極貧詩 320           旅立ち⑤

蛍の光斉唱
オルガンの音が静かに流れる

卒業生席は男子、女子の順に横に5列
俺の席は3番目の列の中間あたり
前の女子列から「グフッ」「ズスッ」と鼻をすする音

白いハンカチを鼻に当てているのが見える
ボンボーロボロロン ボボボロボロ―ロン
オルガンの音が歌い始めを促している

ほーたーるのひーかーり まどのゆーきー
野太い男性軍の声が目立つ
ぶーびよぶづきーひ がーざねづーづー
涙声の女性軍の声がやっと加わってくる
ただし歌詞が濁音だらけになっている
いづーしがどしーも ずぎーのどーう
今度は男性軍の濁音が重なってくる
あげーでぞげざーは わーがれぶーぐー
一体何という歌詩なのか判別できない態になっている

昨日までの男子の卒業式談義
「校長先生のあいさつ、来賓のあいさつ、短いといいよな」
「後は歌をババって歌って、はい終わりだんべ」
「チョロいチョロい、ちょっとの我慢だ」
女子の卒業式談義
「私、卒業式程度じゃ泣かないからね」
「でもハンカチくらい用意しておいた方がいいんじゃないかなあ」
「一時間くらいで終わるんだから全然平気よ」

蛍の光の2番を歌い始める時にググっとくる
俺の隣の高橋君の眼から一筋涙が零れ落ちるのが見える
男子はハンカチなどというシャレたものは持ち合わせていない
指の先や学生服の袖を鼻の下に押し当てている
俺のやせ我慢も限界に近づいている
目の下の方にどんより熱いものが溜まってきている
いよいよ飽和点に達して目じりの方からツーッと零れ落ちる
蛍の光2番は濁音だらけながらも歌い終わる

卒業生着席!
司会の先生の号令もどことなく潤いを帯びている

男子も女子も恥ずかしくて顔を見合わせられない
流れた涙でくしゃくしゃの顔は見せられない
みんな下を向いて落涙の余韻に浸っているようだ

目を瞑ると残っていた熱いものがさらに零れ落ちる
その瞬間父母兄弟姉、小学校時代の恩師が脳裏を横切る
中学校の先生方、シゲちゃん、ヤッちゃん、山本君が高速で駆け抜ける

本当にこれで終わっちゃうんだなと惜別の思いが胸の中いっぱいに広がる


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?