日こそ、さわむらを倒してみせん)

 そう心に誓う。五年の歳月が、紅音を逞しく成長させおりぬ。
 必ずや、師を超えてみせんと燃ゆる闘志。これが、紅音が日課の一つなるぞ。

 狙うは、沢村が不意を突くこと。油断せし隙に、一気に勝負を決めん。
 紅音は、別の木にくくりつけし紐を手繰り寄する。狙いを定め、一気に引き絞りぬ。
 紐が絞られし木、大きく揺るる。葉擦れの音、森に木霊せり。
 その音に、沢村が振り向く。

 (今ぞ!)

 紅音は、その刹那を待ちおりぬ。音もなく木より飛び降り、沢村に襲いかかる。
 木刀が、風を切る音。まさに、死神の鎌のごとく鋭く、容赦なし。
 されど、その木刀は、虚空を斬りぬ。

 「どうせし、紅音。その程度の技にては、わしは斬れぬぞ」

 沢村は、悠然と紅音が背後に立ちおりぬ。木刀を受け止めながら、あっさりと言う。
 「くっ……」
 紅音は、歯噛みす。また、技を見切られてしまいしなり。悔しさが込み上げ来る。
 「くっ、今度こそ必ずや討ち果たすぞ!」
 紅音は、拗ねたるように言い放つ。沢村に認めてもらいたき一心にて、日々修行に励みおるというのに、まだ及ばぬと言われてしまうとは。
 「ほう、決めてやるだと?」
 沢村は、面白げに紅音を見下ろす。

 「その意気や良し。されど、その程度の技にては、わしが眉毛一本触れられんぞ」
 「なんだ、その眉毛は!いつかきっと、剃り落としてくれるわ!」

 紅音は、沢村が挑発に乗せられて、つい言い返してしまう。
 「おや、わしが眉毛がそれほどに気になるか?確かに、立派なる眉毛じゃ」
 沢村は、わざとらしく眉を触りながら言う。
 「くっ……。もはや良し!次なる機会には、必ずや仕留めてくれるわ!」
 紅音は、怒りたるように拳を握りしむ。沢村がからかいに、つい乗せられてしまう自分が悔しき。
 「ふふ、そうこなくては。でなければ、わしが眉毛は安泰じゃな」
 沢村は、面白がるように笑う。紅音が成長ぶりを見るは、何よりの楽しみなるぞ。
 「うぅ…。もはや修行する!」
 紅音は、拗ねし表情にて踵を返す。沢村に認めてもらうまで、修行を積むより他なし。
 「おう、精進せよ。でないと、わしが眉毛が寂しがるぞ」

 沢村が言葉に、紅音はむっとせし表情を見す。
 されど、心の奥にては、沢村に認められたしという想い燃え上がりおるのなりき。

 沢村が言葉に、紅音はむっとせし表情を見す。
 「さわむら、打ち合いぞ!勝負ぞ!」
 
 紅音は、突然大きな声にて叫ぶ。まさに、歌舞伎役者のごとき大げさなる身振りなり。
 
 「お、おお……急になんぞ?」
 沢村は、紅音が豹変ぶりに驚きを隠せず。
 「わたしは、さわむらに認めてもらいたきのぞ!ゆえに、打ち合いにて勝負を決するのぞ!」
 紅音は、熱血漢のごとき口調にて言う。その目は、まさに燃えおるようなり。
 沢村は、呆れたるように溜息をつく。
 「わかりぬ、わかりぬ。受けて立とう。その……熱き想いは伝わりしからな」
 沢村は、苦笑いしながら木剣を構う。
 「やったり!さわむら、全力にていくのぞ!」
 紅音は、喜びの声を上ぐると、構えに入る。
 まさに、祭りの花火のごとく、その場にてぴょんぴょん跳ねおり。
 「ああ、全力にていこう。……って、落ち着け!」
 「はっ!わたしは今、燃えおるのぞ!さわむらが眉毛も燃え上がるのぞ!」
 紅音は、ますます熱くなりおり。
 「ほぅ、わしが眉毛を燃やすと言うのか。ならば、お前が髪の毛も燃やしてやろうかの!」
 沢村は、挑発するように笑みを浮かぶ。
 「な、なんぞと!?わたしが髪の毛を燃やすだと!?」
 紅音は、沢村が挑発に驚きつつも、負けじと食ってかかる。
 「おう、お前が先に火をつけしのだ。覚悟せい!」
 沢村は、木剣を構えながら、威勢よく言う。
 「ぐぬぬ……。わたしが髪の毛は大切なるぞ!許さんぞ!」
 紅音は、頭に手を当てながら、沢村を睨みつくる。
 「それはこちらが台詞ぞ。大切なる眉毛を燃やさんとは、良き度胸しておる!」
 沢村は、眉毛をひくひくさせながら、紅音に向かいて構う。
 「うぅ……。さわむらぁ!覚えておけぇ!」
 紅音は、怒りを込めて沢村に斬りかかる。
 かくして、師弟の、否、家族の珍道中始まりしのなりき。
 眉毛と髪の毛を賭けし、命懸けの戦いが。

 紅音と沢村向かい合う。二人が間に、言葉にならぬ緊張張り詰む。師弟の絆、今、剣にて語られんとせり。
 一瞬の静寂の後、二人が動き爆発す。
 
 紅音先制し、雷のごとき速さにて沢村に斬りかかる。
 足を大きく踏み込み、腰を捻りながら、全身の力を込めて剣を振るう。
 疾風の如き剣筋は、まさに紅音が魂の叫びを表したるかのよう。
 されど、沢村はそれを予見せしかのごとく、身をわずかにずらして避け、反撃の一撃を放つ。
 わずかに身を屈め、足を滑らせるようにして紅音の斬撃をかわす。
 と同時に、距離を詰め、低い姿勢から上段へと剣を振り上げる。

 紅音もまた、師の動きを読み、剣を交差させて応戦す。
 腕を伸ばし、剣を前に突き出す。沢村の剣を受け止めんとする。
 両足を大地に踏み込み、低く構える。
 二人が剣は、目にも留まらぬ速さにて交錯す。
 音を立てて弾かれ、再び激しくぶつかり合う。
 木剣のぶつかり合う音、まさに連続せし雷鳴のごとく森に木霊す。
 
 それは、もはや単なる剣技にあらず。時間と空間を操るかのごとき、高次元の戦いなり。
 二人の間合いは、刻一刻と変化す。
 近づいては離れ、離れては近づく。
 剣の軌跡は、複雑怪奇にして、常人の目には捉えがたし。
 一瞬の判断が勝敗を分け、わずかの隙も許されず。

「はぁぁぁ!!」

「おぉぉぉ!!」

 二人が気合いの声、戦いにさらなる緊張感を与う。
 吐く息は荒く、額には汗が滲む。
 
 されど、その中にて、紅音と沢村は剣を通じて対話をせり。
 ぶつかり合う剣は、互いの心を伝え合う。
 技の応酬は、魂の呼応。
 剣の舞は、まさに無言の会話。
 相手の技、心、そして魂を理解し、認め合いおるのだ。
 
 ――そして、決定的なる一瞬訪る。
 紅音、ほんの僅かなる隙を見逃さず、渾身の一撃を放つ。
 右足を踏み込み、腰を落として剣を突き出す。
 全身全霊を込めた一撃は、まさに紅音の全てを賭けたるもの。
 されど、それは沢村が予想の範疇なりき。
 身を捻り、紅音の剣先をわずかにずらす。
 師は、微塵の動揺も見せずして紅音が剣を受け止め、逆に弟子の隙を突く。
 下段から上段へ、大きく剣を振り上げる。
 「うっ……!」
 紅音が剣吹き飛ばされ、沢村が剣、紅音が喉元にて静止す。
 背中を大きく反らし、絶望と驚愕の表情を浮かべる紅音。
 対して、静かに佇む沢村。
 剣の先端は、紅音の喉元を微かに押さえつけている。
 勝負は、つきぬ。
 
 「……負けましたり」
 紅音が、悔しさと共に吐き出す。
 
 「あぁ、よく戦えり」
 沢村は、剣を下ろしながら言う。その顔には、満足げなる笑み浮かべり。

 「じゃあ、約束の通り……」

 沢村が言いかくると、紅音が慌てて口をはさむ。
 「ちょ、ちょっと待ちて!冗談と思いおりたるのに、本気にて髪の毛燃やすつもりか!?」
 紅音は、自らが髪の毛を守るように両手にて覆う。

「おっと、そうなりき。わしも冗談のつもりなりしが、本気にしておったのか」
 沢村は、わざとらしく驚きしふりをす。
「冗談にても、髪の毛燃やすって言うのやめてよね!わたしが髪の毛は大切なるのだから!」
 紅音は、頬を膨らませて不満げに言う。
「はは、わかりぬ、わかりぬ。お前が大切なる髪の毛は燃やさぬよ」
 沢村は、苦笑しながら紅音が頭を軽く撫づ。
「……じゃあ、さわむらが眉毛は?」
 紅音が、ちらりと沢村が眉毛を見ながら言う。
「この眉毛も、わしにとりては大切なるぞ。燃やされたくはなしな」
 沢村は、眉毛をひくひくさせながら言う。
「ふふ、冗談ぞよ。さわむらが眉毛も、燃やしたりせぬよ」
 紅音は、くすくすと笑いながら言う。
「ふっ、お前も悪戯っ子になりしものだな」
 沢村は、紅音が成長を嬉しく思いつつ、笑みを浮かぶ。
「そういうさわむらこそ、わたしをからかうのだから。もう、参りたりな」
 紅音は、楽しげに沢村を見上ぐ。

