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農工業痛撃の三つの驚き~愛知の明治用水頭首工大規模漏水~荒玉note改訂

 この記事は2022年5月にnoteに提稿した記事です。現在は復旧していますが、今後の農業関連施設の防災対応も含めて記録しておく記事です。マガジン「農政ジャーナル~長靴をはいた記者」にも収録されています。

 「日本のデンマーク」と教科書で習ってきた愛知県安城市などの西三河地区。そこに農業や工業用に取水をするための「明治用水頭首工」(愛知県豊田市)で大規模な漏水が続いています。
 愛知県は2022年5月17日夜、臨時記者会見を開き、この事実を発表しました。翌日の新聞朝刊やテレビニュースでは、「工業用水供給停止の恐れ」(読売新聞)など明治用水から工業用水を利用しているトヨタ自動車など9市3町の131事業所への生産への影響を記事にしていました。
 2012年に現地を視察したことがある私は、「それはないだろう」と思いました。田植えを控えた同地区の農業への被害が抜け落ちていたからでした。これが一つ目の驚きです。
 翌18日に明治用水を管理する東海農政局(名古屋市)が会見し、19日朝刊には農業への影響が書き込まれていました。
 二つ目の驚きは、水門上流の川底に穴が開き、大規模な漏水が起きたという原因です。2019年5月に中部経済連合会(中経連)が南海トラフ巨大地震を想定して、中部圏経済への影響を最小化する提言を発表しています。このなかで、産業の血液ともいえる「水」を送る工業用水のインフラが脆弱だという指摘を記事にしています。
 愛知県内を流れる工業用水の配水管路を液状化のマップに落とし込むと、危険度の高い地域が多くありました。耐震性のある継ぎ手を使っていない古い配管の耐震化の必要性を指摘していました。提言は「耐震化や老朽化更新を加速する必要があり、そのために、さらなる国の助成が必要」としています。

工業用水の脆弱性に言及した中部経済連合会の提言書

 中経連の水野明久会長の定例記者会見が漏水騒ぎの最中の5月19日にありました。水野会長も「工業用水などのインフラは定期的にフォローアップしていかないといけない」と話し、再度の提言をしたいとの考えを示しました。
 三つ目の驚きは、「情報の漏れ」とでもいいましょうか。農政局は漏水を15日に把握していましたが、発表は17日。しかも愛知県でした。
 愛知県内の小中学生に無償配布される「愛知の農業2022」(A4判、38㌻)にも明治用水が紹介されています。
 1880年に明治用水が開通するまでは、ため池を水源とした田んぼが点在する以外は、荒れた原野や松林が広がっていた土地だったこと。矢作川の水を豊田市から取水して西三河の碧海台地を潤したことで、農家の努力もあって一大農業地帯となったことなどが書かれています。
 明治用水は産業遺産としても重要です。今回の頭首工の上流約300メートルにある旧「頭首工」のことです。旧頭首工を1901年に造ったのが、碧南市出身の土木請負師、服部長七です。詳細は「東海の産業遺産を歩く」(風媒社)に詳しく出ていますが、左官技術の「たたき」を使った人造石のような堅い堤を造りました。
 当時高価だったセメントを使わず、堅固で水中でも固まる「長七たたき」を考案して堰堤を築いたのです。あまりに堅くできているため、取り壊しができず、今も残っています。こうした先人の苦心もあり、2016年には「人造石」や農家の自発的な水路維持管理が認められて、世界かんがい施設遺産に登録されました。

明治用水の沿って散策する道にはかつて使われていた水車も残っている©aratamakimihide

 明治用水に限らず、愛知県の知多半島を潤している愛知用水など、いずれも農業に始まり工業や生活のための水として長い間使われてきました。
 先人の苦労を思うにつけ、三つの驚きは、あってはならないこと。一日も早く、農業の沃野に水を供給していくことが先人の思いに応える道ではないでしょうか。
(2022年5月23日)
 
 
 

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