母の癌。標準治療が終わった話。
いや最初から重たい話で申し訳ない。
でも、心の整理のために吐き出させてほしい。
母は、2017年11月から子宮頸癌。
それも症例の少ない神経性小細胞癌と闘ってきた。
(待って。神経性小細胞癌だとずっと思ってきたけど、改めて調べても出てこない。名前勘違いしてる?でもレアキャラを引いてしまったことには間違い無いのです。)
広汎子宮全摘出手術をして、
抗がん剤治療をして、
転移が見つかれば放射線治療を受け、
抗がん剤を続けて、
効かなくなれば別の種類を試し、
同じ症例でSNSをやっていた方が
亡くなったことにショックを受け、
腎臓付近に転移した癌の対処のために
腎ろうを結果的に左右どちらも造設して、
免疫療法?のキートルーダも試し、
発癌から6年と半年。
ついに標準治療が癌に敵わなくなった。
それを聞かされたのが昨日。
弟には私から伝えてと言われて、
受け止めきれないまま弟にそのことを伝えた。
何度も話したくないよね、わかる。
わたしはお姉ちゃんだから頑張れた。
(ネタが古いか)
5年生存率が低いこの症例。
ここまで頑張った母はかかりつけの病院で有名人。
すごい、すごいよ、ほんとに。
この6年半、母になにができただろうか。
なるべくいつも通りでいることしかできなかった。
父親が誰よりも本人よりもガチ凹みして
それが母もしんどいと言うから、
娘だけでも明るくいてやらなければと。
だから、昨日も、
これから悪くなる一方だから迷惑かけるね、
ごめんね という母に。
しかたないよ!大丈夫!
うぎぃーーーーーーーーーーっ!!とは
なってるかもしれないけど!と笑い飛ばした。
いやでも、涙を見せなかったわけじゃ無いです。
手術の説明受けた日(容赦なく浴びせられる怖い話)
手術の送り出しと無事に終わってICUに帰ってきた
満身創痍な母の顔を見た瞬間は
それはもう思いっきり号泣した。
今思い出しても泣ける。
あれは無理。泣く。
気づいたら躁鬱みたいになったりなんだりで
いっぱいいっぱいになって、
自室にそんな心の大荒れが顕著に現れて
まぁえらいこっちゃになって。
友達にもめっちゃカラ元気だからね?やら、
病んでる人のそれなんよと散々な言われよう。笑
息抜き、現実逃避のために趣味だった
観劇で別世界を渡り歩いては、
泣くとこでもないとこでスイッチ入って
号泣して同行者にギョッとされ。笑
そんなこんなで31で彼氏もいなくて
結婚も孫も見せられないフラグ濃厚すぎて
いやまじごめんって感じ。
彼氏できても心に一切合切余裕が無くて
続かなかったんですよ。笑
どうでしょう、今からでも婚活間に合いますかね?
今後どうなる私の人生…
はーーーーーーーーーーー高望みかもしれないけど、
現代医療、どうにかなりませんか???
悔しくて悔しくて仕方ない。
治験で新しい治療をとも検討していたけれど、
原因不明の発熱起こして入退院繰り返して
体力ジリ貧になった母には厳しいから、
もうできない。
緩和ケアに完全移行となる。
薬を飲むのがしんどいというのが、
あきらかに減った食事量が、怖い。
誰よりも不安で、しんどいのは母だから。
少しでもできることはやってあげたい。
母の前では、強くあることを頑張っているけど
ひとりになったり、ふとした瞬間に泣けてくる。
それはもうボロ泣き。昨夜も今日も。
それは仕事中もしかり。
職場の皆さん、突然わけわからんタイミングで
泣き出しても許して。笑
わりとちょっとしたことがすーーーーぐに
トリガーになって泣いてます。
この6年半ずっとね!!
これからもきっとそう!!
このnoteの場で、吐き出し口にさせてほしい。
情緒不安定、支離滅裂な記事になるけど。
おんなじような悩みを持つ人が、
ひとりじゃないと思ってもらえれば、それでいい。
あ。
あとは一日中YouTube見たりスマホをいじっている
母にこのnoteが見つからないことを
祈っていてもらえると嬉しいです。笑
ところで、心の整理がついたかどうかですが。
これで整理できてたら、
世の患者家族は悩んで無いと思う。
という結論に至ったということで、
引き続き大荒れなのは続きそうです。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?