 二人が笑い声、森に木霊す。師弟の、否、家族の絆は、この何気なき冗談の中にも確かに存在せり。

 穏やかなる日差し村を包み込む昼下がり。
 沢村と紅音は、山間の村が自宅の縁側にて、お茶を楽しみおりき。
 するとその刻、村の長老の姿見えたり。長老は数人の村人を引き連れ、沢村らが家に向かいて慌ただしく歩みおり。沢村は、長老が様子より、何か急を要する用件あるのだと察しぬ。

 「沢村殿、紅音殿。お待たせいたしましたり」
 長老頭を下ぐると、沢村は手を上げて応じたり。
 「いや、そのような改まりし挨拶はよし。一体何事にて?」
 長老は村人らを顧みてより、深刻なる面持ちにて沢村らに向き直りぬ。
 
 「実は、村の外れにて鬼の目撃情報ありましたり」
 
 「鬼、ですと……」
 紅音身を乗り出す。
 「数日前より、村の畑を荒らされることが多くて。皆、鬼の仕業にあらずやと恐れおりまして……」
 長老は、不安げなる面持ちにて言葉を続けたり。

 「いつ頃よりそのような被害が?」沢村尋ぬ。
 「三日前よりなり。最初は獣のしわざかと思いおりましたるが、昨夜、村人の目撃談にて鬼の姿が……」
 「昨夜、ですか」紅音眉をひそむ。
 「いずれにせよ、鬼の存在は村にとりて大きな脅威なり。一刻も早く、退治せねばなるまじ」
 沢村は、腕組みをしてしばし思案するような風に目を伏せたるが、やがて長老らに向かいて頷きぬ。
 「かしこまりましたり。我ら師弟にお任せくださるよう」
 「よろしくお願い申し上げまする」村人ら安堵したるように表情を緩む。
 「鬼退治とは、一筋縄にはいかぬ。されど、我らが剣に懸けて、必ずや村の平穏を守りてみせん」
 沢村が言葉に、村人らは感謝の念をこめて深々と頭を下げたり。
  「紅音、支度をせよ。日暮れまでには村の見回りを済ますぞ」
  「はい、さわむら」 師の言葉に、紅音は力強く頷きぬ。

 日が傾きかけし頃、沢村と紅音は村の見回りに出発せり。鬼の被害ありしという畑を中心に、周囲の様子を探る。
 「ここが、鬼に荒らされし畑……」 紅音眉をひそむ。
 確かに、畑は荒らされし跡ありき。
 されど、不思議なることに、人の血の匂いはせず。
 「人への被害はないようだな」
  沢村も同じことを感じ取りしようなり。
 鬼は人を喰らうはずなり。それなるに、畑だけが荒らされおるは不自然なりき。
 「どういうこと。鬼の目的は、いったい……」
 紅音が問いに、沢村は答えられずにありき。

 夜になり、二人は畑の近くにて待ち伏せをしておりき。
 やがて、風の流れ変わりぬ。
 鬼の気配なり。
 「紅音、来るぞ」
 「うん」
 次の刹那、鬼の姿月明かりの中に現れたり。
 一匹、二匹……否、もっと多くの鬼が畑に忍び寄りおり。

 ――ここが、例の村か?
 ――然り、御前の言葉正しければ、沢村という人間剣士がおるはずなり。
  鬼らが、人の言葉にて会話をしおり。沢村と紅音は、その言葉に耳を疑いき。
 「沢村、だと……?」 紅音沢村を見る。沢村が表情は硬く、思案げなり。
 「紅音、あの鬼らは偵察に来ておる。まずきことになりそうなり」

 そのとき、一つの鬼が沢村らが気配に気づきぬ。
 
 ――おい、誰やおるぞ! 
 ――ええいもはや堪忍ならぬ。喰うてしまえ!
 
 鬼ら一斉に身構う。
 「仕方なし、行くぞ紅音!」
 「応!」 師弟は、刀を抜きて鬼らに立ち向かう。
 鬼の気配に、紅音が背筋に冷たきもの走る。今までにも、鬼と戦いしことはあり。されど、今回ほど多くの鬼を相手にせしことはなかりき。

(落ち着け、紅音。さわむらが教えてくれしことを思い出すのだ)

 紅音は、深呼吸をして心を落ち着けんとす。
 「紅音、構えよ」
 沢村が声に、紅音は刀を構う。
(然り、構えこそ大事なれ。体は低く、刀は相手の目を見据えて)
 師の教えが、頭をよぎる。
 
 鬼ら襲いかかりて来る。紅音は、飛びかかる鬼の動きを見極め、刀を振るう。
 鬼の鋭き爪、閃くが如し。されど、紅音は師の教えを胸に、敢然と立ち向かう。
 低く身を屈め、地に膝をつく。鬼の動きを捉えんと、目を凝らす。
(鬼の動き速し。されど、必ず隙あり。その隙を見逃さぬことが肝要)
 鬼、爪を振るい、斬りかかる。紅音、身を捻り、避く。と同時に、反撃の刀。
 地を這うが如く、刀を横薙ぎに振るう。足を一歩踏み込み、体重を乗せて斬撃に力を込む。
 刀が、鬼の首を捉う。黒き血飛び散る。
 「やりたるわ!」
 鬼を斬りし喜びに、紅音は思わず声を上ぐ。
 されど、喜びもつかの間、別の鬼背後より迫りて来る。
 「うわっ!」
 咄嗟に身をかわす。危うきかな。
 (油断は禁物なり。鬼は、どこより攻撃してくるやら分からぬ)

 紅音は、沢村が戦いぶりを横目にて見る。師匠は、まさに鬼の動きを先読みするがごとく、次々と鬼を斬りゆく。
 半身の体捌きにて、鬼の攻撃をかわしつつ、刀を大きく振り回す。
 身を屈めては、また跳ね上がり、止まることなく動き続ける。まるで舞うが如し。
(さわむらは、いかにしてあれほどに落ち着きて戦えるのか)
 
 ふと、紅音が脳裏に、ある考えよぎる。
(わたしには、鬼の血流るる。ゆえに、鬼の動き読めるのかもしれぬ)
 その考えに、紅音は戸惑う。
 自らが鬼に近き存在なることは、今でも受け入れがたき事実なり。
 「紅音、集中せよ!」
 沢村が声、紅音を現実に引き戻す。
 「は、はい!」

 紅音は、再び刀を構う。今は、己が血のことを考うる場合にあらず。村の人々を守るために戦うことこそ、己が役目なるぞ。
 鬼、飛びかかる。紅音、身を躱し、斬り上げる。
 刀を大きく弧を描くように振るい、下から上へと斬り上げる。
 腰を深く落とし、足を踏み込みつつ、上半身をねじるようにして斬撃の力を生む。
 一瞬の隙を突く、巧みの太刀筋。鬼の腹を斬り裂く。
 紅音は、鬼に向かいて果敢に斬りかかりゆく。刀の重さ、手の感触、鬼の気配。五感を研ぎ澄まし、一つ一つの動作に意識を集中す。
 (わたしは、さわむらに教わりし道を進まん。鬼の血を恐れず、人を守るために戦う剣士とならん)
 その決意こそ、紅音が刀を力強く導く源なりき。
 最後の鬼斃れ、戦い終わりぬ。紅音は刀を下ろし、大きく息をつく。額に浮かびし汗を拭いながら、安堵の表情を浮かぶ。
 「やりたる……全部やっつけたるわ!わたしにもできしのだ、さわむら!」
 興奮気味に紅音言う。
 沢村は、ほんの少し微笑みて紅音を見たり。
 「然り、よくやりたり。お前は確かに成長せしな」
  その言葉に、紅音が顔いよいよ輝く。

 されど、沢村が表情はすぐに真剣なるものに戻りぬ。
 紅音は、師の変化に気づき、問う。
 「どうせしの、さわむら?」
 沢村は、鬼の死骸を見つむるまま答う。
 「鬼どもが、わしを探しおりしことが気になるのだ」
 ハッとする紅音。さては、鬼らは沢村が名を知りおりき。
 「確か、『御前』とか言いおりしわね」
 紅音が言葉に、沢村は頷く。
 「御前って?」
 「鬼を統率する者の在ることぞ。その者が命にて、鬼らはわしを探しおりしのだろう」

 紅音は、沢村が言葉の意味を噛みしむ。鬼を操る者。
 それは、これまで経験せしことなき、新たなる脅威を意味す。
 「されど、何ゆえ沢村を?」
 その問いに、沢村は首を横に振る。
 「分からぬ。されど、何か大きなることが起ころうとしおるは確かなり」
 沢村は、深き溜息をつくと、刀を丁寧に拭い始む。紅音も、師に倣いて己が刀の手入れを始めたり。
 「兎も角、長老に報告するとしよう。村の人々を守るは、我ら鬼狩りの務めぞ」
 「うむ、そうじゃな」 紅音は力強く頷く。

