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Open flowers

山の上では、すこしだけ風がふいていて、
乾いた白い花崗岩のすき間にぐいっと伸びた草たちは、ゆっくりと、あくびをして、その茎や葉を伸ばしてストレッチしているところでした。
その向こうには、たのしげなシルバー色した蝶たちが上下にはずむおもちゃみたいにゆれながら日の光を反射させてきらきらと飛んでいました。

わたしはその様子をぼんやり見ながら、一足ごとにジャリ、ジャリと音を立てる地面をなるべく音を立てないように注意してふみしめながら、もう少し歩いてみることにしました。

立体すりガラスのようにもやけた霧のかかったその辺りの空気は、つめたいのと、なまぬるいのが交互に重なっていて、
その重なっているすき間に、樹木の皮だとか、花の蜜だとか、さまざまな葉っぱ、カラフルな土の、強烈な香りと色がはさまってにじんでいました。

息がくるしい!
なまぬるいのは吐き気がするし、つめたいのは息もできない。
くるしい、くるしい!

ついに目から涙がぼろぼろとでてきて、まぶたの間にもぐっていたホコリが、
今だ!とばかりにボートに乗りこんで
オールを漕ぎながら涙の滝をすべり、急降下して頬をつたってゆくのでした。
その涙は、バタフライピーのお茶のように、青い色をして、いつまでも温かく
風化した花崗岩のしろい土や岩のくだけた上にぽたぽたと落ちて、ゆっくりとしみこんでいきました。

涙はとめどなくながれたので、地面はとめどなくうるおい、ホコリは元居た故郷の土に帰る事ができました。
空気中を飛び交っていたタネたちがそれを目ざとく見つけ、涙のしみた土の布団へ飛び込んでいったので、
その後グイグイと殻をやぶいて、根をあっちこっちに広げて、あっという間にその山の上には、さまざまな草が青く生いしげっていきました。

わたしはうしなった水分を補給するため、
その場を離れようとすると、草たちはたのしそうにつぎつぎとあまい香りの花を音を立てて咲かせていきます。
すいこむと、おなかの底まであまい香りが満ちて、はきだす息までもがあまく、それは花の形になっています。
さそわれるままに花々の蜜をすい、
茎を折って苦い葉を噛むと、身体から冬が出ていって、春の身体へ、みるみると変化してゆきました。

それは、足の指先から、金色したピカピカの温泉にしずかに浸かってゆくようなあたたかさ。
足の甲、かかと、くるぶし、足首、すね、ふくらはぎ、ひざ、太ももへゆっくりと広がっていきました。
そして喉元からは、もっとスローダウンして、顎、くちびる、鼻先、ほほ、、、
目をあけて、眉まで来ると、
そのあたたかさはついに頭のてっぺんまで届いてそうして、しまいにはどうなったかというと
頭の上から、芽が出て葉が伸び、ほんのちいさな花のつぼみまで出現して、かわいらしい花を咲かせました。
わたしは感謝の気持ちを込めて、足元の土の中から美しいガラスを取り出して、それを石で砕いて糸を通すと、草たちの元へ飾りました。
その瞬間、胸の中に隠しておいた(ラブ)が、蓋を開き、次々と飛び出していって、上空へ登ってゆきました。
それは、雲をつきやぶって、太陽に照らされると、また散り散りになって、四方八方へ飛んで行きました。
実は、そんなことは本当はごくありふれたことでしたが、わたしはそのことは知らずに、こんどは胸を打たれてまた涙をながしました。
すると突然、大きな顔が現れて、ティッシュみたいな声で、言葉で、優しく、顔を拭いてくれました。


気づけばもう、青水色の空にちいさな月がでていました。
今日は、ここから少し登ったところにある山小屋に泊まります。
それでは、みなさまさようなら!どうかお元気でいてください。またお会いしましょうね。


2020 May Karin Okamoto

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