割れた皿

人生をリセットできるボタンがあれば、と考えることは無いだろうか。今までの人生を無かった事にして赤ん坊の時まで戻るのだ。恐らく、前回の記憶は持っている状態だ。最近のライトノベル風に言うならば「逆行」するのだ。

「そんな、恐ろしい!考えた事無かった。」
という方もいる事だろう。私は、押してしまうだろう。

私には色々、やり直したい事がある。
勉強、人付き合い…あれをすれば、これをすれば良かった。言い出すとキリがない。これはきっと後悔と呼ばれるものだ。

その中で一番、やり直したい事がある。

私には友達が少ない。小学校では公園や校庭に出ればその場限りで遊べた。中学校では昼休みなどは本を読みに図書館に居たので困った事は無かった。高校も同じ様な感じだ。こうして思い返してみると、私は友達作りをして来なかったのだろう。

そんな中、毎日の様に一緒に帰る子がいた。長い髪を持った大人しい唯一の友人だった。小学校の後半くらいから仲良くなったその子とは、中学校になると喋りながら2人で下校した。

その子、撫子ちゃんと仮に名をつける。
撫子ちゃんと私はいつも一緒だった。修学旅行の時も、グループを組む時も、お昼を食べる時も。
撫子ちゃんは優等生だったし、友達も何人か居たように思う。でも、一番の仲良しは私だ。
外ではほとんど遊ばなかったが、学校では鳩にアテレコして遊んだりしてた。私は口下手だったが、撫子ちゃんと居る時だけは饒舌だった。

私は撫子ちゃんの事を「親友」だと信じていたし、向こうもそうなんだと疑わなかった。

小学生の時、私のクラスでちょっとした事件が起きた。優等生の撫子ちゃんが登校拒否したのだ。黒板の前に立った先生は泣きながらこう言った。
「撫子さんは友達が出来ないことが苦になり、来なくなりました。〇〇さんのせいではないですが、皆もっと仲良くしてあげて下さい!」
〇〇さん、とは私のことだ。ショックだった。
私は友達では無いのか、邪魔をしていたのかと。先生が名指しで私を呼んだので、教室の皆の見る目が冷たく感じた。

次の日、撫子ちゃんは普通に登校してきた。クラスの女子は撫子ちゃんに集まった。私は撫子ちゃんが話しかけてくれるまで、近づけなかった。私は少し違和感があったが、私は先生から嫌われていた。なので、先生の推測も多分に含まれていたのかもしれない。時と共に違和感は消えていった。

小学校を卒業し、中学校になった。相変わらず私は撫子ちゃんと仲が良かった。放課後は毎日一緒に帰った。修学旅行も一緒に行動したし、運動会は一緒に応援した。中学校の撫子ちゃんとはいい思い出しかない。卒業アルバムの空白にメッセージを書きあった。

高校もほとんど毎日一緒に帰った。優等生の撫子ちゃんはちょっと賢いクラスに居たので追加で授業があった。約束したわけではないが、私がいつも終わるのを待っていた。中学校とは違い、お昼はお弁当だったので違うクラスだったが集まって食べていた。イヤホンを片耳ずつ挿して同じ音楽をきいていたら
「お前ら、付き合ってるんか?」
と聞かれるくらい周りから見ても仲が良かった。

撫子ちゃんは朝が苦手らしい。学校の行事は平気らしいのだが、朝に遊ぶ時は大体遅れてきた。

ある時、私が楽しみにしてたイベントがあった。それは撫子ちゃんには興味が無さそうだし、朝早くから行かなくては席が無くなるので1人で行くつもりだった。お昼休みに今度イベントに行くのだという話をすると、
「行きたい。」
と撫子ちゃんが言うのだ。一緒に行けるなら嬉しいが朝早く集合するから大丈夫か。と私は何度か問うた。
「楽しみにしてる事なら起きられるから、大丈夫。」
そこまで言うなら…と出かける約束をした。