 二人は、月明かりの下、村に向かいて歩き始めたり。
 新たなる脅威の予感に、心は重くなる。されど、彼らを包む夜風は、いつもと変わらず涼しげなり。

 長老への報告を済ませし沢村は、いつもと違い無口にて家への道を歩みおりき。紅音は、師の様子を心配しつつも、黙して付いてゆく。
 
 二人が暮らす家は、村の外れにある質素なる作りの小屋なりき。
 わずかの家財道具と、剣の手入れ道具が置かれおるのみの簡素なる部屋なれど、紅音にとりてはかけがえなき居場所なり。
 
 小さき明かりの灯る部屋にて、沢村と紅音は向かい合いて食事をしておりき。沈黙続く中、沢村がふいに口を開く。
 「紅音、わしは若き頃、新選組という組織にありしことがある」
 その言葉に、紅音は驚きて箸を止む。
 沢村が己が過去を語ることは、滅多になかりしからなり。
 「新選組?それは、幕末の京にて活躍せし剣士集団にござりまするよね?」
 紅音が問いに、沢村はゆっくりと頷く。

 「さよう。わしは、新選組にて鬼と戦いおりき。されど、次第に幕府の腐敗を感ずるようになりてな……」

 沢村は、新選組時代の経験を語り始む。
 幕府の要人が鬼の力を利用せんとしておりしこと。
 新選組内部にて密かに鬼の血を飲む者ありしこと。
 そして、仲間らと新選組を離脱し、新政府軍に与したることを。
 「されど、何ゆえ今さらそのような話を?」
 不思議に思いし紅音が尋ぬ。沢村は、しばし黙りたる後、ゆっくりと答えたり。

 「となく思うに、お前に、わしのことを知りておいてほしかりしのだ」

 (さわむらは、前から伊東殿のことを話しておったな。もし自分に何かあれば、すぐに伊東殿のもとへ行けと、口酸っぱく言うておったが……)

 紅音は、沢村の言葉の端々に、何か含むところありそうな気配を感じつつ、聞き入る。
 その言葉に、紅音は胸の奥に不安を感じたり。
 「何ぞ、そのような堅苦しき顔して。大したる話にあらずやろ?」
 紅音は、不安を押し隠すごとく笑いながら、沢村が肩をぐいと押す。沢村も、それに合わするように苦笑を浮かぶ。
 「大したることぞと思うがな。お前、鬼が前だとおそるおそるなりき?」
 「な、何よ!あれはたまたまにて……。わたしだって、ちゃんと戦えるわ!」
 紅音は、沢村が茶化しに思わずむきになる。沢村は、そのような紅音が反応を見て、楽しげに笑う。
 「まあ、その調子なり。その意気や良し、だな」
 そう言いながらも、沢村が瞳の奥には、何か言い尽くせぬ想いが宿れり。紅音は、その想いに心を揺さぶられつつも、気を取り直す。
 「もはや、からかわぬでよ。そのようなことより、今宵の修行の内容は?しっかり教えてよね」
 紅音そう言うと、沢村は頷き、立ち上がる。
 「然り、わかりおる。されど、その前に夕食なり。腹が減りては戦ができぬからな」
 二人は、いつもの日課なる夕食の準備に取り掛かる。
 山の幸を煮込みし鍋を囲みながら、師弟は気さくに言葉を交わす。

 食事の後、沢村は紅音に、新しき剣術の型を教う。紅音は真剣なる眼差しにて、師の動きを見つめ、己が身体にて技を習得せんとす。
 稽古の後、二人は山の夜空を見上げながら、しばし歓談す。星々の瞬きに、それぞれが想いを馳せるごとく。

 昨夜に引き続き、沢村と紅音は村の見回りに出でたり。村の外れを歩みし時、無邪気なる子どもたちの一群と出くわしぬ。

 「あの剣、かっこよし!」
 「わしにも、剣術を教えたまえ!」

 はしゃぐ子どもたちに、沢村は優しき笑顔を向けぬ。
 無骨なる剣士も、児らを前にしては、自然と柔和なる表情となる。
 「おう、剣術が習いたいのか。よし、ちょっとだけ教えてやろう」
 嬉々たる面持ちにて、沢村は子どもたちに、剣の基本を指南しぬ。

 されど、傍らの紅音は、心の内に晦渋たる想いを滾らせり。
 己が身に巣食う、鬼の呪いし血。
 人ならざる、半鬼の宿業。
 故に、人との交わりを避けんとす。

(わたしのごときが、人の子と戯るべきにあらず……)

 紅音が物憂げなる様を、沢村は心配げに眺めおりぬ。
 子どもたちに向かいて、沢村は言う。

「紅音にも、剣術を教えてもらえるぞ。優しく教えてくれるはずだ」

 突然の申し出に、紅音は狼狽える。されど、子どもたちの期待に満ちし眼差しに、断るに断れず。

「ま、まあ……基本だけならば……」
 
 おずおずと、紅音は剣を取り、型の説明をしぬ。子どもたちは、身振り手振りにて、そを真似する。
 その稚気あふるる姿に、紅音の脳裏に、一瞬、弟の面影がよぎりぬ。
 あどけなき笑顔。
 無心に剣を振るう、小さき手。
 今は亡き、痛恨の記憶。

(あの子も、こうして剣を……)

 胸の奥が、ずきりと疼きを覚ゆ。
 されど、その苦悩を顕わにするまもなく、子どもたちの歓声が、紅音を現世に引き戻しぬ。

「紅音殿、すごし!」
「もっと教えたまえ!」

 子らが歓声に、紅音は戸惑いを隠しきれず。
 されど、その瞳には、喜びの炎も灯りおり。
 己が身に宿りし鬼の血を恐れおりき紅音。
 されど、今は、人の子らと戯るる喜びに、心弾ませおるのだ。

(これが、人の世の温かさか……)

 幼き日の記憶に、村の子らと戯れし自分の姿を思い出す。
 鬼の襲撃によりて、すべてを失いしあの日までは。
「紅音殿、どうせしの?」
 子らが声に、我に返る。

 「あ、ああ、何でもない。さあ、もう少し教えてやろう」

 無邪気なる声に、紅音は我に返る。
 引き攣りし表情を、やや強引に綻ばせ、頷くのみ。
 沢村は、そんな紅音の心の襞を、察するように見つめおりたり。

 子どもらとの交流の後、沢村と紅音村を歩みおるに、一人の猟師と行き逢いぬ。
 無精髭を蓄え、無愛想なる面持ちの男。人を避くるがごとく、村の外れに住まうと聞く。
 
 「やあ、猟師よ。今日は狩りかや?鬼に出くわすとも、その銃にては歯が立たじ」
 沢村冗談交じりに声をかくれど、猟師は明瞭なる返事もせず、ただ目前の道を行く。沢村は苦笑しつつ、告ぐ。

 「冗談はさておき、先ほど鬼の気配を感じたるのだが……くれぐれも気をつけよ」
 その言葉に、猟師は足を止めぬ。一瞥、沢村を見遣りて、皮肉げに言う。
 「鬼は、剣にあらずば倒せじ。この銃にては、首は斬れぬわ」
 それは、沢村が力量を認めての言葉か。
 されど、猟師は首を振りて、道を進まんとす。

 「わしには、生業ありてね。鬼も人も、関わりたかねえのさ」
 「まあ、そう言うな。世の中、関わりたくなきことだらけなれど、縁ありて出会いしのだ。一献交わして、狩りの話でもせんか」

 沢村がひょうきんなる言葉に、猟師は思わず足を止む。その無骨なる表情に、かすかなる笑みがこぼれんとす。
 「……酒の誘いとは、悪くなし。されど、今日はお預けぞ。狩りの時間になりぬ」
 そう言いて、猟師は再び歩み出づ。されど、その背中には、先ほどよりも幾分か柔らかき印象あるよう。
 
 傍らの紅音は、複雑なる面持ちにて、その応酬を見つめおりたり。

(人嫌い、か……。わたしも、そうありたきものなれど……)

 鬼の血を引く、忌むべき宿業。されど、孤独を受け容れ切れぬ、弱き心。猟師が在り方に、紅音は憧憬と焦燥を覚ゆ。
 ふと、沢村紅音に目配せしぬ。狩りに出立する猟師が背を見送りつつ、低き声にて言う。

 「紅音、山の外れは危険ぞ。鬼の気配を感じたらば、すぐさま知らせよ」
 「……わかりぬ」
 わずかに躊躇いがちに、紅音は頷く。
 
 沢村が心配げなる眼差しに、心の平安を得つつも、猟師が孤高なる姿に、なお思いを馳せずにはおられず。
 村の片隅にて、人の世の哀歓と無縁に生くる術を、猟師は心得たり。
 されど、紅音にはまだ、そのような心の悠々しさは、縁遠きものに感じらるるのみ。
 風に靡く草木の音。遠ざかる足音。物思いに沈む紅音を、沢村は気遣わしげに見守りおりぬ。
 かくして、山村の昼下がりは、静けさの中に、人の世の機微を湛えて過ぎゆくのなりき。

 猟師は、いつもの如く森を駆け巡り、獲物を仕留めては村へと運ぶ日課を終えんとしておりき。
 日が沈みゆく頃、鬼の脅威など、いささか遠のきし気もす。

 されど、その安堵も束の間。ふと、異様なる気配に森揺るるを感知す。
 顔を上げし猟師が眼前に、奇怪なる一行姿を現しぬ。

 異形の気臭を纏いし、青白き顔の若き男。
 そして両の脇に、人の姿をなしながら人に非ざる者。笠を深く被り、佇む影。

 本能的に、猟師は銃口を彼の者らに向けぬ。
 微動だにせず、ただ猟師を見据うる青白き面持ち。その眼に浮かぶ、常ならぬ気配。

(こ、こいつら、鬼なり。しかも、ただの鬼にあらず……!)

