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偽り(ショートショート)

野良猫が彷徨う路地に、少女はいた。
少女の近くには、親らしき人物は見当たらない。
まるで、薄暗い灯りが灯る路地に、溶け込んでいるようだ。
ガヤガヤ、ガヤガヤという賑わいを、みせてくれれば、奇妙さが少しは軽減できるのに、今日は静かである。
ニャオー、ニャオー、
少女には、1匹の黒猫が、心配して、話しかけてきたように思えた。
「どうしたの、私は平気だよ」
ニコリと笑いながら、そういうと、猫の頭を強く撫でた。
すると黒猫は、嬉しそうな表情をして、少女の体に、毛皮を擦りなついてもいいかと、合図を出す。
「君も一人なんだね、心配することないよ、」
そう、少女には一人ではなく一匹友達がいる。
そしたら、カップルらしき人が通り過ぎた。
「あぶないじゃない、猫が怯えてるよ、噛まれるわよ」
少し、おっせかいなきつめな女が、囁いてきた。
それを耳で覆い隠すことができたら、どんなに嬉しいだろう。
少女は、狂ったように、「この子は、少し怖がってるだけで、怯えてなんか、怯えてなんかいないもん」と連呼した。
その場にいた彼氏が、少女から、彼女を切り離してくれたけど、心に蚊が刺さった気になった。
どうして、信じたい夢をみさせてくれないの、痒い、痒いよ
気づいた時には、黒猫はいなくなっていた。
とぼとぼと、歩いていると、後ろからなんだか気配を感じて、振り返った。
植木鉢に入れられた鉢が、風に揺れているのが少女には不気味に感じてひたすらに走った。
息が上がって、走るのを辞めて冷静になった時、なんで無駄な走りをしてしまったのだろうと後悔の念が襲ってくる。
家の、通気孔から、カレーの匂いがしてきた。
「カレーを食べたいな」とぼそっと呟いたが、金も持ってないので、カレーを食べた気になるしかない。
「クンクン、これは美味しいカレーの匂いだぞ、きっと味が濃くて、ご飯二、三杯はいける美味しさに違いない」
架空のスプーンを、手に握って、匂いが染み付いている空気を口のほうへ持っていた。
「美味しい、美味しいよ」
少女は涙を流した。なぜなら、母親に作ってもらった日のカレーを思い出したからだ。
そんな少女の前を10円が転がってやってきた。
よれた服を引っ張って拾った10円を拭きながら、「ふきふきふき」と無邪気に呟く
何も買えやしないが、大切に握りしめて人知れず、街中をとぼとぼとぼ目的もなくひたすら歩く
歩いていくと、腹が減ってだんだんだんだん、歩く気力を失って立ち尽くすことしかできなくなり、とうとう膝から崩れ落ち倒れた。
朝、水分を抜き取るほどの日差しと、ちくちくしたものが襲った。
チクチク、チクチク、タワシで突かれてその不快感は、少女のまぶたの奥に表れた。
少女は、自由自在に泳げるウニに、襲われる夢を見た。
海に行ったときに、たまたま見たトゲトゲで痛々しい印象をしたウニが現れたのだ。
悪夢にうなされて、必死に起き上がった。
「がはぁ、がはぁ」
それはまるで、少女が息を吹き返したようであったので、たわしを頬にツンツンしていた婆さんは驚いては、飛び上がった。
「あんた、ひどい熱中症を起こしてたんだよ、私がドライアイスをあなたのおでこに当てて、タワシで頬をツンツンしてあげたことに、感謝するだね」
驚き終わると、婆さんは妙に上から目線の口調で、こう言った。
「ありがとうございます」
「ところで、母さん、父さんは、どこにいるか知ってる」
「母さんと別れて、今はどこにいるかわかりません、父さんは、住んでたマンションを解約してどこかへ行きました。」
「なら、お母さんとどこで別れたか覚えてる」
「確か、黒いスーツを着た人たちがいっぱいで、横たわっている母さんに花束を渡した後、焼かれてしまって怖くて怖くて、それで父さんもおかしくなって、控えていたお酒もいっぱい飲むようになっちゃったしで、散々で」
「なるほど、死別したってことかい。しかし、あんたの父親ろくでもないね、あんたも探しもせずに、こんな場所へ捨ててくなんて、」
おばさんは、深く息を吐くと、何かを決意したように、「あんた私の家族にならないかい、そういう事情なら、息子夫婦もわかってくれるだろうし、あんたみたいな可愛いお姫様が、孫になってくれたら、こんなに嬉しいことなんてないからね」
少女は、ここまで赤の他人が、自分のことを気にかけてくれるという感覚が、初めてだったから、どんな顔すればいいかわからなくて、きずいたら、深くお辞儀をしてきた。
その後、息子夫婦に、そのことを話したら、少し迷惑そうな顔をして、「なんだよ、急に拾ってふざけるな、警察には相談したのかよ」と言い出し、口論になった。
すると、穏やかだったおばさんの表情が、鬼の形相のようになり、「人の心を持ちなさい。あんたは、この子を施設送りにして面倒ごとから、逃れられたらそれでいいんでしょう」と呟いて、攻め立てた。
「しかし、自分の子はまだしも、他人の子を食べさせる余裕なんて、俺らにはないぞ。」
そう言った息子を平手打ちにすると、少女に向かって何度も何度も繰り返し謝った。
「ごめんなさい、私が勝手に話を進めようとしたから、」
息子夫婦は、謝る母親の姿をみていると、仕方ない、家族の一員にしてやるかと呟きたくなる思いを必死に堪えた。
「警察にでもなんでも私を突き出してください施設に入って元気に暮らそうと思います。気にかけてくださいありがとうございました。」
少女のこの言葉が、突き刺さり、息子夫婦は、「ごめん、小学生のあなたに、そんな気を使わせて、ただ面倒ごとから逃げたかっただけだったんだ。ほんと情けないよなぁ、今は、偽りの家族かもしれないけど、いつか本物の家族にしよう」と、熱く宣言した。


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