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学校臨床で出来ること(阿部)

松本先生 大さん

 令和4年度最初の週末は、花散らしの雨になりました。

 こんな風にお二人に向けてお手紙を書くようになるとは、去年、お二人とのご縁をいただき、お付き合い重ねさせていただくまでは、思いもよらないことでした。なにしろ私は、お二人に1度もリアルにお目にかかったことがないのですから……コロナ禍、今どきのおつきあいですね。とはいえ、オンラインで画面越しにお会いし、対話を重ねる中で、年齢も、臨床の現場も異なる3人ですが、だからこそ、なにか、発信出来ることがあるような感じがしています。

 お二人もご存じのように、私は、学校臨床、いわゆるスクールカウンセラーを生業の1つとしています。病院臨床でドクターの松本先生、開業心理臨床の大さんとは、臨床現場も、対象も、求められる仕事も、ずいぶんと異なります。

 ご縁があってお二人とつながり、精神科病院の現場、開業心理臨床の現場のお話をお伺いし、その過酷さを垣間見るにつれて、お二人の現場につながらざるを得ないクライエントさんの幼少期、児童思春期に思いを馳せらずにはいられません。

 私は、日本における「学校」は、社会資源だと信じています。不登校や学力不振、費用の滞納などの目に見える問題をきっかけに、その子やそのご家庭が抱える課題に入っていくことができますし、子ども自身が、身近な大人にSOSを発信しやすい場所でもあります。援助希求性が弱くても、周囲の大人のアンテナが高ければ、早期支援につなげられる、いわば、社会問題に具体的にアプローチできる最前線が、「学校」です。

 ですから、松本先生や大さんのところにいらっしゃるような大人のクライエントさんにとって、「学校で」もっと話を聴いてもらえたり、セルフケアを教えてもらえたら・・・と教えていただき、ほんとにそうそうそうなのよ~っ、学校って、やれることいっぱいあるのよ~っ、とヘッドバンキングのごとく、うなづいています。実際にLHRとか、総合的な学習の時間とか、いろいろ出来る時間や機会はあるのですが……さて、なぜできないのか。

 そもそも、教育活動自体がぎゅうぎゅうのスケジュールで、それどころじゃないんでしょうね。本来の目的である教科教育の過密さや学びこぼし、教職員のブラック企業!?と見まごう過酷な勤務状況や、コロナ禍での度重なる教育活動制限の影響をみるにつけ、どうしたものかなあ、と、力のない一SCは、しょぼーんとため息をつくばかり。大きな声では言えませんが、学校≒社会全体がまだまだ頑張れ頑張れやればできる根性論的なところがありますし。我々大人自体が、ストレスの多い社会で、余裕なく暮らしていますものねえ。可能性に満ちた学校も、課題が山積みです。

 とはいえ、小さな光もひとつ。先日、高校の「学校保健委員会(教員、PTA、学校医などの組織)」主催で、ストレスマネジメントのワークを入れた講演を1時間、このご時世なのでオンラインで行わせていただきました。本当に短い時間で、ストレスが身体と心に及ぼす影響の簡単なレクチャーと、自分の身体と心を振り返るワークをさせていただいたのですが、生徒さん達の感想を拝見すると、多くの気づきを得てくださったご様子。こちらが嬉しく、元気をもらえました。中には、個人的な悩みを書いてくださった方もたくさんいらっしゃり、これからの支援にもつながりそうです。

 学校、やっぱり、社会資源です。

 お二人の現場も、それぞれ特有のご苦労、困難さがあること、拝察しています。ちいさく、ささやかな資源を見つけること、それを諦めずに少しずつ育てていくこと、異なる現場において続けておられるお二人とのつながり、とても心強く、エネルギーをもらっています。

 お二人の現場から、学校臨床、あるいは学校教育に対して、思うところはありますか?「もしも」の仮説になってしまいますが、もしどんなサポートがクライエントさんの児童思春期にあったら、お二人のところに来られるクライエントさんたちは、もう少し、生きる辛さが軽減される可能性があったでしょうか?

 なにか、学校臨床への期待やニーズ、ヒントになることがあったら、教えてください。

 世界がピンク色に染まる美しい桜の季節、お二人にとって、そしてクライエントさんにとって、善き春となりますように。

 

 阿部利恵 拝

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