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「今、人生楽しくないでしょう?」

面と向かってそう問われ、わたしは強い反感を覚えた。なんでそんなこと言われなあかんの。

夏は海にフェスにバーベキュー、冬はスノボに鍋パーティー。毎月のように旅行に出かけ、毎週のように飲み会にドライブにクラブイベント。当時のわたしは絵に描いたようなリア充だった。お金はあんまりなかったけれど、まわりには友だちも、友だちの友だちも、よくわからない男のひともたくさんで、いつもだれかと連れ立って、昼も夜もなく遊びまわっていた。そんな賑やかな毎日が、楽しくないはずないやんか。

そのひとは、もごもごと否定の言葉を繰り返すわたしの目を見て言った。

「もっと、心から楽しいと思えることをしたほうがいいですよ」

「心から、楽しいと思えること……?」

鈍器でガツンと殴られたような衝撃が、わたしを打った。見栄。自尊心。作り上げられた楽しいわたし。そういったものがいっせいに崩れ落ち、ぼろぼろと涙になって溢れ出た。自分でもわけがわからなかった。

「自分の内面と向き合うようなことが向いていると思います。たとえば読書とか、音楽を聴くとか」

初対面のこのひとに、わたしのなにがわかんねん。頭の表面では思うのに、涙は後から後から止まらなかった。そのひとは占い師でもなんでもなくて、小さな整体院の先生だった。

当時、わたしは原因不明の息苦しさに悩んでいた。いくつかの病院で検査を受けても体のどこにも異常はなかった。その整体院に通う知人から体の不調が改善したという噂を聞きつけて、すがるような思いで来院したのだ。

体の歪みを治すための施術を受けて、ぱつんぱつんに泣き腫らしたまま整体院をあとにした。季節は冬の入り口だった。陽は落ちて、すっかり冷え切った街はどことなく寂しげだった。ほとんど無意識にスマホを手に取り、だれかしらの連絡を待っている自分に気づく。家に帰りたくなかった。家族同士が揉めていて、衝突を和らげるための、いつだってわたしは緩衝材になるしかなかった。

心から、楽しいと思えること……

胸の内でつぶやきながら、自分自身を引きずるようにして帰路を辿る。それにしても泣きすぎやろ。湿った息を吐き出して、大きく吸い込む。憂鬱と気恥ずかしさとすがすがしさが混じりあい、胸いっぱいに満ちてきた。

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