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その怒りの炎が灼いているものは?という話

その怒りは、本当に今のあなたの怒りだろうか?

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自身が被害者であることを理由に、他者に度を越した配慮を求めるものがいる。

“性虐待や身体的虐待を受けた、学生時代いじめを受けた、男性からレイプされた経験がある、乱暴な男性と付き合ってきた経験がトラウマになった。
特定の表現を見ると自分の症状が悪化する。
だからその表現をやめてくれ。
おまえはキャンセルされてくれ。“

特定のツイートをあげつらいたくないのでなんとなく記すが、差異はあれど概ねこんな感じだろうか。
このnoteにたどり着く人たちは、少なからず目にしたことがあるであろう。
彼らの「フック」に引っかかった出来事に激烈な怒りを表出する人たちである。

この記事を書いている私は普段、老若男女問わず、被虐待者やいじめ被害、性被害、交通事故や災害の後遺症に苦しんでいる人たちへの治療を行なっている。

被害者となり心的外傷を負うことの理不尽さ、辛さを普段肌で感じているため、彼らの側に立ちたい気持ちはある。それは仕方のないことなんだ、と擁護することも可能ではある。
その上で、自分が被害者であること、傷ついたことを理由に他者を攻撃する行為を批判的に論じていこうと思う。

後遺症を負った被害者が、過去の理不尽な体験から生じた自身や他者への怒りを現在にまで抱き続けることは、穏やかで安心して過ごせる平和な日常へ還ることを妨げる。



後遺症としてのPTSD


親や兄弟からの身体的・心理的・教育虐待やネグレクト、学校で受ける教師や同級生からの被害、電車での痴漢や、レイプ被害、職場上司からのハラスメントなどなど。災害や戦争など明確な加害者がいない場合ももちろんある。
理不尽な体験をした被害者は、ときに後遺症としてPTSDという病態を発症する。PTSDは非常に多彩な症状を呈し、症状自体の理解が難しい。被害者の全てがPTSDを発症するわけではないし、ここで全てを説明することは不可能であるが、被害体験を理解する一助として少しだけ解説をさせてほしい。
長くなるので、飛ばし読みしてもらっても構わない。

主要症状として、再体験症状(フラッシュバック)、回避症状(出来事を考えることやそれを想起させる刺激や状況への回避)、脅威の感覚(過度な警戒心や驚愕反応)があるとされ、自責的になり対人関係にも著しい支障をきたし、社会や他人への信頼感や安心感が損なわれる

トリガーとなる刺激を受けたとき、それに対する脅威度が突発的に上昇し、過去の理不尽な被害体験がみずみずしく脳裏に浮かび、当時感じていた恐怖や屈辱が噴出し、その刺激から逃げたり、あるいは戦おうとしたり、その感情の荒波をやり過ごすためフリーズしたりする。全身が粟立ち、心拍や呼吸が上がり、体の各所に堪えきれない痛みや叫び出したいほどの心の痛みを感じる。薬を飲んでも効果はなく、ときに上記の症状は何日も続き、全く眠れないこともある。

こうした症状は、トリガーがなくとも、フラッシュバックとして突発的に生じることもあるが、自身のトリガーの位置を把握してそれを避けることで少なからず予防ができる。
他者から見ると何が起こっているかわからず、ただ理不尽に敵意を向けられているように見える場合もある。本人はその様子を見てさらに、自身の苦痛が理解されないことで孤独を深めていく。自身ではその苦痛の最中にある時その症状を説明することは難しい。
被害体験に対する認知も偏ってしまい、客観的に見たら明らかに非がなくとも、被害体験を自分の責任だと感じ、希死念慮や自傷行為を行なってしまったり、自分のことも自分に向けられる優しさも信用できなくなってしまう。自分を大事にできなくなってしまうのだ。

感情障害や適応障害、発達障害、依存症、不眠症と診断された方の中には逆境体験に伴う心的外傷が隠れている場合が多くあるし、HSPと自己診断している人の中にも多いと考えられる。上記疾患が前景にあっても長引いている場合心的外傷に対するアプローチをすることで劇的に改善する場合もある。

この病気を診断、治療することは日本ではとても難しい。内服治療で治るものではなく、対症療法も効きづらい。下手な処方ではより悪化する。
一般的な精神科や心療内科では治療ができないことが多く、現在有効とされている治療の多くは侵襲性が高く、特に重症者に対しては治療の継続が難しい。保険診療内でできる治療は限られており、有効な治療を受けられる医療機関につながることが難しく、それが存在しない地域が多い。

それこそ、理解ある彼くんに救われたり、水商売や反社会組織に居場所を見つけたり、自己治療的に酒や違法薬物を使用したり、自死に至ったり、という流れが当たり前である。たまたま運の良かった人が専門家の治療を受け回復することもある。治療者から見ても大変理不尽な話だし、こうした人たちに対して筆者はどうしても同情的になってしまう。
こうした適切な支援を受けることが難しい現状にはどうにか変化してほしいと願っている。

