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フィルターバブルについて考えてみた

みなさんこんにちは!今日はアートシンキングの授業でやったフィルターバブルについて話していこうと思います。

そもそもフィルターバブル とは

 自分と同じ傾向の情報が周りを「泡の壁」のように囲んで、自分とは違う意見や情報や意見が見えにくくなっている状況のこと

私たちは主体的に選んだ物でなくアルゴリズムによって選ばれた情報を見ています。みなさんは情報の進歩によって検索結果やタイムラインに無意識なフィルターがかかっていたことを知っていましたか?

私も実際授業で聞くまで、知りませんでした。このようにこの言葉を知らないと自分が一つの泡の中にいることを認識出来ずに、みんな同じ情報を見ていて、自分が自分と同じ意見を持ってると認識してしまうこともあります。これが問題の一つです。これについてこれから一緒に考えてみましょう!


問題点は?

 一番のデメリットは「視野が狭くなること」だと思います。      検索する=機会が記憶することで自分にとって都合の良い、それ以外の情報が入ってこないような空間が出来てしまいます。検索すればするほど、知らない間に「バブル」の中に入り込んでしまいます(好きな情報だらけになる)。

こうすることで自分と同じ意見の人しか周りにいなくて、エコーチェーンバー現象が起きたり、フィルターの強度によってはユーザが操られてしまうこともあります。

例としてあげると                           1.  2016年のアメリカ大統領選挙においては、人々はそれぞれの派閥に分かれ、自分たちにとって都合の良いニュースを閲覧し、それを近い属性を持った人間どうしのネットワークでシェアする。それは何度も繰り返しシェアされるが、異なるネットワークの情報が入ってくる隙間はない。実際、ヒラリー側の支持者たちの多くは自分たちの勝利を完全に信じ込んでいた。答えは皆さんが御存知の通りトランプ大統領の誕生であった。

2 . googleで同じ言葉を入力しても検索結果は人それぞれで、得られる情報に差があること。

このように情報はカスタマイズされています。それに加えて、私たちは何が消去されているかは分かりません。あなたがみている世界はあなたの世界です。これを意識していなければいけないと思いました。


悪いことだけではないしかし...

しかし情報のフィルターをかけることは、悪いことだけでは決してありません。世の中には膨大な情報があり、その中から自分の好みにぴったりな物を選んでくれるのはとても便利なことです。興味・関心を深く追求することができます。フィルターバブルはその人にっとって興味がありそうな物を最適化しただけのものです。

そう考えるとフィルターバブルも問題ではないと考える人もいると思います。実際に「既に身の回りの情報が多すぎるため、自分が知りたい最低限のこと以外には手を広げたくない!」という意見もあります。

インターネットの魅力は全く違う視点・経験を持つ人のアイディアに触れることができるところ。イーライ・パリザーさんも「インターネットはみんなをつなぐ物であり、新しいアイディアや人々、そして異なる視点と提示する物であるべき」と言っています。

自分のバブル(泡)の中から一歩抜け出すことで、何か新しいヒントが落ちているかもしれません。

最後に

私たちは常に管理されているという意識を持ち、フィルターバブルをなくすようにするのでなく、時々フィルターの外へ抜け出して「外の世界」「いつも自分が見ないことにも興味を持つ」ことが大切だと思いました。

読んでくださりありがとうございました。長々と話してしまいましたが、これはあくまで私の考えなのでそこまで気にしないでください。語彙力低くてすいません。(色々なサイトを参考にさせていただきました)一つのことについて深く調べて、考えてみるのは思ったよりも楽しかったです。これからも気になったことがあれば発信していきたいと思います。






 



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