レストランそれぞれ
小さな島の、とあるお話。
この島には人が住む。
娯楽はあるし医者もいる。治安も決して悪くない。
島民たちはそれなりに楽しく、それなりに苦労しながら生活をしていた。
ただ唯一この島には足りないものがあった。
それは、食べ物。
島中をどんなに歩いても木の実やキノコは採れないし、海には魚もいやしない。
そんな中、島にはひとつだけレストランが存在しており、この店だけは毎日どこかから食材を調達しては島民に料理を振舞っていた。
食材をどこから調達しているのかは分からない。
さあ、今日もレストランには島民たちが押しかける。
わずかな食材と、それなりに美味しい料理を求めながら。
店内に入るとまずは食券を買わなければならない。
島でしか使えない通貨を券売機に投入し、食べたいメニューを選択する。
手に入れた食券をカウンターに出せば注文完了。
ところが、今日は店内の様子がおかしかった。
誰一人として料理を食べている人間がいないのだ。
見渡せば店内は満席。今日も島民全員がこのレストランに来店している。にも関わらず、誰のもとにも料理が提供されていなかった。
待ちぼうけを食らった客たちは、誰も彼もが不満を隠さず、ホールや厨房のスタッフたちを怒鳴りつけた。
「料理はまだか。」
「食券は買っているんだぞ。」
「いつまで待たせるんだ。」
「オーダーは通っているんだろうな?」
「そもそも本当に作っているのか?」
島民たちから様々な声が飛ぶ。
すると店の奥からオーナーらしき人物が現れた。
オーナーは、島民たちに向かって頭を下げる。
「お待たせしてしまい、申し訳ございません。」
それはピンポイントでその場の誰かに向けられた言葉ではなく、その周辺にいる「誰かたち」に対する謝罪のように聞こえたし、実際きっとそうだったのだろう。
頭を下げたまま、オーナーは続けた。
「実は食材を切らしてしまいました。料理をお出しすることはできません。」
「なんだそれ?」
「散々待たせておいて食材がないなんて。」
「どういうことだ。詳しく説明しろ。」
「大変申し訳ございません。」
オーナーは先ほどと同じセリフを繰り返した。
「じゃあもういいよ。食券買っちゃったから、返金してよ。」
「それが、一度お支払いいただいた代金はお返しすることができないのです。」
「なんだと?」
「ふざけるな。」
「金返せ。」
次々と飛び交う言葉に対し、またオーナーは繰り返す。
「申し訳ございません。」
会話にならない。
事情説明にもなってない。
頭は最初に下げたまま、ずっと床に向かって謝罪をしている。
店内の空気が混乱と怒りに満ちていく。
そんな中、どこかの客が厨房の奥を指差した。
「おい、あそこで店員が美味しそうな賄い食べてるじゃないかよ。」
目をやると、確かに料理を口に運ぶ店員を確認することができた。
そもそも客を差し置いて店員だけが料理にありつけている時点で物議を醸しそうなものだけど、それに加えてわざわざ客から見える場所で食べているものだからタチが悪い。
「どうなってるんだ。」
「この島に食べ物が少ないことくらい知っているだろう。」
「店員だけ特別か?」
手を出したい気持ちをグッと堪え、島民たちは声をあげる。
すると客席から厨房に入っていく者の姿があった。
「私に任せてください。実は昔ちょっとばかし料理をしたことがあるんです。」
自分で料理を作ることができない島民たちにとって、その姿はまるで救世主のようだった。
「助かった!」
「いいぞいいぞ。」
「厨房には美味しい食材があるに違いない、なんでもいいから作っておくれ。」
店内に溢れかえる客の期待を一身に、その人物は慣れた手つきで料理を作り始める。
トントントン…
ザッザッ…
ジュウウ…
いい匂いが客席を包む。
誰もがその人物をヒーローだと思った。
しかし、客席から声が飛ぶ。
「ちょっと待て。あいつちょっと怪しいんじゃないか?」
「そうなのか?」
「なんでも昔、賞味期限が1日切れた食材を使って人に食べさせたことがあるらしいぞ。」
「なんだって?」
店内に不穏な空気が立ち込める。
オーナーや店員は下を向く。
「賞味期限切れの料理を人に食べさせるだなんて。」
「そんな人間がヒーロー気取りで我々に料理を出そうってのか。」
「おい、今すぐ下がれ!」
店内の意見がまとまった。
レストランの従業員以外で料理を作ることができるのは、この人物しかいない。
しかし、過去の失態が浮き彫りになったばかりにヒーローはたちまちその立場を追われてしまった。
話が振り出しに戻る。
厨房の奥で賄いを食べる店員たちを除いて、まだ島民は誰もご飯を食べていない。
オーナーはまだ床を見つめている。
その後、全く動かない店員を見るに見かねて料理にチャレンジし始める客がチラホラと現れた。
しかし、当然ながら上手く調理することはできず、その不甲斐ない姿を見た他の客からバッシングを受けては背中を丸めて退店してしまった。
悪いのは誰だ?
誰が料理をすれば満足なのだ?
わけが分からなくなってきた。
目が回る。
空腹に耐えられなくなった人々は、そもそも何が不満だったのかすら分からなくなっていた。
するとその時、レストランの扉が開いた。
店の外から見慣れない人物が顔を覗かせる。この島の人間ではないのかもしれない。
「誰だあんた?」
「みんな、こんなところでナニしてるんですか?」
「店のやつらが料理を作ってくれないんだよ。あんたも腹が減っただろう?」
「いや、私は大丈夫。なぜなら隣の島から来たからです。」
「隣の島から?どうやって?」
「実は長い長い橋が架かっているのです。それを使えばお互いの島を行き来することができますよ。」
「なんだって?それは初耳だ。」
「ただし、その橋はとても長くて危険です。覚悟して渡ってくださいね。」
そう言い残すと、隣の島の住民は扉を閉めた。
橋を渡れば他の島に行くことができる。
そこにはきっと食べ物もあるだろう。
ところが不思議なことに、誰一人としてレストランから出ようとする者はいなかった。
相変わらず、延々と、客席からは誰かに対する非難が起こる。
解決策は分からない。
そろそろお腹が減って動けない。
思考が止まる。
客は全員椅子の上。
オーナーはじっと床を見つめて立ち尽くす。
目は、合わない。
「申し訳ございません。」
その姿勢のまま、また同じことを呟いた。
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