長くなってしまったが、被害者の体験する後遺症の苦痛と、社会から受ける孤立感と理不尽さの一端でも読んでくださっているあなたに伝えることができただろうか。

そうした中で生じる自分に苦痛を与える全てに敵意を抱き、無関係のものまで焼き尽くしたくなる気持ち。
理不尽ではあるがある程度了解可能ではあるのだ。
被害者になり救済されないことは、ヒトとしての形を失ってしまうほどのものだと思う。
しかしそれでも、被害者自身が理不尽を与えてしまう側になってはいけない。それは回復から離れてしまうからだ。

あくまで被害者を理不尽な目に合わせたのは加害者である。苦痛を感じているのは自分自身の症状ゆえ。
その症状自体を克服しないと永遠に苦痛は繰り返すことになる。
怒りや敵意が本来向けられる適切な相手はあなたを過去に傷つけた加害者に対してのはずだ。
その激烈で突発的な怒りは本当に今のあなたのものなのか?

この「自分に苦痛を与える全てに敵意を抱き、無関係のものまで焼き尽くしたくなる気持ち」を今の彼らが表出することを肯定されてしまったらどうなるか。
こうした感情の発出は一時的には本人の苦痛や症状を和らげる。鎮痛剤が腰痛を一時的に和らげるように、酒がいっときの疲労を紛らわすように。
つまり“癖になる”のだ。

他責の弊害

腰痛を和らげるための鎮痛剤が、ブラック労働者にとっての酒が、被害者にとっての「理解のある彼くん」だったり、「フェミニズム」だったり、時に自分の子への虐待だったりインターネットでの攻撃だったりする。
どれも苦痛を和らげ、爆発的な感情の発出を許してくれる。


先に書いたように、被害者には症状として「自責」がある。治療の過程で、被害を受けたこと自体はあなたが悪いからではない、と理解することは回復過程においてとても重要で、そこを解消することで「自責」という形で自分へ向いていた怒りが、加害者への「正当な」怒りへと変わる。
そしてその怒りを過去に生じたものと受け入れ、今現在の安全を感じることができるようになり、そして回復を、自身の幸福を目指すことができる。

フェミニズムの根幹は男性嫌悪と他責である。
特に男性からの被害を受けた女性にとってフェミニズムは、「全ての男性が悪いから女性であるあなたは悪くない」と「自責」から簡単に解放してくれる手段の一つである。大きな枠組みに責任を負わせることで、当事者として向き合う必要がなくなるのだ。そして当事者として向き合うことはとても苦痛で多くの労力を要することだ。
実際、こうしてフェミニズムをインストールすることで永遠に続くと思われた自責の苦しみから救われる人は少なくない。それ自体、彼らの地獄のような苦痛を見ている身としては致し方ないと思う部分もある。
フェミニズムがある意味で救っている人たちは多くいると思っている。

しかし、先がないのだ。
怒りから抜け出せなくなるのだ。
だって彼女が怒っている対象は本来怒りを向けるべき対象とは別だからだ。
他責の弊害は、自分の正当な怒りが見えなくなってしまうことだ。

穏やかな心で生活できるように

フェミニズムをインストールすると、自責からの解放、という有益な効果はあれど、他責性をもセットに取り込んでしまう本来の加害者への「正当な」怒りではなく、無関係な社会の半分を占める属性への「理不尽な」怒りが自責からの解放にくっついてきてしまうのだ。
それは、怒りという苦痛から解放されることにつながらない。
苦痛から抜け出すには、自身の正当な怒りと向き合って、身を灼くほどの激しい怒りを、過去に自分が体験したものだと理解するしかないその怒りは、過去にあなたが受けた被害に対するもので、今のあなたが感じているものではないし、今のものとして感じてはいけないものだ。

フェミニズムは彼女らの過去から生まれた怒りを、別の対象に置き換えていつまでも現在に呼び起こし続け、苦痛を伴う怒りから彼女らを逃さない。社会の半分が敵であると定義することで怒りの炎を絶やさず、彼女たちに穏やかな感情や安全で安心して過ごせる環境を提供しない。

私はフェミニズムは後遺症を負った女性の被害者にとって一時の安息所として機能することを否定しない。有効な対症療法の一つだと思う。
しかし、それは回復のための通過点であらねばならない。
後遺症を負った被害者たちは辛い体験から生まれた怒りの炎を鎮火し、社会は敵ばかりではないと理解し、穏やかで安心できる生活を送るべきだからだ。

一個人の幸福を追求し怒りを抱かない穏やかな生活を送れるようになるのが回復のはずだ。

これはフェミニスト以外の、被害体験がなくとも、インターネットで怒りを表出する人には考えてほしいし、自分への戒めでもある。

その怒りは、本当に今の自分の怒りだろうか?

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