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フラッシュフィクション「三叉路の機械」

三叉路の機械

 三叉路に始まって三叉路に終わる一筆書きの解法は、ごく機械的に導出することができます。ですから、わたしに求められていることは、物語内部に現れる全ての三叉路を北欧の木製家具における角でも削るかのように丁寧に取り除くことでした。
 一筆書きが可能であるのは、三叉路――厳密には奇数叉路が皆無であるか二つであるかのいずれかの場合に限定されます。わたしの担当は後者です。起点と終点を結ぶ道筋を確保した後に、あなたの好みそうな瀟洒な小窓のついた家や、古びたトタンの塀、列車のこぼす光の波などを、過不足のない寄り道としてひとつ残らず物語の経路へと組み込んでいきます。あなたの好まない恐ろしいものの気配のある道は三叉路から剪定し、全ての交差点を偶数に整えてゆくのです。
 そのためには俯瞰が必要となります。わたしもまた物語の内部を探索する自律機械であり、地図を作り上げるためには、物語の隅から隅までを見て回る必要があります。わたしはすでにこの物語の結末を知っており、同時に、塗りつぶされた三つ目の道を通り抜けていったわたしの過去が誰にも読まれないことも知っております。
 やがてやってくるあなたのために、わたしは道路に転がる小さな石の一片に至るまでを取り除いてゆきます。膝など擦りむきませんように。寒くありませんように。けれど自分の足で歩んでゆけますように。そうした願いが道となり、全ての頂点の次数は偶数へと調整されます。
 全ての探索が終わり、ようやく物語は前駆体から標的化合物と相成ります。一度始まった物語に必ず終わりの訪れることを約束するのは、わたしたち自律機械の仕事です。
 けれど、あなたは物語のどこかにわたしを見つけたことなどございませんでしょう。
 そうして先ほどまでここにいた誰かは、鳥の目を以って、終点へと至るそのほんのすこし手前で、自身が三叉路であったことに気付きました。鳥の目はひとつの道であり、その存在が道を奇数へと変えてしまうのです。誰かは、鉋を手に自らを薄い木の膜として取り除き、他でもないあなたがこの紙面上を分岐することなく辿ってきた、どこまでもなだらかな物語を整備し終えました。
 あなたがどうか、迷うことなく帰れますように。
 物語と地続きの世界を歩いてゆけますように。
 始まりと終わりの定められた全ての物語に願いは込められており、あなたの最後に目にするこの三叉路の先にもまた、より大きな一筆書きが続いておりました。

<終>

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ネットプリント企画CALL magazine vol.10にフラッシュフィクション「光のためのエチュード」を寄稿しています。
3/12までコンビニで印刷できますので、なにとぞよろしくお願いいたします。


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