アフリカ生まれ、鈴木民民の冒険【第五話】

【第五話】

翌日。
 いよいよサフラ夫婦宅を訪れる約束の時が来た。
 一人で再会したかったので、父はホテルに残ってもらった。
 赤い屋根の家の前に立つ。日本の一般的な一軒家くらいの大きさだった。家屋の造りの立派さから、サフラ夫婦がこの国では上流階級に位置することが改めて窺えた。
 玄関の前に立ち、耳を澄ませてみても中からは物音一つ聞こえないので、本当にこの家なのか心細くなってくる。
 深呼吸し、心を落ち着かせてからドアをノックした。
 やや間があって、若い男の声で返事があり、ドアが開いた。出たのは夫のバリーさんだった。画像の印象通りの快活そうな青年で、僕を見るなりパッと笑顔になり
「民民君だね。楽しみに待っていたよ」と明るく迎えてくれた。
 背の高いバリーさんの後ろから、少し遅れてサフラが顔を覗かせた。百六十センチ程の身長、大きな瞳、ドレッドヘア、青のTシャツ。
 サフラは目を見開いて僕を見て、涙を浮かべ抱きついてきた。僕もうっかり貰い泣きしそうになったが何とか堪えて頭を撫でた。
「久しぶり」と優しく言うと、彼女はやっと体を離しニッコリ笑った。
 実に十八年ぶりの再会だった。
 
 リビングにはブルキナファソの伝統的な絵や彫り物が所狭しと飾ってあった。
 壁に直径五十センチ程の円形の仮面らしきものがいくつも掛けられているのが特に目を引いた。
 仮面の中央に目の部分の穴が二つ開けられていて、面全体に小さな三角形からなる幾何学模様が彫り込まれていた。
 仮面の色は青、赤、緑、黄色と多彩で、どことなく岡本太郎の「太陽の塔」を想起させるデザインだった。マスクソレイユという伝統的な仮面なのだとサフラが得意げに教えてくれた。
 一通り工芸品の紹介を終えると、二人は食事の用意をするからソファで待っていて欲しいと言い、奥まったキッチンへと引っ込んだ。
 歓迎のため、わざわざ拵えてくれたらしい料理の香りが漂ってくる。 
 しばらく待っていても二人が戻ってくる気配がないので、怪訝に思いキッチンに近づいてみると、何やら小声で言い争っているようだった。
 僕は予想外の展開に驚き、ドキドキしながら耳をそばだてていると
「私が先って、前から決めてたじゃないの!」
 サフラがバリーさんを咎める声が聞こえた。
「落ち着いてよサフラ。こういう時は、まず男同士が先って相場が決まってるのさ」 
 バリーさんが必死にサフラをなだめる。
「それって普通に男尊女卑だよね。あなた、何のためにイギリスに留学してたわけ?」
「男尊女卑なんかじゃないってば。君が真っ先にやられてしまうのが不憫でならないから、僕が斬られ役を買って出ようとしてるんだよ」
「そんなの、絶対自分が先にやりたいだけじゃん」
「相手は日本から来た男だぞ。どんな怪しげな秘術を使ってくるか分かったもんじゃない。夫の僕が毒見をしてからじゃないと危険だ」
 斬られ役?
 秘術?
 毒見?
 にわかには意味を飲み込めない言葉達に、頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになり
 (俺はサフラに会いに来ただけだ、怪しげな奴なんかじゃないぞ)と、軽く反感を覚えた。
「あのね、民民は私のいとこなの。毒見なんて必要ないに決まってるじゃない」
「いくらいとこでもだ……サフラ、分かってくれ。君を思えばこそなんだ」
「まったく……。男らしく約束を守りなさいよ!」
 サフラの口調が刺々しさを増していく。
 割って入るなら今だ、とキッチンを覗き「大丈夫?」とできるだけ穏やかな調子で二人に話しかけた。
 二人は僕を振り返りハッと我に返った。
 サフラがバツが悪そうな顔で僕から目を背けた。

【第五話 終わり】

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