師へ

究め人でした。
何をするにも研究熱心で、理論がありました。常に「なんでかなぁ」。そうやって、考えることから始める人でした。偉人でした。でも、偉人でいようとなんてしていません。見栄も張りません。だから親しみやすく、たくさんの人から愛されていました。

贈り物が好きな人でした。美味しいものが好きな人でした。人と話すことが好きな人でした。人と人の繋がりを大切にしていました。人を大切に生きていたので、どこへ行っても、初めて会う人にも、常に共通の知り合いがいました。世間は狭い、それが楽しい。そうおっしゃっていました。人の繋がりを話す時はとても嬉しそうでした。「どこどこのまるまるさんは、どこどこのまるまるさんとあの頃一緒に仕事をしていて、いまはそれぞれどこどこに勤めていて、その娘さんはここに勤めていて、このあいだお会いしただれそれさんと同級生なんだよ。」もぅ、止まりません。メモして相関図を作ってみたこともありましたが、それはそれは複雑でした。ひとつひとつ面白いエピソードつきです。たくさん笑わせてくれました。

人の良いところを見つけるのが早いです。それと同時に人の弱点やズルい部分を見つけるのも早いです。しかし、良いところは口にしても、悪いところは言いません。たまにボソっと教えてくれますが、悪口ではなく、ここを直したらもっとよくなるのにね、と、笑いながら言います。言葉に愛情がありました。

何よりも基本を大切にしていました。基本に入る前の気持ちも大切にしていました。何事も準備をおこたりません。なぜ準備が大切なのかを知っていたからです。

師は誰から学んだのでしょう。師にも師がいたのでしょうか。真面目な師は、長い月日を重ねながらどんな方法で自分の理論に落とし込んでいったのでしょうか。そんな話ももっと聞きたかったです。聞けばよかったです。

私はたくさん失敗をしました。やり直したいことばかりです。でも一度も怒りませんでした。笑顔でパンをくれました。こうしたらいいんだよ、いつも優しいアドバイスをくれました。その懐深さに何度も救われました。

師からあれもこれも学びたくて、師が発する言葉をメモに残しました。今はメモが机中に溢れています。これからは、それを何度も読み直しながら、生きていこうと思います。

師が繋いでくださったご縁を大切にしていきます。


1ヶ月前の最後のやりとりは、実に師らしく、バドミントンの話でした。もっと感謝の気持ちを伝えておけばよかった。

今朝、訃報を受けてから、心の整理をする余裕もなく慌ただしい1日を過ごしました。ようやく1人になる時間ができて、しっかり泣くことができました。

師からいただいた折り紙のお花があります。
枯れることのない素敵なお花です。
これには、たくさんの意味がこめられています。
これからは、私が折り、人へ贈り続けることに決めました。

これを書き終わっても、師への思いが無くなることも終わることもありません。

もっと隣で学びたかった、そんな贅沢なことは思いません。2年間とは思えないほどの多く学びが、私のキャパを超えて溢れてしまいそうなのを受け止めるのに精一杯なくらいです。

出会うことができて本当によかったです。
師を繋いでいただいた方にも感謝しています。

病の苦しみから解放されて、楽になっていることと思います。どうか安らかにおやすみください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?