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ゆめうつつ

「ただいま」
と小さくつぶやく。腕時計の針は天辺を指している。この時間であれば昴は配信をしているかもな。他のみんなは既に眠っていることだろう。寝ているみんなを起こさないようにゆっくりと慎重に 。

部屋に着くと堅苦しいスーツを脱ぎ捨てる。このままベッドに眠ろう。誘惑のまま布団に飛び込み枕に顔を埋める。するとタバコの匂い、香水のかおりなど色々な臭いが眠ろうとする幸助を邪魔する。仕方なしに浴室に向かうことにした。

今日は久しぶりに外での仕事があった。

一日ヒモたちに会えないことは苦痛だ。今では体の一部同然。会えないだけで身を裂かれるよう。
1分1秒でもこの家から離れることが惜しい。1分あれば少しくらい凪のこと吸えるかもしれない。
だけど今日だけ、今日だけだと。明日からはまたしばらくゆっくりとヒモたちと過ごせる。そう自らを納得させて幸助は出かけたのであった。

シャワーを浴び部屋に戻る。するとやはりと言うべきだろうか疲れを感じる。気持ちの良い疲労感にこのまま眠りにつこうとベットに横になる。久しぶりの外出と普段とは違う装いをしていた体はどんどん重くなりそのまま眠りに落ちるのだった。

眠りについてどれくらいたっただろう。ふと違和感を感じて辺りを探る。ベッドの中に大きな気配。眠い目を擦って確かめるとそこには同じベットの中で凪が丸くなってすやすやと穏やかに寝息を立てている。

凪は普段から家のあちこちで眠りに着いているところを見かける。窓辺で日向ぼっこしながら眠る凪。ソファで丸くなって眠る凪。いつもこちらから近づいて吸おうとすると嫌そうな顔をして逃げてしまう凪。普通に考えて好き好んで吸われるような人間はいないから当たり前と言えば当たり前だが…
だからそんな凪が自分からベットに潜り込んでくることは珍しい。普段素っ気ない猫が自分に心を許してくれていたときのような喜びを覚える。同時にあまり見せない姿に微笑ましく思う。もう少し寝顔を堪能し、あわよくば肺いっぱいに凪を吸い込もうとしたが1日働いた体には凪の体温は心地良すぎた。閉じるまぶたに抗えずに幸助は意識を手放した。

次に幸助を起こしたのはカーテンの隙間から差し込む日差しだった。「眩しい…」ゆっくりと体を起こし伸びをする。昨日の疲れが嘘かのように体が軽い。しっかりと眠れた証拠だな。ベッドから抜け出しカーテンを開ける。差し込む光に目が眩む。太陽は思ったよりずっと高い位置にあった。流石に寝すぎたかとは思うが凪の体温が心地よすぎたせいだろうと納得する。

ふと自分の寝ていたベッドを見るがそこには乱れた布団以外に何も無い。自分の寝ていた隣も探るがあったはずの温もりがそこにはもうなかった。まるで最初から何も無かったかのように。何もない、誰もいないそんな寂しさ、それを振り払うべく幸助はリビングに向かう。

気分転換も兼ねて何か飲み物がないかとキッチンへ向かう途中、人の姿を見つけた。いつもと同じようにソファから頭を飛び出させて、すやすやと眠る凪だった。いつも通り見慣れた寝姿。いつもと同じ光景に昨夜の出来事が夢だと言われているようだ。だけど昨日のことがたとえ夢であっても今この瞬間が満たされていることに嘘はない。ヒモたちがいつも可愛いことは絶対の真実。それならいつも通り過ごすだけだ。今日もヒモたちを可愛がるために。


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