 恐怖に戦く猟師が脳裏に、沢村放ちし酒の誘いがかすむ。
(くそっ、あの時の誘い、のっとけばよかりしを……!)

 言葉を交わすまもなく、業物の銃声森に響き渡りぬ。
 されど、弾丸は虚空をつらぬくのみ。
 青白き男、瞬時に姿を消して、猟師に今し方立ちおりし場所に現れたり。

 ――気づくより早く、刃閃く。

 「ぐふっ……」

 猟師は、己斬り伏せられしことにも気づかず、そのまま絶命してゆく。

 斬撃の主は、青白き男。倒れし猟師が銃を見下ろし、眉をひそむ。
「なんたる忌まわしき代物ぞ。鉄の棒一つにて、人の命奪うとは」

 青白き男は、銃を睨みつつ呟く。その眼差しには、深き憎悪の色あり。
「かような卑劣なる武器、人の道に非ず。武士たる者、刃を以て戦うべし」
 男は、まるで穢れたるものを払うがごとく、銃を蹴り飛ばす。
「鬼も、かくのごとき陋劣なることはせじ。沢村を探すとしよう。あやつこそ、我らが探し求むる者」

 かくして、怪しき一行は、猟師が亡骸を残し、再び森の奥へと消えゆくのなりき。

 日暮れの山道を、沢村と紅音歩みおりぬ。見回りの疲れを何くれとなく言葉に紛らわせつつ。
 「ほれ、紅音。今日は村の子どもらと上手く接していたるな」
 「へっ、あれしきのこと。さわむらより上手に教えたるぞ」
 子どもらとの交流を褒められて、紅音は不敵に笑う。
 沢村も、苦笑を浮かべつつ応ずる。
 「おや、随分と口が达んできおったるな。わしが背中、まだまだ遠しぞ」
 「今に見ておれ。いつかはさわむらが背中を追い抜きて、鬼の頭を斬りてくれるわ!」

 そんな茶化し合いの最中、不意に村の方角より悲鳴響き渡る。

 「っ!!」

 二人は刹那、顔を見合わせ、刀に手をかくると、一目散に村へと駆け戻りぬ。

 村へと辿り着きし時、そこはもはや修羅の様相を呈しておりき。

 無惨に斬り伏せられし村人が亡骸。返り血に染まりし地。
 昼間に戯れし子どもらの姿も、そこかしこに横たわりおりぬ。
 生臭き血の臭気、鼻をつく。
 断末魔の叫びのこだま、なお耳に残る。
 血に塗れし無残なる死骸の山。
 まさに、鬼の餌食となりし哀れ村人らよ。
 地獄絵の如き惨状の数々。

 「なっ……これは……」

 惨状を目の当たりにして、紅音が顔より血の気引く。
 膝から崩れ落ちんばかりに、よろめく身体。

 「紅音、しっかりせい!」

 沢村の励ましの声に、紅音は我に返る。
 震うる膝を叩き、なんとか立ち上がりぬ。

 そのとき、どこよりともなく、冷たき風吹き抜くる。
 風と共に、まるで闇より湧き出でしがごとく、一つの影現れたり。

 ――ほう……。

 言葉少なに、青白き面持ちの男は冷やかに惨状を見渡す。
 その眼には、驚きも哀れみも見られず。
 まるで、死の絵図を愛でるかのごとき、妖しき熱度のみ灯りおり。
 沈黙の中にて、男の存在感際立ちおりぬ。周囲の空気、凍てつくように冷たく感じらるる。

 「貴様は……!」
 沢村は、刹那に刀を抜き放つ。されど、その男を見し瞬間、沢村の動き止まる。

(何者ぞ、この男は……?否、まさか……!)

 見覚えある面影。
 されど、あまりに若々しき容貌。
 五稜郭にて斃れしはずの男。沢村が脳裏を、疑念駆け巡る。

 「土方……歳三か……? 貴様、一体何を……?」
 「久方ぶりよな……沢村よ。ぬしが組を脱して以来じゃ」
 「そのときの恨みを果たさんと……?」
 「恨み? そんなもの取るに足らぬ。理想、忠誠、誇り。どれも何の役に立たぬわ」

 沢村、驚愕す。もはや見知る男にあらず。
 「変わりしな、土方よ……組の魂なりしぬしがよもやそのようなことを」
 「変わりしにあらず、淘汰じゃ。五稜郭にて無数の銃弾を浴び、剣の無力さを嘆くもまた淘汰。うぬもまたしかり」
 「くっ……土方、貴様!まるでわが敗北を予期するかのごとき口振りなれど、死ぬはどちらかわからぬぞ!」
 沢村は、戦慄を覚えつつも、刀を土方へと向くる。紅音もまた、沢村が傍らに立ち、刀を構う。

 土方、両脇の配下に目配せす。
 鬼の面影を宿せし従者二人、一歩前に出で陣形を構う。

 「紅音、背中は任せたるぞ!」
 「は、はい!」
 師弟は、背中合わせになりて従者と対峙す。
 土方は、まるで蝋人形のごとく微動だにせず、ただ死闘を見下ろしおり。
 その不気味さに、紅音が背筋に冷たきもの走る。

(かかる状況にても、平然としおる……。まるで、すべてお見通しとでも言わんばかりに……!)

 紅音が脳裏を、様々なる思念駆け巡る。
 怯えと、怒り。そして、師を守らねばという決意。
 幾多の感情を胸に秘めつつ、紅音は刀を構う。

 無言のまま、静かに状況を見つむる土方。
 その真意は計り知れず、ただ不気味さのみ漂う。
 まるで、すべてお見通しとでも言わんばかりの、絶対的なる強者の風格。
 その凄まじき気配は、まさに鬼神のごとし。

 暗澹たる気配に圧倒されつつも、沢村は刀を構う。
 かつての同志、なにゆえ鬼の道を歩むのか。
 疑問は尽きぬが、今はただ、目の前の脅威を斬り伏せねばならぬ。

 このとき、沢村も紅音も悟りぬ。
 立ちはだかる敵は、ただの鬼にあらず。
 人の理を超えし、絶対的なる力を持つ存在――。
 その認識は、二人が胸中に焦燥と畏怖の念を掻き立てる。
 されど、引くわけにはいかじ。
 背水の陣とも言うべき絶望的なる状況の中にて、師弟は刀を握る手に力を込む。

 鬼の面影を宿せし従者の姿、今や露わとなれり。
 人の姿をしながらも、人にあらず。
 四本の腕、鋭き尾、そして昆虫の如き顔。
 あらゆる生き物を喰らい、その姿に変異せし異形の鬼ども。

 「な、なんじゃこれは……!」
 紅音、思わず身震いす。
 今まで見し鬼とは、まったくの別物なり。
 身の毛もよだつ気配に、思わず足が竦む。
 されど、師の背中を守らねばという思いに駆られ、刀を握る手に力を込む。
 「紅音、決して油断するでないぞ!」
 「は、はい!」
 師の励ましの声に、紅音は我に返る。
 震える足を叩き、鬼に向かって踏み込む。

 しかし、異形の鬼の動きは、尋常ではなかった。
 四本の腕は、自在に伸びては絡みつき、鋭き尾は、閃光の如く襲い来る。
 「くっ……!」
 紅音、必死に攻撃をかわしつつも、徐々に追い詰められてゆく。
 身を屈め、転がるようにして鬼の攻撃をかわす。されど、起き上がる間もなく、次なる攻撃が襲い来る。
 飛び退っては、また身を屈める。踏み込んでは、また飛び退く。
 刻一刻と、戦場は混沌としてゆく。
 時折、鬼の攻撃が防ぎ切れず、傷を負う。
 腕を爪に掠められ、血潮が迸る。脇腹を尾に打たれ、痛みに息を呑む。
 痛みに顔を歪めつつも、紅音は刀を振るい続ける。

(くそっ……!このままでは……!)

 焦燥が胸を締め付ける。
 しかし、そのとき。
 傷口より、不思議な熱を感じる。

(これは……?)

