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予祝/MABATAKI美雨という花の靴屋さんについて

こちらはアンソロ『花を履く人々』寄稿文です
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【予祝】よしゅく。あらかじめ祝うこと。

花をお洋服や髪にいっぱいにあしらった、童話やファンタジー、あるいは額縁の住人たち。
花で着飾った姿というのは、内面の愛らしさやたおやかさまでもを花ばなが引き出してくれるように思える。清らかな百合が似合う人、可憐なすみれが似合う人、花の王さまみたいな薔薇を背負って笑うのは豪奢だ。
たとえばアルフォンス・ミュシャ、中原淳一、シシリー・メアリー・バーカーのフラワーフェアリーズ。「花をまとう人」というモチーフを愛する作家はすぐに指折りして思い浮かぶし、絵を描く人ならほとんど皆、女の子にたくさんのお花を添えたことがあるんじゃないかと思う。
ところで、現実の日々はどうだろう?
レースや宝石はいつものアクセサリーにしておけるのに、本物の花となると、常日頃から身につける方法は限られてくる。宝石に比べれば花そのものはありふれていて、近くにいくらでも見つけられるはずなのに、その色やかたちを留めておくことは難しい。だから私たちは古来はおろか今なお、花に惹かれ続けているのだとしたら、その儚い遠さこそは「憧れ」の境地だなあと思う。

その靴へ、はじめて抱いた感情は憧れだった。
最初に見かけたのはインターネット。古い西洋絵画も友だちの撮った夕陽も、女の子もデパコスの広告も一緒くたに流れ込んでくるツイッターのタイムラインで、それは海の向こうみたいに遠くて、とても遠くて眩しい感情だった。

靴のヒールに花かあ!
なんて良い靴なんだろう。よく見知っているものがセンス良く工夫されているのを見かけると、感動するしなんだか嬉しくなってしまう。花たちがヒールに収まる姿はまず花束として素敵だったし、造花じゃないことも、それがきちんとした黒革の靴に収まっていることもこの上なく素敵だった。
花入りヒールの靴というロマンな存在の、最初からこんなに洗練されたものに出会えてしまって良いのかな?と嬉しくてしげしげと眺めた。素敵なアイデアが素敵なままでこの世界に生まれ落ちることはとても難しいように思う。ことに実用品は。よほどセンスが良いかよほど試行錯誤をされたか、そのどちらもなのだろうなと勝手に胸がいっぱいになる。すごいなあ。ちいさな画像を一生懸命に眺め回した。液晶の中でしんと光って佇んでいる、特別な靴。
それでも学生だった私にとって、特別な服飾品というのはよほどのファッション好きか大人のもので、雑誌の中にきらきらと眺める世界だった。たとえば心を奪われるような素敵なワンピースも、私に似合うかは別問題だしそもそも畏まってしまってそんなに袖を通せないのかもしれない。流行りだってあるだろうに、その引き際だって検討がつかなかった。特別を、普通の私は持て余してしまうと思う。だから花の靴のことも、ただ絵画みたいに眺めて気に入っていた。

だから、気づいたら絵の中にいたみたいだった。
想像力がひょいと、額縁を飛び越えてしまって目を丸くした。顔を上げたら靴に手を引かれていた。
想像力がすうっと手元に下りてくるみたいだった。その靴はたしかに特別なのに、不思議なことには日に日にちっとも遠くないように思えていた。なんだか「履ける」という確信があってイメージできた、いつもの白いソックスとワンピースを合わせた姿が。
あるいは、あえてカッチリした服装にストッキングと合わせて抜けさせてもいいな。レースみたいな透かしの靴下にも品の良さが釣り合ってくれるだろうか。
そうだ、まずは店舗に行こう。美術館にでもいくつもりで。そんなふうに憧れから一歩、手を引いてくれたのは美しさだけじゃなかったのを覚えている。

