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世の中クリスマスムードですが、今日の絵はそんな雰囲気をぶち壊すかも知れません。まずはご覧ください。

妙な形だな、と思いませんか。縦の幅がわずか30センチ強、対して横幅は2mとかなり長め。
そこに男が横たわっています。
正確には“横たわった男が描かれている”のですが、ほぼ実物大なこともあって生々しさがすごい。
青黒い手足と顔色、口は半開き……ああこれは墓の中の絵なんだな?と、直感的にわかるような絵です。石の質感や敷布は細部まで写実的で、だまし絵のよう。足元に何か文字も刻まれています。

タイトルは《墓の中の死せるキリスト》。1520年頃に描かれた ハンス=ホルバインの作品です。
死後のキリストを描いた作品はこれ以前にも存在しましたが、ここまでリアルな“死体”を描いた作品はこれが初めてかもしれません。
カトリック信仰が全ての基盤になっていたこの時代に “聖なるキリストの遺骸は腐敗しても良かった” のでしょうか?

復活するはずの体が普通の人間と同じように朽ちてしまっては、キリストが起こした他の『奇跡』も疑わしいものになるはずだからです。
 しかしこの作品が罪に問われる事はありませんでした
当時の教皇が芸術の擁護者、言うなれば最大のパトロンだった事と無関係ではないでしょう。
この教皇は放蕩三昧で色々とやらかし、政治的にはとても混乱しました。

一方で芸術にとっては史上最大とも言える転換期を迎えます。
いつの時代も人々が強い関心を寄せると同時にタブーでもあった人体解剖は、医学者に続いて画家たちへと扉が開かれました(レオナルド=ダ=ヴィンチも解剖にのめりこんだとか)。
解剖学の知識を身に付けた画家たちは格段にリアルな描写が可能になり、写実の技術はこのルネッサンス期に完成したのです。

ハンス=ホルバイン《墓の中の死せるキリスト》1520-22年
バーゼル美術館蔵 油彩、テンペラ 
高さ30.5cm 横幅 200cm