 体内で、何かが目覚めんとするのを感じた。
 傷ついた腕に、脈打つような感覚。沸き立つような血潮の流れ。
 鬼の血が、沸き立つように躍動し始める。
 まだ、その片鱗を感じるのみ。
 されど、確かに、紅音の内なる力は、覚醒しつつあった。
 激しき斬り合いの中、幾度となく傷を負う。
 刀を弾かれ、爪に掠められ、尾に打たれる。
 されど、傷つく度に、紅音の内なる力は増してゆく。
 傷口から溢れ出る血潮は、まるで力の源泉であるかのように。
 鬼の血が、体内で沸騰するかの如く躍動する。
 その異変に、鬼もまた気づきはじめる。
 「グオオオオ!」
 不気味な唸り声を上げつつ、鬼は更に激しく攻めてくる。
 四本の腕を縦横無尽に操り、あらゆる方向から攻撃を仕掛けてくる。
 紅音、必死に応戦す。
 刀と爪の激突、火花散る。
 鋭き尾の一撃、紅音は身をよじりて避く。
 大きく身を躱し、同時に刀を振るう。刃と爪がぶつかり合い、耳を劈く金属音が響く。
 されど、腕の一本に深き傷を負う。
 鋭き痛みに、思わず膝をつく。爪が、腕の肉を抉り、骨に達しんばかりの傷。
 「ぐっ……!」
 痛みに顔を歪めつつも、紅音は刀を握る。
 片膝をついたまま、上体を起こし、鬼を睨みつける。

(くそっ、このままでは……!)

 焦燥と痛みに、意識が朦朧とし始める。
 視界がぼやけ、手足の感覚が遠のいてゆく。
 されど、沢村の姿が目に入る。
 師の勇姿は、まるで闇夜に輝く光明のよう。
 「はっ……!」
 我に返る紅音。
 師の戦いぶりに、教訓を得たのだ。

(そうだ、鬼の急所を狙わねば……!)

 意識を集中させ、紅音は鬼の腕を狙う。
 立ち上がり、大きく息を吸い込む。
 足を踏み込み、身を捻りながら、腰を深く落として刀を振るう。
 幾度か斬りつけた後、ついに一本の腕を切り落とすことに成功する。
 刀が骨を砕き、肉を断つ感触が、掌に伝わる。

「グギャアアア!」

 鬼、苦痛の叫び声を上げる。
 切り落とされた腕から、黒き血が噴き出す。
 その隙に、紅音は更に攻め込む。
 一歩踏み込み、身を屈めて前に出る。
 「はああっ!」
 地を蹴り、跳ぶ。跳びながら、刀を大きく振り回す。
 上から下へ、斜めに薙ぎ払うように斬る。
 連撃を繰り出し、もう一本の腕を切り落とす。
 鬼の動きは、明らかに鈍くなってきた。
 残る二本の腕は、力無く垂れ下がっている。

(よし、今だ!)

 紅音、意を決し、最後の一撃を放つ。
 深く息を吸い込む。
 大地を蹴り、高く跳ぶ。宙を舞うが如き身のこなし。
 「せいやあっ!」
 渾身の一撃が、鬼の首を捉える。
 大きく弧を描き、全身の力を込めて斬り下ろす。
 刀が肉を断ち切る感触。
 そして、噴出する血飛沫の音。
 首を斬り落とされ、断末魔の声も発せぬまま、鬼は崩れ落ちた。

 紅音、荒い息をつきつつ、勝利の喜びに浸る。
 ほぼ時を同じくして、沢村もまた、もう一人の鬼を倒す。
 「はっ!」
 雷轟の如き一撃が、鬼の首を斬り落とす。

 「はぁ、はぁ、紅音、無事か!」
 ボロボロになりながらも、二人は生き延びたり。
 されど、安堵するにはまだ早かりき。

 不敵なる笑みを浮かべつつ、土方一歩前に出づ。

 「なかなかやるではないか、沢村よ。それに、その娘……半鬼とは、興味深し」
 「紅音のことは置いておけ!貴様が相手はこの沢村慶吾なり! 紅音、もはや無理するな。わしが、やつを引き付くる」

 紅音、到底納得できず。
 「されど……!」
 「足手まといぞ!下がりておれ!」
 沢村は、強き口調にて紅音を制す。
 普段は優しき師匠が、こんな風に怒鳴るは初めてなり。

 (さわむら……よほどのことなるのだな……)

 紅音は、沢村が必死の形相に、事態の深刻さを察す。

 (くっ……わたしも、戦いたし……!)

 悔しさに歯を食いしばり、紅音は立ち上がろうとす。
 されど、傷だらけの身体は、もはや思うように動かず。
 「うっ……!」
 もがけばもがくほど、傷より血滲み出づ。

(くそっ。さわむら、絶対に負くるなかれ……!)

 紅音は、涙を浮かべながら、沢村に訴う。
 その眼差しは、まさに祈りのごとし。
 師を思う切なき想い。
 されど、いまは信ずるより他なし。
 己が命を賭して、師は戦わんとす。

(さわむら……必ず、勝ちて……!)

 紅音は、沢村が背中に全てを託す。
 たとえ身体は動かずとも、その心は師と共にあり。
 二人が絆は、かくも深きものなりき。
 されど、土方が冷笑は、さらに深まりゆく。

 「愛弟子との別れとは、悲しからずや、沢村」
 土方が挑発の言葉に、沢村が胸中は怒りと悲しみにてよじれたり。

 (くっ……紅音を、こやつが手にかけてなるものか……!)

 されど、同時に絶望感もまた、沢村が心を蝕みおり。

 (このままにては、わしは土方に敵わぬかもしれぬ……)

 土方が圧倒的なる気配を前に、沢村は己が力不足を思い知らされぬ。
 されど、それを紅音に悟られてはならぬ。
 弟子が前にて、師たる者弱気を見するわけにはいかざるのだ。

「紅音のことは、わしに任せよ。お前との戦いに、集中させてもらわん」
 沢村は、悔しさと絶望を飲み込むように、毅然とせし口調にて言い放つ。

 (紅音よ、許せ。わしは、お前を守れぬかもしれぬ……)

 心の中にて、沢村紅音に詫びたり。
 されど、表向きは平然を装い、土方に向き直るのみ。
 沢村が心中には、弟子への想い溢れおり。

 紅音に、人として生きる道を示すこと。
 それこそ、師としての最後の務めなり。

(ああ、皮肉なることよ。鬼を斬る者が、鬼に斬られるとは)
(されど、それが宿命というものよ。砕けし刀のごとく、儚く散るのみ)
 沢村は、自嘲気味に笑みを浮かぶ。
 されど、その眼差しは真摯そのもの。
 土方を見据うる瞳には、揺るぎなき覚悟宿れり。

 沢村が真摯なる眼差しと、自嘲的なる笑みを見て、紅音は不安に駆られぬ。

(まさか、さわむらは、死ぬ積もりにてはおらぬか……?)

 その想像に、紅音が胸は痛みに締め付けられたり。
 「さわむら……!」
 思わず、紅音は沢村を呼ぶ。
 されど、沢村は振り返らず。
 ただ、静かに目を閉じ、心の中にて呟くのみ。

(剣は心を写す鏡なり。心は己と向き合うことにてのみ磨かるる)
(紅音に、剣士として、人間としての生きる道を示さねばならぬ)

 沢村は、己が心に誓う。
 それこそ、今の己にできる最後の務めなるぞ。
 「紅音」
 沢村は、低く、されど力強く呼びかくる。
 
 「わしを信じよ」

 その言葉には、弟子への想いと、絶対的なる覚悟込められたり。
 その覚悟は、まさに死をも恐れぬ覚悟。
 弟子のため、そして己が信念のため。
 沢村は、全てを賭して戦う決意をしおりぬ。
 たとえ、刀が砕け散ろうとも。
 たとえ、血が流れ尽きようとも。
 その身を犠牲にしてでも、弟子を守らん。
 己が全てを捧げてでも、娘を守らん。

 それが、沢村慶吾の、師としての、父としての生き様なり。

(紅音よ、わかってくれ。これが、わしにできる精一杯の……)

 沢村は、心の内で紅音に語りかける。
 師弟の絆は、刀と共に、魂と魂で結ばれおり。
 その絆こそ、沢村の力の源泉にして、紅音の生きる支えなのだ。

 二人が間に、緊迫の空気張り詰む。
 沢村は構えを低くし、土方が動きを窺う。
 対する土方は、鬼の力を得てなお、天然理心流の構えを崩さず。
 常ならぬ気配を放ちつつも、その佇まいは剣士そのもの。

 「来い、沢村」

 土方呟くように言う。
 その声は、感情を欠きたるまま、ただ事実を告ぐるかのよう。
 まるで、すべてを見通せるかのごとき、不気味なる調子。

 沢村踏み込む。
 地を蹴る音、風を切る音、刃と刃の激突する音。
 人智を超えし速度にての、剣の応酬始まる。

 「はっ!」

 沢村が斬撃を、土方は身を捻るようにして避く。
 かと思えば、土方が反撃の刃、沢村が面門を狙う。
 沢村はそれを銜えながら、土方に斬りかかる。
 まさに、絡み合う刃の嵐。

 (速し!俊敏なり!)