当日の朝。私の家に集合するはずだったが、時間になっても撫子ちゃんは現れなかった。
「一緒に行くか?」
という兄を断って、イベントに出かけるのを見送った。1時間…2時間…3時間と待てど暮らせど連絡が来ない。めそめそ泣き出した私を見かねた母が、
「友達の家まで迎えに行けば?」
と言うので、行くことにした。自転車で15分程度の所に友達の家はある。信号待ちでスマホが震えた。慌ててLINEを見てみると、
「今起きた。」
どうやらまだ寝ていたらしい。楽しみにしてる事なら起きれるって言ってたのにな。続いて、メッセージが送られてくる。そこには
「もうイベント行くのやめない?」
思考が止まった。急速に撫子ちゃんに対する気持ちが冷えて行くようだった。本当に楽しみでは無かったのだ、私とは違って。結局、その日は一緒にイベントに行ったがほとんど終わりかけだった。謝罪もなく、釈然としない思いだけが残った。その思いはじわじわと毒のように時間をかけて広がって行った。

次は何だったろうか。私が持っているゲームをしたいと言ったクラスメイトを家に招いた話をした時だろうか。友達が少ない私は撫子ちゃん以外を招くのは久しぶりでゲーム目的だとしても楽しかった。昼休みにそんな話をご機嫌に撫子ちゃんに話した。
「撫子ちゃんも今度遊びにきてよ!」
ニコニコと無邪気に誘いをかけた。
「いや、行かない。」
冷水を浴びせられたのかと思った。あの時、撫子ちゃんはどんな顔をしていただろうか。
「え、あ、受験で忙しいもんね!終わったら来る?」
慌てて私は言い繕った。撫子ちゃんの顔を見れない。
「いや、二度と行かない。」
目の前が真っ白になった。ゲームだったら此処でゲームオーバーだがここは現実だ。鼻の奥が突き刺すように痛い。私は「ちょっとトイレ」と努めて明るく言って逃げるようにトイレに駆け込んだ。個室を閉めた途端に目から涙が溢れてきた。私はちゃんと笑えていただろうか。

私は親友だと思ってたが、彼女は違ったのだ。きっとそれだけだ。

それから、段々と私は撫子ちゃんと一緒に居ることが苦痛になってきた。撫子ちゃんの誘いは一切断らなかった私が出かける事を拒否したら驚いていたようだった。違うクラスだった私達は会わないようにするのは簡単だった。だんだん距離が開いていく。
高校の卒業式。私は撫子ちゃんに会わずに帰った。

それから半年、大学の夏休み。撫子ちゃんから久しぶりに連絡があった。
「今度、食事でもどう?」
私は断れなかった。1週間後に会う約束をした。その日に近づいて行くと嫌だと言う想いが募っていく。母に相談すると、断れば?と一言だけ。
私は此処で間違いを犯した。当日まで悩んだ私は「ドタキャン」したのだ。その日になって断りを入れた。今思い返しても最悪だ。撫子ちゃんからは、
「そっか。」
と一言だけ。縁が完全に切れる音が聞こえた気がした。

私はその後物凄く引きづった。最悪の縁の切り方だ。
具体的に言うと3年ほどは、1人になると思い出した。夢に私が謝って元通りになる夢も見た。

撫子ちゃんは私の光で、宗教の神様のようだったのかもしれない。

でも、割れた皿は戻らない。
二度と撫子ちゃんとは遊べないのだ。

手元にリセットボタンは無い。
もし、やり直すなら「嫌な別れ方」だけはしないだろう。
私は撫子ちゃんに依存しすぎてもいた。どこのカレカノかと笑えるようになったのは、最近だ。

幸いなことに、撫子ちゃん以外にも私にも友達が出来た。
この経験を活かして次は間違えない、と強く思う。

これは私の戒めだ。
壊したものは元通りにはならない。
潰されないように抱えて生きていくのだ。

もう、彼女は夢に出てこない。
寂しいことだ。

おしまい

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