ユーカリハーブの先輩

私が新卒入社した会社の先輩
それは、指導員でもあった先輩
猫っけの髪にウェーブがかかっていて、小柄で細くて、GUCCIの縁メガネがとても似合う、現実主義でお洒落な先輩
こんな地味な会社にこんな人がいるとは、それが最初の印象だった

私はというと、当時全くやる気がなく、プライドだけは一丁前に高くて、
なんでこんな地味な仕事をしなくちゃならないのだろう、と、
生意気にも思っていた 全てが昭和で止まった古めかしい建物や、
和式トイレにも辟易していた 
21歳の私が、こんなに刺激がない場所で地味な仕事をしている、こんなのは違う、そう思っていた

そんな心持ちだから、お昼休みの15分仮眠の際にタイマーを付け忘れて寝てしまい、1時間半も休憩を取って戻ってくるとか、何度も同じことを聞いてしまう、メモをした場所が分からない、そんな状態の私に対して、先輩はイライラしながら、でも葛藤しながら向き合ってくれていた

そのころ私が考えていたこと。
仕事を辞めると生活できなくなるので地元へ帰らなければならない、それは帰りたくない、でも仕事はつまらない、覚えられない、怒られる、自信がない、そんなストレスを抱えた私は、日に日に食べる量は増え、学生時代40キロ前半だった体重はついに50キロ後半まで増えた

会社のチェアに座ると、制服の変な色のタイトスカートは、おしりから太ももに掛けてパツパツで、おなかと太ももの間がするどく食い込んで、苦しくてただただ不快だし、階段を上る脚は重たい。今まで揶揄われたことがない言葉や扱いを男性社員から受けた。
コンプレックスの塊になった私は、お昼休み、よく向かいで玄米ご飯の入ったお弁当を食べる先輩をチラチラと盗み見ていた

人は、羨ましいと思う人に対してチラチラと見てしまうのかもしれない、とその時初めて気が付いた。正面切って目を合わせたくないけれど、目をそらしている間にただただ観察したいのである

そういえば、お昼ごはんのあと、ウトウトと舟をこぎ始めると、後ろに座っている男性上司が、「社内を案内するよ」、と声をかけてくれさりげなくフォローしてくれていた

話はもどるが、
先輩は、よく香りモノをつけていた
朝はマンゴーのボディークリームを手にすりこんでから仕事にとりかかる
昼は、ユーカリハーブのスプレーを脚にシュッシュッと吹きかける
この、ユーカリハーブの香りが私は大好きで、先輩のスプレーの残り香を覆いきり鼻に吸い込み、リフレッシュさせてもらっていた
きっとこの香りを楽しんでいた男性社員も多かったのでは、と今になって思う。

雑貨屋で、ふとそのスプレーを見つけ、買おうと思ったけれど、まるで先輩の真似をしているみたいだし、それに気づかれるのは私が先輩に憧れているみたいで絶対にいやで、結局買わずに、テスターの香りだけを楽しんだ

それから3年が経ち、自分のやり方を中々変えられず、頑固で、鈍くさい私も、紆余曲折しながら、何とか、仕事ができるようになり、暴走していた食欲は通常モードになり、恋人も出来て痩せてすっきりとしていた。

そこに行きつくまでには、イライラしすぎて鉛筆を机に突き立てるつもりが、手のひらに刺してしまったり(いまでも右手のひらには跡が残っている)、トイレで1日2回も泣いたり、散々な日もあった
今思うと、周りの人たちに支えてもらいながらも、初めて苦難を乗り越えた体験だった

そんな頃、先輩が新しい部署に馴染めず退職することになった
感謝と同じくらい、投げかけられた言葉が心に沈んでいた私は
何とも言えない気持ちになっていた。
全体の送別会は出ているから、と自分に言い訳をしながら、
内輪で開いた送別会には出席せず、退職の当日となった

もらった手紙には子豚のシールがついていて、
一緒に仕事をしていた時は楽チンだったよ、とか、退職するときは次を決めてからだよ!と言っていた私が次を決めずに辞めること、ごめんなさい、とも書いてあった。

その後、先輩から「今度うちに遊びに来なよ!」というメールを、スルーしたのを最後に、先輩との連絡手段はなくなった。

あれから、14年。
コロナ禍で、マスクが必須となった私はマスクスプレーなるものを見つけた
しかもそれは、先輩が使っていた、あの香りのものである

ようやくそのスプレーを買った。
やっぱりいい香りだ。

その香りと先輩の記憶はセットになっていて、そのパッケージが目に入るたびに、先輩と薄れかけてきたあのぐじゃぐじゃした日々を、深呼吸したくなる香りのなか、思い出す。








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