舞台に立つ人へ、シルクエロワーズで過ごした時間から感じる大事なこと

2020年も夏になりました。

サーカスの世界には到底戻れそうもないので、私がシルクエロワーズで過ごして感じた大事なことを書き記します。毎日毎日同じショーに出演していた人のお話です。余談も多くなりますが舞台に立つ人へどうしても伝えたいことがあります。

ちょっとした経歴から。

私は東京理科大学卒業後にÉcole nationale de Cirque Montréal (モントリオールナショナルサーカス学校)に入り、卒業してすぐにシルクエロワーズに入りました。当時のシルクエロワーズのスカウトだったニコはナショナルサーカス学校の先生でもあり、私を引き抜いた人です。

この時点でわかるかもしれませんが、サーカスの世界はコネの要素が非常に強いです。シルク・ドゥ・ソレイユのような大規模カンパニーを除いて、例えばシルクエロワーズのような10人規模のショーチームを持つカンパニーはまさにファミリーです。サーカスの技術はある程度必要ですがそれ以上に重要なのは人格です。普段の生活から様子を確認できるアーティスト、つまりサーカス学校出身者がほとんどになります。

私がCirkopolisというショーに入った経歴は運の要素が非常に強いです。

サーカス学校を卒業してすぐの夏、シルクエロワーズのCirkopolisはマイアミでの長期公演(1ヶ月間半)を契約しました。しかしそのときCirkopolisのショーは中国ツアーの真っ只中でした。こちらを本家と呼ぶことにします。そこでシルクエロワーズはCirkopolisの分家を作ることになり、そのメンバーは僕をはじめ同期のナショナルサーカス学校卒業生が大半でした。

ちなみにツアーショーはセットを必ず2つ持っています。長距離の移動を伴う場合(南米ツアー → ヨーロッパツアー)のようなときのためです。

ショーの構成自体は予めできてるといえ、準備期間は約2.5週間です、この期間で10名で90分のショーを作り上げます。今思えばこのスピード感でショーを作り上げることができるのはサーカス学校出身者の強みです。私自身も知らぬ間に適応能力が上がっていたことを感じました。

そのショーでディレクターからの評価が良かったので現在中国ツアーをしている本家に加入しないかという話が来ました。ということで秋から本家に入ったのです。

話は脱線しますが、今でも忘れない出来事があります。

私の専門分野、ディアボロの演目を入れる場所はジャグリングのパートです。つまり私が入るということは抜けるメンバーがいるということです。前任のジャグラーはヨリス。ヨリスと僕は出演パートを徐々に入れ替えていくのですが1週間ほどかかります。

そして最終日、彼は1年以上共にしたメンバーとお別れすることになるのですが、痛いくらいに感じたのは彼がチーム全体から愛されていたことです。この小さなチームで自分はそんな人間になれるのだろうかという不安は人生で最大のものでした。

そんななかで本家のCirkopolisに入った私ですが、そのメンバーとともに過ごした時間は自分を変貌させました。

皆が素敵なのですが、その中でも私に多大な影響を与えた3人がいます。

まずはアントナン。彼はクラウンで、サーカス学校の一つ上の先輩です。クラウンでありながらアクロバット、チャイニーズポール、ティーターボード等までこなせるアーティスト。やんちゃだけど最も信頼のおけるメンバーです。私生活から常におもしろく、しかし物事を深く考えた発言も多い人です。

そしてアレクシー。アクロバット全般が専門ですが、彼女は技術面で目をみはるものは殆どないはずなのにたった一つの仕草や後ろ姿、ただ歩いている姿だけで視線を釘付けにする能力をもっていました。そしてそれは私生活でも同じです。話をすれば僕にはない観点の話を必ずしてくれます。

そしてアシュレイ。彼はメインキャラです。シルクエロワーズが発足して大きくなってきた経歴と方向性を作り上げた人です。この方向性が今回一番話したいことなのです。

他の二人もそうなのですが、このアシュレイは特に人の目を惹きつけます。彼がステージ上にいるときは信じられないと思ったことがあります。本当に「自然」に舞台の上で振る舞うのです。ただ一人の魅力のあるおじさんがそこにいるのです。

競技レベルでサーカスの技術を培った私はもちろん技術があれば魅力的だと思っていたのですが、それは完全に打ち砕かれました。なにもしていない素敵な一人の人が歩いたりしている前で為す術もなかったのです。

どれだけショックだったことか、ものすごい違和感を感じました。そしてこれはメンバー全員からも感じ取ることができることでしたが、先に出た3人はその傾向が強いのです。

そんな違和感とともに小さなファミリーの我々は、同じホテル、食事もだいたい一緒、休みの日はみんなで観光したり。そんな中でわかったことがありました。

彼らは「ステージの上にいてもいなくても同じ」振る舞いをするのです。

つまり「舞台の上で魅力的だったのではなく、人として魅力的だった」ということです。

これは毎日同じショーをするものとして最強です。舞台の上だろうと一切ストレスがかからないのです。

演技であれば「与えられた環境」に対して「自分がありのままでそこにいる」

それだけでいいのです。自分自身が魅力的であれば自然にアドリブができるようになります。

演技や技に失敗はあっても魅力的な人がその程度のことで魅力がなくなることはない。これがどれだけ強みとなることか。結果としての失敗はそこに存在しなくなります。

これは余談で私の価値観ですが、サーカスは、芸術は、エンタメは、人間の可能性を魅せることだと思っています。「こんな人もいるんだ。自分もなにかできることあるのかな」と思ってもらえたら幸いですし、少なからず世界観を広げることは使命だと思ってました。その上で人を魅了するのは技ではなく人なのです。

ショーの最中にチームでの危険を伴う演技等は必ず事前の打ち合わせと同じことをしますが、それ以外の演技等はとんでもないアドリブがしょっちゅう四方八方からとんできます。当然リアクションも変わることになります。逆に言えば何かしらの失敗をしてもそれが失敗にならないのです。そういうメンバーで構成されたショーは本当に強い。そしてそれがサーカス学校で学んだ力から生まれるものでも有りました。

失敗しても良い、本番すらも常に自分自身の糧として長期的に成長を見込めば最高の経験です。

そこから生活が変わりました。素敵なアーティストになることではなく、一つの生物として魅力的であるための生活になったのです。

サーカスをはじめ、映画、音楽、語学、バラエティトークまで勉強するようになりました。今何をすれば面白いのか、今何を言うべきなのか。そういうことに常に脳みそをフル回転させます。もちろん一つ一つの発言や行動に反省もします。

朝起きた瞬間からコンディションをベストにするために食事も研究しました。私の場合、肉、炭水化物の摂取をしない次の日は朝からバク宙をできるようなくらい身体の反応が変わる傾向があることもわかりました。

現在素敵な人になっているかは別として、間違いなく成長をした実感はあります。しかし目指すところは遥か先。アシュレイは遥か彼方にいるのです。

私の専門分野であるディアボロを取り除かれても「『一人』としてお前が必要なんだ。」舞台に立つものとしてはそう言われることが目標です。

この4月から始まる予定だったシルクエロワーズの新しいショーも取り消され僕もやることがなくなったのですが、アシュレイが作り上げたシルクエロワーズにおける基幹であり私のこの理想はサーカスの舞台に立たずとも今後も極めて行こうと思います。

そしていつの日かまたシルクエロワーズで。







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