ドライフラワーが天上いっぱいに乾かされて、お店は空間まるごとスワッグみたいだった。お客さんが立ち代り入れ代わりして、フランクに試着を楽しんだり質問をしたりしている様子があまりにも和やかだったから、握りしめた手が緩んで救われる思いがする。蔵前がそもそも物作りをする人たちの町で、訪れる人たちもそんな土地を歩いてきているからか敬愛を持ってアトリエの暖簾をくぐるような雰囲気があってよかった。SNSや通販が主体になっている今でもこの雰囲気が滲んでいて素敵だなと思う。
そうしてホッとして、やっとお店を眺めてみる。
ネットで見た靴、見たことのない靴。アクセサリーもあるみたいだ。来て、よかった。靴の実物もクラフトマンシップも、胸に沁みるような美しさはネットで見たあの一枚と連綿としていた。本革とよく選ばれた金具、アンニュイでお洒落なブーケをそのまま鉱石に沈めたみたいな花の組み合わせ。それが人の手で作り出されて今ここに並んでいること。丁寧な説明とどこか嬉しそうな温かい接客まるごと、それこそ美術館みたいに眺めていられた。

大きくて真っ赤なダリアが一輪。一目惚れをして、優しく説明して頂きながら初めての靴を選んだのはもうその日のことだった。しばらくはお休みの日にはそればかり履いた。そしたら通勤の日が惜しくなって、一世一代のお買い物のつもりが数ヶ月後には二足目を探しにくることになった。


────というのが、とある一ファンのMABATAKI美雨さんとの出会いだ。こまごまと覚え書きを綴ってしまったけれど、結局はもっと純粋に
「私のこれからの人生はぜんぶ、靴に花が入っているのがいいなあ」
という鮮烈でのどかな、生きるよろこびの源泉みたいな気持ちがなによりもなによりも大きい。庭に桜や金木犀を植えたい、天蓋付きのベットにしちゃいたい。たとえばそんな気持ちの仲間だ。せっかく生きているから、その全部の日を1ミリでも嬉しいものにしたかった。
文章を寄稿するにあたり、この祈りを「予祝」だとほんの数秒で題していて、言葉が出てから頭が追いつくようにぽろっと腑に落ちた。神社や祭典の世界とも縁深い用語で、たとえば一年の初めに「今年も豊作であること」を感謝する祈年祭は「予祝」である。あらかじめ祝福することで、その祝福に現実が追いついてくださいねという考え方だ。
仕事や学校の毎日が続いてゆく。それでも毎日ブーケを用意してもらっているようなもので、足元から祝福されている。お出かけですね、ではお花をどうぞ。未来ぜんぶの自分に贈るつもりで、靴の棚が二足三足と埋まっていた。うれしい。

