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たんスタンスのアンチテーゼ

焼き方の違い


そういうのは世の中にはよくある例なのかもしれないけれど、僕は彼の焼き方がそもそも最初からあまり好きではなかった。そして日がたつにつれ、そんな彼の焼き方に対して、少なからず疑問を抱くようにさえなっていた。正直なところ、僕はがっかりしていたのだと思う。
あるいはそんな風に思うのは僕が偏屈な性格であるせいかもしれない。
少なくとも彼は僕のことをそう考えているようだった。けれど僕らはおもてだってその話題を口にはしなかった。今までは。僕がその焼き方をあまり気に入っていないことは彼の方でもはっきりと気づいていたし、そんな僕に対して彼は少し苛立っているように見えた。


「焼くんだよ。とにかく焼くんだ。焼き加減なんていくらでもどうとでもなることさ。絶え間なく焼くんだよ。焼いて食べる。ただそれだけのことさ。ほら、君にも分かるだろ。」


彼の棘を含んだ物言いに軽い目眩のようなものを覚えた僕は、額を手で覆い、天井を見上げた。


🥓🥓🥓🥓🥓


「おい!兄ちゃん!ボヘっとしてたらあかんぞ!
早よ焼いてくれいや!」

目を覆っていた手をどけると、そこに彼の姿はなかった。目の前にあるのは、炭火焼きのロースターと大きな皿だけだ。ははっ。少し疲れているのかもしれない。幻聴が聞こえるなんて。或いは夢でも見ているんだろうか。

「早よせいよ!タイミング逃したらアカンで!
ワシらカピカピなってまうがな!」

「網の真ん中に置いたらダメですよ。火が通りすぎちゃう。私達は縦横無尽に繊維のある、特殊な構造の部位ですからね!」

「そうそう。網の真ん中は強火エリアですからね!
中火エリアに置いてもらって、じんわり汗が出てきた頃が僕らをひっくり返すタイミングです!」


ほぼ同時に聞こえるそれは、大皿に載った彼らの声だった。僕は少し可笑しくなって、彼らの言う通りにしよう。そう思った。











さあ、僕達を食べるといいよ!





【煌めき、春のタン】

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レモン汁でさっぱりどうぞ。






#牛タン祭り