 沢村は、土方が動きの素早さに驚愕す。
 人智を超えし速度と、予測不可能なる動き。
 まるで、風のごとし。

 対する沢村も、負けじと技を繰り出す。
 今までの戦いにて培いし技術の全てを、この一戦に賭くる。
 しかし、土方はそのどの攻撃をもいなし、破る。
 まさに、沢村が技を先読みするかのごとく。

 「無駄ぞ、沢村。貴様にては、わたしに敵わじ」

 土方言う。
 その言葉には、嘲りも、驕りもなし。
 ただ、冷たき事実を告ぐるのみ。
 まるで、すべては既に決まれるかのごとく。

 その不気味なる空気に、沢村は思わず身震いす。
(こいつは……もはや人にあらず……!)
 鬼と化せし土方を前に、沢村は絶望感に打ちのめさる。

 されど、ふと脳裏に、紅音が顔浮かぶ。
 さては、己は紅音のために戦いおるのだ。
 弟子を守るために、ここにて倒るるわけにはいかぬ。

 「うおおおお!」

 沢村は雄たけびを上げ、土方に向かいて斬りかかる。
 必殺の一撃、雷光石火、刃筋鋭く迸る。
 されど、その刃筋は、虚空を切るのみ。
 土方が姿、煙のごとく消えたり。

 「なっ!?」

 沢村目を見開く。
 次の刹那、背後より斬撃襲う。
 沢村は咄嗟に身をよじり、難を逃る。
 されど、完全に避けきれしわけにあらず。
 沢村が肩口より、血滲み出づ。

 「避けしか。されど、無意味ぞ」

 血を吸いし刀を眺めながら、土方言う。
 その瞳は、まさに淵を覗くよう。
 深く、暗く、底知れぬ闇を湛えおり。

 「人は、すべて淘汰さるる。それが、世の理ぞ。貴様も、その理より、逃れられはせぬ」

 諦観に満ちし言葉。
 されど、その言葉には、強き確信宿る。
 まるで、すべてを見通せし者の、絶対の真理のごとく。

 その言葉に、沢村は言葉を失う。
 土方が目的は、もはや沢村が理解の及ぶところにあらず。
 ただ、恐ろしきまでの力と、不気味なる空気のみが、沢村を圧倒す。

 沢村は、喉元まで迫る絶望を、必死に飲み込む。
 負傷せし肩、痛みに震う。
 されど、その痛みすら、沢村が覚悟の前にては微々たるもの。
 沢村はなおも刀を握り、土方に向き直る。

 「まだぞ、まだ終わりにあらず……!」

 沢村が絶叫、戦場に響き渡る。
 絶望の淵より、なお希望を見出さんとする、剣士が魂の叫びなり。
 その姿は、まさに散り際の美。

 対する土方は、その姿を見て、ただ冷ややかに佇む。
 「無駄なる抵抗ぞ」
 その一言、沢村が心に突き刺さる。
 冷酷なる宣告のごとく。

 沢村と土方の、死闘の幕は、なお上がりたるままなり。
 されど、その行方は、もはや見えおり。
 土方が圧倒的なる力の前に、沢村が敗北は、避けがたき運命なりき。

 紅音は、師の凄まじき戦いを、涙する瞳にて見つめおりぬ。
 剣術の奥義とも言うべき、両者が技の応酬。
 されど、土方が圧倒的なる力の前に、沢村が劣勢なるは明らかなり。

 やがて、沢村は致命の傷を負わされ、立ち上がることかなわず。
 土方は静かに歩み寄り、遂にとどめを刺さんとす。

 「さわむら!」

 紅音絶叫す。

 その刹那、紅音が内なる鬼の血、激しく逆巻きぬ。
 右半身に、鬼の面影浮かび上がる。
 紅き瞳、青白き肌。
 まさに、半鬼の相。

 それを見し土方は、片眉を上げて言う。

 ――こいつは、使えるかもしれぬな。

 意味ありげなる言葉を残し、再び沢村に剣を向くる。
 その時、奇跡起こりぬ。

 沢村、よろめきながらも、立ち上がりしなり。
 両手にて剣を突っ立て、辛うじて立位を保つ。
 されど、その瞳には、もはや光なし。
 ただ、気力のみにて、立ち続くるのみ。

 「さ、わ、む、ら……」
 紅音、涙とともに、その名呼ぶ。
 
 その沢村が姿に、土方もまた驚愕す。
 されど、やがて静かに剣を収め、背を向くる。

 ――さらばだ、剣士沢村よ。
 土方は静かに戦場去りぬ。

 去り行く土方を見送りつつ、紅音は沢村の下へ駆け寄る。
 「さわむら、さわむら……!」
 力尽きんとする沢村を、紅音は必死に抱きしむ。
 「さわむら……いやだ!私を置いていくな!」

 紅音の悲痛なる叫び声、戦場に響き渡る。
 「勝手に助けたのに、勝手に死ぬな! 私はこれからたった一人でどうやって生きていけばいいんだ……!」
 子どもじみたることを言っているのは、紅音自身わかっておりぬ。
 されど、悲しみと絶望の前に、言葉など無力なるのみ。

 「もっと……ありがとうって言いたかったのに……」
 涙ながらに、紅音は沢村を見つめる。
 沢村は剣を突っ立てたまま、右手にて紅音を力なく抱き寄す。

 「……すま、ぬ……」
 かすれた声にて、沢村は詫びる。
 「私を守ると言ったではないか……! 責任を果たすと言ったではないか!」
 子どもじみたることを言っているのはわかっておりぬ。
 されど、もはや紅音の感情に、抑えなどきかぬのだ。

 「さわ、むら……! 私のせいだ、私をあのとき助けたからだ……!」
 自責の念に苛まれつつ、紅音は泣き叫ぶ。
 
 されど沢村は、静かに首を振る。
 「……ありが、とう……。い、と……う、が……」
 断続的な言葉にて、沢村は紅音に告ぐ。
 伊東のもとへ行けと。
 この瀬戸際にあっても。
 なお沢村は紅音の行く末を案じておるのだ。

 「さわむら……!」
 もはや紅音は、何も言えず。
 ただただ、沢村を抱きしめ、泣き叫ぶのみ。
 やがて、沢村の温もりが失せてゆく。
 されど紅音は、ずっと彼の体を支え続け、泣き続けおりぬ。

 「うわあああああああああん!」

 嗚咽は、やがて絶叫と化す。
 大切な師を失った悲しみ。
 残された者の、深き喪失の悲嘆。
 戦場に、紅音の涙の響きが、いつまでも木霊しおりき。

 さらばだ、沢村慶吾。

 そなたが魂は、永遠に紅音が心の中に生き続けん。

 いつの日にか、そなたが教えを胸に、紅音もまた立ち上がらん。

 されど今は、ただ涙するのみ。

 嗚呼、悲しきかな。

 若き半鬼の少女よ。

 そなたに課せられし宿命の重さを、思い知るべし。

 さらばだ、我が師。

 その死を、無駄にはせぬと誓おう。

 紅音は、沢村の亡骸を抱きながら、絶望と悲嘆の中に佇んでおりぬ。

 新たなる旅立ちの時は、まだ遠いやも。

 されど、必ずやいつの日にか、再び立ち上がらんことを。



第二章

 紅音は、涙にくもる目にて、沢村の冷たき遺体を見つめおりぬ。
 わが師、わが父とも言うべき存在は、もはやこの世にあらず。
 されど、その穏やかなる表情は、まるで安らかに眠れるが如し。
 「さわむら……」
 紅音は、沢村が名を呼ぶ。返事のなきを知りつつ、幾度も呼ぶ。
 
 やがて、覚悟を決せしが如く、ゆっくりと立ち上がる。
 刀の鞘にて、土を掘り始むるなり。
 大地は、まだ夜の冷気を孕みて、硬き。
 されど、紅音は懸命に、必死に掘り続くるのみ。
 幾許の時間が過ぎたるや、ようやく人一人を埋むるに足る穴が掘れたり。
 紅音は、そっと沢村の遺体を穴に納む。
 「安らかにお眠りください……さわむら」
 最期の言葉を告げつつ、涙に暮れる。
 
 ふと、紅音は思い出しぬ。
 沢村が、生前よく口にせし言葉を。
 ――紅音よ、わしは酒と酒盗が好きじゃ。特に、薩摩の酒盗はのう。
 その言葉に、紅音は家路を急ぐ。
 家に残されし、僅かばかりの酒と酒盗を手に取る。
 酒は沢村の形見の酒盃に注ぎ、酒盗を添ゆ。
 「さわむら、お好きなもの、持ってきました」
 紅音は、酒盃と酒盗を、沢村の墓に供える。
 土を掛けつつ、酒を注ぐ。まるで、沢村と最期の酌を交わすが如し。
 「さわむら、安らかにお眠りください。私、必ず伊東殿のもとへ参ります」
 紅音は、そっと手を合わせ、目を閉じる。
 沢村との日々の思い出が、走馬灯の如く脳裏をよぎりゆく。
 厳しくも、優しかりし師の面影。
 幾多の試練を共に乗り越えてきた、かけがえのない時間。
 (ありがとう……さわむら)
 紅音は、心の中で深く感謝を捧げる。
 
