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中はダメ~。お願いだから外に外に出して~。

今現在30代、40代の方は介護や介護施設なんて自分には無関係の遠い未来のお話だと思っているだろう。しかーし。40代50代で施設に入ってこられる入所者は後を絶たない。明日、自分の身に降りかかってくるかもしれない、ほんの少し先のあなたの未来のお話なのです。


介護施設と言うところは、「姥捨て山」と揶揄されるようにまさしく、人生の墓場である。家で面倒を見たくないまたは、みることができない子供たちが我先にと親を捨てに来る場所。


または、家でそっとくらしていたら、突然見ず知らずの人が家の中にどかどか入ってきて、「老人狩り」の餌食になり、「保護」の名のもとに高齢者を収容する場所。


当然訳も分からず、見ず知らずの施設にほおり込まれた高齢者たちは困惑し、「家に帰りたい」と大騒ぎする。


しかし、施設には2重、3重の施錠がかけられ、逃亡不可能な鉄壁の牢屋となっている。


つい先日、脱獄劇のあった大阪府警富田林署のセキュリティーよりはるかに強固な壁でおおわれているのが、高齢者施設なのである。


介護スタッフは高齢者の逃亡を絶対に見逃さない看守となり、高齢者の逃亡を阻止する使命を受けている。施設と言うところは毎日が脱獄を企てる高齢者とそれを阻止しようと懸命に戦う介護士たちの戦場の場なのである。


今日も「施設」では熱い戦いが繰り広げられる。戦闘の最前線、面会者用ドアの前にはチーム「帰り隊」が陣取っている。「帰り隊」いわゆる帰宅願望者である。「帰り隊」の隊員達は、隙あらば大脱走を図ろうと昼夜問わずドアの前で脱獄のチャンスを窺っているのだ。


面会者到来!


開かずの扉が今、開かれる。戦闘開始の合図である。


キックオフ!(試合開始)


駿河「さぁ。今日も熱い戦いが繰り広げられようとしています。私、面会者用窓口で受け付けをやっております。駿河、スルガと申します。実況を担当させていただきます。コメンテーターに主任理学療法士の鴻池さんに来ていただいております。よろしくお願いします。」


鴻池「よろしくお願いします。」


駿河「ディフェンス(介護士達)がオフェンス(帰り隊)の前に立ちはだかり、鉄壁の陣を組んでおります。」


鴻池「介護士の越前君(23)はディフェンスの司令塔として最近若手の中で頭角を現している、ニューフェースですからね。楽しみです。今日は鶴翼の陣ですね。流石と言うところですか」


駿河「陣が形成されたようです。越前君がオフェンス「帰り隊」を凝視しながら、リモコンで扉を開いた!!帰り隊の面々が自動ドアに向かって突進していきます!!」


鴻池「やっぱり予想通り菊江さんが出てきましたね。」


駿河「菊江さん(68)は前期高齢者と言うこともあり、機動力が違います!」


鴻池「菊江さんはランニングバック(華麗なステップで相手ディフェンスを翻弄しながら前進してく係)としても定評がありますからね。韋駄天菊枝の異名は伊達ではありません。」


駿河「オフェンス介護士軍団が、菊江さんにタックルで制止する。しかし、菊江さんディフェンスのタックルをスイム (腕をクロールで泳ぐように使って相手ブロッカーを横へかわすこと)で交わした!!」


鴻池「左手には荷物が詰まった紙袋を抱きかかえていますからね。右手一本で20代の介護士のタックルをスイムで交わすなんて、かなりの高等技術ですよ。」


駿河「菊江さんの単独ランで鶴翼の陣が崩れた!!おっと!菊江さん左手に抱きかかえた荷物を落とした!!」


鴻池「ファンブル(ボールを持っている選手が落とすこと)ですねぇ。これは痛い。」


駿河「韋駄天菊江。荷物に気を取られている間に、介護士に抑え込まれた。」


鴻池「逆サイドから、塩見五郎さん(82)が出ましたよ。」


駿河「五郎さんはブルドーザーの異名を持っております」


鴻池「五郎さんは身長175センチ、体重108キロですからね」


駿河「追いかける介護士。ディフェンス随一のランナー国立君(22)が後を追う!真っすぐ自動ドアに出るかと思いきや、ブルドーザー五郎、国立君の突進を予測していたのか、カットバック(守備側の選手を避けるために急激に方向転換すること)で国立君を交わし、ゴール(自動ドアの外側)に向かって一直線だ!!」


鴻池「五郎さんは、動けるデブですからねぇ。圧巻です。」


駿河「五郎さんのファインプレーを好機と見たのか、オフェンス(帰り隊)全員がチャンス到来とばかりに自動ドアに突進していく!!」


駿河「おっと、ここで、帰り隊歴16年のベテラン奥州たゑさん(82)が中央突破を図ろうとしています!!」


鴻池「ついに、般若のたゑが動きましたね」


駿河「たゑさんは、強化ガラスを椅子で叩き割ろうとしてヒビをいかせたり、窓の鉄柵の隙間から抜け出そうとして体を挟んでしまい、レスキュー隊を呼んだりと数々の武勇伝を持っております」


鴻池「何をするか予想のつかない人ですからねぇ。怖い存在です」


駿河「般若のたゑディフェンス(介護士)の陣が崩れたところを縫ってゴールを目指す!!ブルドーザー五郎も逆サイドからゴールを目指す!!」


鴻池「今、遠江信彦さん(86)が両手で抱えた荷物だけでも娑婆の空気を吸わせようと、自動ドアの外に荷物を投げ捨てましたね。」


駿河「たゑが先か五郎が先か!!介護士たちは鬼の形相で迫ってくる!!!」


鴻池「自動ドアが閉まっちゃいましたね」


駿河「おしい!!たゑさんの伸ばした指が自動ドアのガラスに振れたところで、無情にもドアは閉まってしまった!!!タッチの差、まさにタッチの差です!!試合終了!!!」


鴻池「面会の来客は無事施設の中に入りました。」


駿河「たゑさんは悔しさのあまりドアを蹴り倒しております。強化ガラスの鈍い音がホールに響くぅ。惜しかった、今回は本当に惜しかった!!五郎さんも健闘しました」


鴻池「遠江さんの荷物だけが、ゴール(自動ドアの外に投げ出されている)してますねぇ。」


駿河「投げ出された荷物に哀愁させ感じますね」


鴻池「そうですね。後で拾っておきます。」


駿河「実況は駿河がお送りしました。鴻池さんありがとうございました。」
鴻池「ありがとうございました」


またもや帰り隊は、介護士軍団に敗北。壮絶バトルを繰り広げた隊員達は、何事も無かったように、再び所定の位置に戻り、次の機会を狙うのだった。


おわり

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