目醒め

目の中にメンソレータムが入ったみたいな、そんな感じ。すーすーして、爽やかな何かで殴られたような、でも殴られたってほど乱暴な感触はなくて、衝撃を食らったような感じ。

あの頃はもう戻ってこないのだ。

そう思い知った時間だった。最初は当たり前で何とも思わなかった景色。それから色々なことが沢山あって、待ち望んでいた、待ち望むようにしていた景色。目の前に広がる光景を夢のようだと思った。この景色にこの場所で、再び出会えたことがすごく幸せだと思った。

でもそれは、あの時がもう戻ってこないことを、強く、強く私に刻み付けた。

あの場所に立っていたこと、そこに全てを懸けていたこと、分かち合う仲間がいたこと。色んな瞬間が走馬灯みたいにフラッシュバックしてきて、懐かしいなんて感情だけじゃ抱えきれなくなった。その全てを愛しいと思ったし、誇りに思っていた。でも急にそれが、過去の栄光だということを、今更ながら思い知ったのだった。いつまでも、この場所にはいられない。それは決別の瞬間だった。浅はかな考えかもしれないけど、甲子園球児の夏の終わりはこんな感じなのかもしれない。夢の終わり。夢から醒めて、私は前を向けるだろうか。


どうしようもなくまだ好きなんだ、と思った。やっぱり、好きな声がそこからした。

どう、接したらいいかわからなくなってしまった。目がうまく見れない。変に愛想をよくしてしまう、かわいこぶってるのかな。

今までは思い出の中の、空想の中のその人と対峙していたから、大丈夫だった。私は意外と大丈夫で、生きていけるってそう思ってた。でも目の前にしたら、弱くて脆くて、風に吹かれて飛んでいきそうな私がいた。帰り道、一人になりたくなくて、このまま誰かに抱かれたい、なんて思ってしまった。

一緒に行った場所を通っても、最寄り駅を通過しても、今まではそんなことなんて無かった。でもたぶん、青春の6割の置き場所であるここで、久しぶりに会ったこと。それは私にとって、大きなことだった。

切ない気持ちでいっぱいになった。

帰りたくても、もう帰れない。手を伸ばしても、もうそこには何もない。

鞄から、昔もらった手紙が零れ落ちていた。もう二人はそこにいない。

手紙をつい、読み返してしまった。目頭が温かくなっていく感覚。でもあの頃みたいに、大粒の涙は流せなかった。涙は、零れなかった。

私の涙はもう、多分枯れてしまった。

涙が枯れたから、気持ちが途絶えたわけではないと思う。でも私も、もう泣けなくなっていた。その変化を、前向きに解釈したくなる。

あの人が何を考えているか、何を思っているのか。自分だけじゃわかりようのない問いを抱えては、悶々としている。それでも今の私にとって辛いのは、自分だけがそこに留まりつづけていたこと、もう跡形もなく私の痕跡が無くなっていること、なのだと思う。

どうか忘れないでほしい。何でもしたかった私と、何でもしてくれたあの人と、二人を。失くさないでほしい。もう思い出の中でしか、生きることができないから。

何にもわからないから、もうわかるような自信なんて持てないから、あの人の中での私自身の喪失の感覚を感じては、苦しくなる。それでもまだ私は生きてるって信じていたくなる。

この日々に終止符を打つために、もし失くしても、またいつか思い出してもらうために、今、ゆっくりと顔をあげる。

今日は曇り空。

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