 そして、覚悟を新たにするのだった。
 立ち上がり、家路を急ぐ。
 僅かばかりの食料と金銭、着替えを小袋に詰める。
 愛刀を腰に差し、沢村の形見の刀も持つ。
 「さあ、行こう」
 紅音は、山道に向かって歩み出す。
 まだ夜明け前の森は、信じられぬほどに静まり返っておりぬ。
 つい先刻まで、鬼の咆哮と刀の戦く音に満ちおりし森も、今はただ静寂が支配せり。
 まるで、山も沢村の死を悼みておるが如し。
 紅音は、その静寂の中を歩む。
 悲しみに暮れる暇もなく、ただひたすらに歩む。
 涙は、まだ頬を伝いおり。されど、歩みは止まらず。
 (泣いておる場合ではない)
 (さわむらの意志を継ぎ、使命を果たさねば)
 
 希望と不安、悲しみと覚悟、様々な想いを胸に秘めつつ。
 沢村亡き後の、新たなる旅路の始まりなり。
 されど、その歩みは力強く、迷いなき。
 まるで、沢村の魂が、紅音を導きておるが如し。

 紅音は、山道を下りながら、ふと足を止めぬ。
 右手にて、そっと右半身を撫づ。
 鬼との戦いにて負いし傷は、もはや痛みを感じぬほどに癒えおり。
 (この身体、いずこまで鬼に近づきおるのやら……)
 紅音は、複雑なる思いを胸に秘めつつ、再び歩み出づ。
 かつては、重傷を負えば数日は動けざりしはず。
 されど今は、まるで傷などなかりしかの如し。
 いや、むしろ傷付く前よりも、身体の動きに迫力増しおり。
 (まさに、鬼の血を受け継ぎし証のようなり)

 皮肉めきし笑みを浮かべつつ、紅音は足早に山道を下りゆく。
 山を下りきりし紅音の目に、見慣れぬ景色広がりおり。
 今まで見しこともなき草花、道端に咲き誇り、珍しき鳥の声、彼方より聞こえ来たる。
 (さわむらと暮らしおりし山とは、まるで別の世界ぞ)
 紅音は、新しき世界に、胸を躍らせつつ、村へと向かう。
 村に足を踏み入れた紅音の目に、賑わう人々の姿が飛び込んできた。
 往来を行き交う老若男女、店先から聞こえる威勢のいい掛け声。
 紅音は、その活気に目を見張る。
 沢山の人々行き交い、賑やかなる声辺りに満ちおり。
 (こんなにも多くの人がおりたるとは……)
 山奥にての閉ざされし生活にては、想像だにできぬ光景なり。
 されど、よく目を凝らせば、軒先に下げられたお札の数々が目に留まった。
 (鬼除けのお札か。されど、紅音の知る限り、あのお札に鬼を寄せ付けぬ力はない。鬼と戦う術を持たぬ者にとって、お札は心の支えなのだろう。彼らを責める気にはなれぬ。)
 紅音の不安胸をよぎる。
 (鬼の血を引く私が、この中に紛れ込みて良いのやら……)
 足早に村を通り過ぎんとする紅音。
 
 その刹那、不意に鬼の咆哮、近くの森より聞こえ来たり。
 「鬼じゃ!鬼が来たるぞ!」
 村人らは、恐怖に煽られて、我先にと逃げ惑う。
 紅音は、逃げ惑う村人らを尻目に、咆哮の聞こえし方角へと駆けゆく。
 森の中に、一匹の鬼佇みおり。
 醜悪なる風貌に、鋭き爪。
 明らかに、人ならざる者の姿なり。
 「おお、なんと愉快なる臭いか」
 鬼は、紅音を見つけると、ニヤリと不気味なる笑みを浮かぶ。
 「貴様、半鬼の片割れよ。わらわと一戦、交えるべきかな」
 鬼は、爪を鳴らしつつ、紅音に向かいて踏み込みて来る。
 「怖じ気づくでないぞ、鬼!」
 紅音は、刀を抜き放つ。
 刃先をギラリと光らせつつ、鬼を睨みつくる。
 されど、心の片隅にては、不安が渦巻きおり。
 (わたしは、鬼に近きもの。この刀にて、鬼を斬るは正しきことか?)
 迷いは心をかすめつつも、紅音は刀を握る手に力を込む。
 (今はただ、村人らを守るのみ。わが宿命を悩むのは、後のことぞ)

 「待て、死に急ぐことなかろう」

 紅音は聞かず、渾身の一撃を繰り出さんと刀を振り上ぐ。
 されど、その刀は、鬼の首を捉うるより先に、鬼の口より放たれし言葉によりて止められてしまう。

「待ちたまえ!わらわは、もはや戦うつもりはなし!」
 鬼は、恐怖に震うる声にて、必死に命乞いをす。
「お願いぞ、わらわが命だけは助けたまえ!」
 紅音は、その様子に唖然とす。
(これが、鬼の本性なるか……?)
 今まで戦いてきし鬼とは、まるで違う姿に、紅音は戸惑いを隠せず。
「そなた、本当に鬼なるか?」
 思わず、そう問いかくる紅音。
 鬼は、涙をこぼしながら、答う。
「わらわは、鬼の姿を持つ弱き者。人よりも鬼よりも、迫害され続けてきたるのだ。鬼の力を持ちながら、その力を恐れ、使うことかなわず。ゆえに、弱きままなるのだ」
 鬼が言葉に、紅音は己との共通点を感ぜずにはおられず。
(鬼の力を恐るる気持ちは、わかる気がす……)
 紅音自身、鬼の血を引く宿命に、恐れを抱きおりき。
 ゆえにこそ、必死に人として生きんとしてきたるのだ。

「弱きままにていいのか?」
 紅音は、鬼に問いかく。
「弱さを受け入れ、そのままにているは、楽かもしれぬ。されど、そなたは本当にそれにていいのか?」
 鬼は、紅音が言葉に、目を見開く。
「わらわは……」
 鬼は、言葉に詰まる。
 その瞳には、迷いの色あり。
 紅音は、鬼が目を見つめつつ、語る。

「そなた次第にて、鬼の力は祝福にもなれば、呪いにもなる。その力を恐るるのみにては、何も変わらぬぞ。弱き者のままか、強き者となるか。選ぶのは、そなた自身だ」
 まるで己に言い聞かせるかのよう。
 紅音が言葉は、鬼の心に突き刺さる。

(わらわは、どうすればよいのだ……)

 鬼は、己が道を悩む。
 紅音は、鬼が葛藤に苛まれる姿を見つむ。
(そなたの心の中の、弱き者と強き者。どちらを選ぶかは、そなた次第よ)
 紅音は、刀を鞘に収む。
 そして、鬼に背を向け、歩み去る。

 「待ってくれ!」
 鬼は、紅音が後ろ姿に向かいて叫ぶ。
 「わらわは、わらわの力を……使ってみたい!」
 紅音は、鬼の言葉に驚きつつも、冷ややかなる目にて鬼を見据う。
 「人を襲うと言うのならば、今すぐにでもそなたを斬る」
 鬼は、慌てて手を振る。
 「ち、違う!待ちたまえ!わらわは、人を襲うつもりなどなし!ただ、わらわが力を何かのために使いてみたきのだ!」
 紅音は、鬼の言葉に眉を顰む。
 「そのような話、聞きしことがないぞ」
 鬼は、必死に説明す。
 「わらわは今まで、蔑まるるか恐れらるるかしか経験がなかりき。そなたのように、わらわが力を認めてくれる者に出会いしは、初めてなるのだ。どうか、そなたについていかせたまえ」

 紅音は、呆れたるように首を振る。
 「愚かなり。半鬼と鬼の旅路など、聞きしことがなし」
 そう言いて、紅音は鬼に背を向くる。
 (こいつは、人を襲うことなどできぬだろう)
 そう思いながら、紅音は歩き出づ。
 されど、鬼は諦めず。
 紅音が後をずっとついて来る。
 「わらわを置きていかぬでくれ!そなたと一緒にいれば、わらわも変われる気がするのだ!」
 無視するも鬼はずっとついてくる。
 「ええい!ぬしがついてまわれば、私が村に入れぬだろう!」
 「い、いやだ!もはや孤独は懲り懲りなるのじゃ」
 その言葉に紅音は思わず立ち止まる。
 (孤独……か。私もまた、孤独を知れり)
 紅音は何も言わず進路を変え、山へと入りゆく。
 黙々と野営の準備を始むる。
 
 かくして、紅音は無言にて食事を始む。
 鬼は紅音に名前はあるのかと問う。紅音はぶっきらぼうに「紅音」と答う。
 鬼は自分の名前がわからぬと言う。鬼になると、鬼になりし後の記憶以外消え失せてしまうのだと。
 土方は記憶を持ちおれば、個体差あるを知る。
 そんな中にて、鬼は自身の孤独につき語り始む。
 「一人なるが故に孤独になるのではない、孤独こそが一人にさせるのだ」
 紅音は鬼の言葉に思いを馳せる。
 ふと、沢村が想い出さる。師はずっと共にありて、村の人らも避けることなかりき。
 鬼は紅音に、これよりどのようにするつもりかと問う。
 紅音は兄弟子の下へ赴くのだと言う。
 鬼は違うと、行ってどうするつもりなのかと問い質す。
 紅音は言葉に詰まる。何も考えておらざりしが故に。
 紅音は無言のまま、地に横たわる。鬼に見張りを命ず。
 鬼は調子に乗りて「仕方なきかな」と言うも、紅音は気に留めず思案に耽る。

