喋る動物と情(ショートショート)

放課後に、生物学の先生であるヘレン氏は科学研究クラブの顧問として、理科室を訪れた。
理科室の入り口が見えてきたあたりのところで、ガチャンという何かが割れる音が理科室から響いた。
ヘレン氏は生徒が実験中に怪我をしたのかもしれないと思い慌てて、走り、理科室のドアをあけて、中の様子を見た。
そこには、いつもの研究メンバーである3人がいて、薬品を入れていた瓶が割れて、床の上に破片が散らかっていた。
ヘレン氏は、割れた破片に書かれたアニマルスピークという薬品名を読んで、「誰が瓶を割った」と聞いた。
すると、皆少し前に入ってきた一年生に責任を押し付けあうようになった。
ヘレン氏はやれやれ、これだから子供の相手はしんどい正直に名乗り出たらいいものを、こんなにも時間をかけるのだから、と思って早めにきりあげることにした。
ヘレン氏は、「ふぅ、お前たちぼさっとしてないで、割れた破片の整理をすればいいじゃないか。」と言って、理科室の奥にある掃除道具入れから、ほうきとちりとりを、持ってきて、割れた瓶の掃除をした。
生徒たちは、怒られると思っているのか、びびって動けなくなっているようだった。
確かに数日前に、「ここにある薬品は危険だから、触るな」と言ったが、薬品が入った瓶が割れたくらいで、生徒たちが、これほど恐縮するとは思わなかった。
こんなことが、2日ほど前にあったという話を居酒屋で同僚の智和先生と喋っていた。
智和先生はその話を聞くと、「生徒たちに向かって、俺は友達じゃないとか言って、壁を作るからじゃないですか。」とべろべろになりながら言った。
ヘレン氏は、「あなたみたいに、生徒たちとなれ親しく接するのが、苦手なんですよ」と言い
テレビの方に目をやった。
飼い主のkさんが飼っている犬が突然喋り出して、面白いからと、動画を投稿したところ、話題になったという。
智和先生は、「あんなの編集してるに決まっているじゃないですか」と言って、笑っているが、ヘレン氏にはこの原因に心残りがあるため、笑えなかった。
生徒たちが割った瓶に入っていたアニマルスピークというのは、投与した動物を喋らせることができる薬物で、体内に入るとウイルスを発生させて、他の犬にうつす場合があるからだ。
もし、編集だったら、マスコミがこんなにも騒ぎ立てるわけがないだろう。
kさんの動画は、ただの編集動画であると、誰もがそう思っていたが、テレビの場面が切り替わり、動物園の動物たちも喋り出したというニュースが流れた。
誰かの動画というわけでもなくアナウンサーが実際に動物園に行っており、ゾウやライオンたちと仲良くおしゃべりをしている様子が流れた。
スタジオでこのVTRを見ている人の中には、ヘレン氏の知り合いの生物学の教授がいたのだった。ヘレン氏はアニマルスピークの存在が暴露されてしまうのではないかと思い「あの薬の存在を知られてはいけない」と念じながらみた。
教授は、「人間の言葉を彼ら動物が理解しだしたということでしょう」と言ってごまかした。
ヘレン氏はあの教授と一緒に学生時代研究をしていた。
その時マウス実験の際、喋り出した実験用マウスとその感染力の高さから、危険薬物とみなされて、厳重に保管すべき代物だと、教授は、薬物を作ったヘレン氏に、言って、渡した。
ヘレン氏はその時のことを思い出しながら、こんなことで誤魔化すことができるのかとおもいながら、店を出て、ヒヤヒヤしながら、帰った。
それからというもの、動物が喋るということに慣れてきて、ディズニーの世界に来ているような感覚になった。
街を歩いてるときに、丸々と太った鳩がゆっくりと首を揺らしながらのさのさと歩いてきた。
ヘレン氏は、鳩をからかってやろうと思い「すごく太っているな」と言うと、鳩は不機嫌な顔になり、「余計なお世話だ」と言って返した。
その後、あの時勝手に帰ってしまったことを、智和先生に謝ると、「いやぁいいんですよ。でもあれまだ僕、酒が抜けてないみたいなんですよ動物が日本語を喋ってるんですよ。でも病院の先生に相談に行ったら、正常だって言うんですよおかしくありませんか」と言った。
ヘレン氏は、相変わらずよく喋る人だと思い「本当に動物が喋ってるんですよ」とだけ呟いた。
そして、昼飯の時間になり、ハンバーグを食べていると、生徒が「先生、これ知らないんですか」と言って、とあるYouTubeの動画を見せてきた。
その動画は、食肉となる牛や豚や鳥の断末魔の様子が流れていた。
もちろん人間の言葉で、きゃー助けてや殺さないでといっている。
ヘレン氏は「牛や豚の命を犠牲にして、俺たち人間は生きているんだ」と言って、ハンバーグを食べ続けた。
すると、生徒は「なんでそんなことができるんですか…ヘレン先生は、かわいそうだと思わないんですか…」と言って怒り出した。
ヘレン氏は気持ちはわかると思って「…」と言った。
あれから、食肉を食べなくなって、ビーガン生活になった。
ヘレン氏は肉が大好きなので、あんな薬を開発しなければよかったと心底思ったのだった。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?