また、現在でははっきり言ってそんなかわいらしい祈りをぶち抜いて獣と化している。せめて気高い狼であること願う。あるいは猫を飛び越えて猫又になった。数年して、あれよあれよと十一足ある。まだ白いブーツも欲しいのに。
新しく発表されるものが全部良くて、もう!ファーサンダルも、鉱石みたいなカッティングも、花が溢れ出すような彫刻を取り入れたシリーズも、つま先の銀色も、レースみたいに花柄を切り込まれた革も、どれもこんなの知らない、いま世界で一番この靴が最高に決まっている、永遠を約束された一足だろうこんなのもう……私はいま崇高な使命でもってこの美しい靴を保護して町の景色に美術品もたらしている……!などと念じ出してしまう。そして履いても履いても実際その通りで大満足なので、これからも増えるということだけが分かります。
全部最高だけれど、個人的に最高の中の最高のお気に入りは『ルネラリックに魅せられて』。黒革に銀革のつま先、ごろっとしたお花が溢れるようなヒールの彫刻と中に収まる青い花たちもしっかり魅せてくれて、ガラスの繊細で静かな美が表現されているのを感じる。美術品を履いているというのに大変お洋服を合わせやすい。
ユリシスシリーズの細めの鉱石みたいな宿り方も好きだなあ。『解放』シリーズの、お花をしっかり楽しめる幅広の素直なハイヒールも好き。まるで靴そのものがレースみたいな『アンティークドレス』の合わせやすさといったら!『アントワネットの恋した香り』も、デザイン性は高いはずなのに大体何を着ていても気品たっぷりに似合ってすごい。ブラウンに這う白い模様がアントワネットの愛した白刺繍のイメージなのであろうネーミングセンスも、そこに金革の足首のベルトという組み合わせの妙も天才だと思う。
ここまで来たらメモリアルに一足目の『ガーデン』の話もしたい。つま先を残して、10cmほどの黒革が足の甲をぐるりと覆ってしまうミステリアスさ、後ろはストラップで引っ掛けるサンダルという抜け方。黒革の色っぽさが健やかに表れていて、一輪のジニアの赤が愛らしくて、こんな靴知らない、こうなりたい、これしかない!ととにかくどきどきした。背伸びをして大人に近づけるような特別な一足だった。
レコードシリーズはかっこよくてカッチリしているので通勤に愛用している。通勤時のみとはいえオフィスカジュアルに収まるかはやや怪しいものの、数年履き続けてとうとう上司に褒められたので勢いで勝てば官軍である。
語り出したらきりがないくらいひとつひとつが素敵なのは、何より、ひとつひとつを大切に考案して作製し、送り出されているお二人の在り方があるからなのだといつもいつも思う。本当にいつも有難うございます。

最後に、いつかはこちらの靴をと憧れている方に伝えたいこと。
MABATAKI美雨の靴は歩いた時にこそ本領を発揮する、ということ。とにかく歩きやすくて疲れづらい。
たっぷりと花の詰められたヒールというデザインの都合上、高さのある靴も多いはずなのに、個人的にはほとんど普通の靴のように履き回せて一日歩き回っても大丈夫だ。私のような低身長の人間にとって、履きやすいハイヒールというだけでももう救世主だ。また、多少形が合わない場合も調整やメンテナンスをして下さるから安心だ。
そして何より、履いたときに背筋が伸びるくらい靴の形が美しい。私が小娘で適当な靴ばかり履いてきたからかもしれないけれど、きちんと良い靴ってこんなに毎日の装いを格上げしてしまうのかと雷に打たれた。カッコいい。服と違って靴は毎日履いてもいいし何年履いてもいい、むしろいつものものを愛用することで深みすら出るような気がして、そういうお付き合いをしたい靴だし出来る靴なのかなあと思う。
趣味に刺さるというだけなら十一足も揃える勇気は出なかったと思っていて、靴としての実用性がこの愛を裏打ちしているのは間違いない。

ああ、本当は日傘やブレスレットやイヤーカフがいかに素敵に飾ってくれるかというお話もいつまでもしていたい。本当に、足元といわず素敵な花の纏い方を授けてくれるブランドなのです。

どんな日も靴を履かなければ外には出られない。そんな毎日の土台たるものが、頼もしくかつ美しい嬉しいものであること。似合いやすくて疲れづらいということが、どれだけその人を支えるだろう。ベーシックなものからデザイン性の高い靴まで、一期一会のMABATAKI美雨の靴。
これから生きていく足元ぜんぶに、花束を贈りませんか。





〇作者の靴箱のMABATAKI美雨一覧
(検索すると多分お写真が見られます)

・Garden/Black
・record /Black Lt yellow Rose x Blue Flowers
・鞘/からす色
・絵画を愛する猫
・解放/フェルメールの光
・ユリシス/青バラに留まる
・解放/真珠の耳飾りの少女
・ミュシャ/朝の微笑み
・ルネラリックに魅せられて/Black×silver
・アントワネットの恋した香り
・antique dress/Vanilla
・oto  Silver x mint green




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