 (孤独とは何ぞや。鬼の言葉、一理あるかもしれぬ)
 (己が存在の意味、見出さねばならぬ)
 かくして、紅音の胸中に去来せし想いは、静かに夜空に溶けゆくのだった。

 「ぬしの名は、『幽鬼(ゆうき)』ではいかがかな?」
 紅音が鬼に名を与う。鬼の目立たぬ存在感を見て、閃きし命名なり。
 「幽鬼……。それがわらわが名か」
 幽鬼と名付けられし鬼は、少し戸惑いを見せる。
 「どうだ?なかなか味のある名だと思わぬか?」
 紅音は、幽鬼の反応を見て、にやりと笑う。
 「味はあるが、わらわにはいささか馴染まぬような……」
 「なに、ぬしは今まで、人目を避けるようにひっそりと生きてきたのだろう?」
 「うむ、人に見つかれば命の危険もあるゆえ、目立たぬよう生きるのがわらわの流儀」
 「ならば、この名は、ぬしの生き方そのものを表しておるのだ」
 「ううぬ、いくばくか情けない気になるが……紅音が付けし名ゆえ、そのように名乗るとしよう」
 幽鬼は、紅音の言葉に納得したように頷く。
 「そうだ。これよりぬしは幽鬼だ。その名を忘れるでないぞ」
 「わかった。この名を、わらわの誇りとしよう」
 幽鬼は、紅音に名付けられしを、いつしか心から喜ぶ。
 かくして、二人は山道を歩むこと、幾日幾夜。
 紅音も山奥の村に住みしゆえ、この行程は苦ではなかりきかな。
 
 紅音と幽鬼は、山道を歩みつつ、互いの過去や夢につきて語り合う。
 幽鬼は、人に迫害されし辛き過去を明かしぬ。
 「わらわは、ただ生きんがために、人を避けて生きてきたのだ。人は、鬼を見るや否や、わらわを狩ろうとする。ゆえに、わらわは人里離れし山に隠れ住むしかなかったのだ」
 幽鬼の物語に、紅音は胸を痛む。
「それは、辛き運命よの。幽鬼は、何も悪きことをしておらぬというのに」
「いや、人を恨むでない。人は、鬼を知らぬゆえ、恐れおるのだ」
「幽鬼……」
 さすれば、紅音も師・沢村との日々につきて語りぬ。
「わらわが師は、鬼を斬る者なれど、わらわを鬼とは見做さなんだ。師は、私を人として扱い、剣の技を教えてくれたのだ」
「そなたの師は、なんと心優しき御仁よ」
 幽鬼は、沢村の教えの深きを知る。
 かくして、二人は互いの過去を分かち合い、絆を深めゆくのだった。

 ある日、紅音は幽鬼を山に残し、里に赴きぬ。
 長き山暮らしにて、金貨も多少は蓄えおりき。
「久方ぶりの里の食事を、幽鬼にも食べさせてやりたいもの」
 そう思い、紅音は銭を握りしめ、旨き食事の材を求めて歩く。
 里に着きて、紅音が目にしたるは、団子に鯛焼き、煎餅にゆば。
(あれもこれも美味そうだ。幽鬼も喜ぶやろう)
 紅音は、目移りする品々の中より、最も旨そうなるものを選びて買い求む。
 山に戻れば、幽鬼が待ちわびておったり。
「おお、なんと美味そうな品々よ!」
 幽鬼は、里の食事を目にして、喜びを隠しきれず。
 二人で食事を囲み、幽鬼は口を大きく開きて頬張る。
「こ、これは……!なんと旨きものよ!」
 幽鬼は、里の食事の味に感動す。
「町の食事は、格別に美味いのう。いつかは、里で暮らしたいものだ」
 幽鬼は、将来の夢を語りぬ。
「それは、難しき夢よの。されど、夢を諦むるでない」
 紅音は、幽鬼の夢を応援する言葉をかける。

 そんな折りしも、人の一団が、二人の前に現れぬ。
「あれを見よ!鬼が、人を襲わんとしておる!」
「せめて、あの娘だけでも助けねば!」
 人々は、紅音が幽鬼に襲われておると勘違いし、幽鬼に襲い掛かる。
「待て!幽鬼は、わらわの友だちなのだ!」
 紅音が制止を試みるも、人々は耳を貸さず。
 幽鬼は、このままでは紅音をも危険に晒すと察し、立ち上がる。
「紅音よ、わらわが、この場は引き受けよう」
「されど幽鬼!そなたひとりでは!」
「そなたを危険に晒すわけにはいかぬのだ」
「幽鬼……」
「そなたは先に行くのだ。わらわは、必ず追いつこう」
 幽鬼は、真摯なる眼差しにて紅音を見据う。
 その覚悟に、紅音は言葉もなし。
「……わかりぬ。必ず無事で、私の下に戻るのだぞ」
 紅音は、幽鬼の決意に涙し、そっと頷く。
「ああ、約束する。そなたとの旅、まだまだ続くのだからの」
 幽鬼は微笑み、紅音を見送りぬ。
 紅音は幽鬼に別れを告げ、山道を駆け上がりゆく。
(幽鬼、必ず生きて会おうぞ)
 別れは唐突にて。
 紅音は、幽鬼との再会を信じつつ、涙をこぼすのだった。

 紅音は、沢村の遺品として、鬼哭衆の証である”鬼哭剣”を携えておりき。
 その面は、鬼哭衆の将たる者のみが持つことを許されし、特別なる意匠を施されおり。

 村の番をしておりし軍人は、その刀を見るや、たちまち顔色を変えぬ。
 「この刀の刻印は……。そなた、鬼哭衆の将とご一緒におったのか」
 紅音は頷き、沢村について語りぬ。
 軍人は、沢村の名を知りて、紅音を信用するに至りぬ。
 「わかりぬ。そなたを、伊東殿のもとへとお連れしよう。施設を”鬼哭剣風院”と言う」

 紅音は、軍人に導かれ、見慣れぬ街の中を歩む。
 そこは、人の往来多く、鬼と戦うための施設が立ち並ぶ、不思議なる場所なりき。
 鍛冶場にて刀の製作が行われ、火薬を製する工房からは、硝煙の臭いが漂う。
 また、鬼の研究を行う者らの施設もあり、そこでは鬼の生態や弱点を探りおるようなり。
 されど、それのみにあらず。⿁哭剣⾵院は、”⿁を倒すための強⼒なる武器を研究する場所”でもありき。
 特に、⿁を武器に宿らせる技術の確⽴が急務とされおりぬ。
 ⿁の⼒を⼈の⼿に収めんとする、驚くべき試み。されど、その野望の裏には、計り知れぬ危険も潜みおり。
 「この研究を率いるは、伊東殿でござる」
 軍⼈は、静かに説明す。その⾔葉に、紅⾳は驚きを隠せず。
 「伊東殿が、この研究の責任者であったとは……」
 軍⼈は頷き、続けて語る。
 「伊東殿は、⿁の⼒を⼈の⼿に収めんことに、並々ならぬ情熱を注がれておる。その野望の裏には、計り知れぬ危険も潜みおれど、伊東殿の信念は揺るがぬ」

 (この場所は、まさに光と闇の狭間……)

 紅⾳は、緊張にて胸の⾼鳴るを感じつつ、その"⿁哭剣⾵院"の前に辿り着きぬ。

 しばしして、伊東と遂に対面したり。
 伊東は、紅音を見るや、一瞬にして身構う。
 紅音からは、かすかに鬼の気配を感じ取りしが故なり。
 されど、紅音が差し出せし鬼哭剣を見るや、伊東は驚愕の表情を浮かべぬ。

「これは……。そなたが、どうしてこの刀を?」
 伊東は問うも、次の瞬間、はたと我に返る。
「まさか、あの時の、あの娘か?」

 紅音は、こくりと頷く。
 伊東の記憶の中には、沢村と共に瀕死の少女を助けし時の記憶が、鮮明に刻まれておったのだ。

「……そうか。沢村殿は、いかに」
 その問いに、紅音は俯きて、言葉もなし。
 伊東は、その仕草にて全てを悟りぬ。
 沢村が最期を遂げし事実を。

「……無念だ。沢村殿は……立派な御仁であった」
 伊東は、悲しみに目を伏せつつ、しかと紅音を見据う。
「娘よ。そなたの旅路、想像に難くない。辛き道のりであったろう。さぞ疲れておろう。まずは、ゆっくりと休むがよい」
 優しき言葉をかけつつ、伊東は紅音を部屋の中へと促すのだった。
 紅音は、沢村亡き後の世界に、たった一人で立っておる。
 されど、目の前には、沢村ゆかりの人、伊東の姿が。
(さわむら、私は無事に伊東殿の下へとたどり着きぬ)
(そなたの教えを胸に、私はこれより生きてゆく所存にござる)

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