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【自分のための記録】何もかもうまくいかなかった日々①


学生時代は特に苦労することもなく、平凡だけど充実した楽しい日々を送っていたように思う。

友達もたくさんいたし、大学生になってからは毎日のように飲み会だカラオケだと遊んでいたし、毎週のように色んなバンドのライブに行っていたし、アルバイトもたくさんしていたし、大いに人生を謳歌していた。



思い返せば私が最初に躓いてしまったのは就職活動だったと思う。

世は就職難真っ只中、もう贅沢は言っていられないと少しでも興味のある会社にはエントリーシートを送りまくっていたが、尽く落とされ一向に内定がもらえない。だんだんと周りの友達の卒業後の進路が決まっていく中、私は大学4年の11月になっても何も決まっていなかった。焦れば焦るほど何もうまくいかない。


そして………

そんな私を見兼ねた父が助け舟を出してくれたのである。アパレル業界で働きたかった私は、もちろん試験も面接もきちんとあったが…父の友達の紹介で商社のアパレル部門に12月になってやっと内定をもらえた。

入社後すぐに研修が始まったが、同期はみんな入社前からインターンだか研修だかで顔見知りで、私は完全にあの人誰?って感じで見られ少し居心地が悪かった。

自分の力だけで入社できなかったバチが当たったのか何なのか研修後、販売員として配属された店舗で先輩から色々な仕打ちを受けるようになった。

なぜそうなってしまったのか…今思うと配属初日にたまたま良いお客様に付いて10万円以上の売上を上げた事が要因ではないか?たまたま本当にたまたま最初から色々買おうと思って来てくれたお客様だっただけで私の力でも何でもない。でもそこから日に日に先輩の当たりが強くなっていった。

仕事に行くのが嫌でご飯は食べられなくなるし、毎日体調は悪いし、それでも仕事は休めない。しかも紹介してもらってやっと入れた会社なのにそんな簡単に辞めるなんてできない。

私はどんどん追い込まれていった。今になって思えば先輩も追い込まれていたのだと思う。入社2年目で店長代理を任され、店の事全てと後輩の指導と全部自分1人でやらなければならなかったのだから。当たりどころが欲しかったのかもしれない。


ある日限界が来た私は仕事を休んで病院へ行き、泣きながら父に電話した。もう無理だ辞めたいと。
父はもう頑張らなくていい、辞めていいと言ってくれた。


人生初めての挫折であった。




それから3ヶ月後、今度は自分の力で新しいアパレル会社に入社した。商品のデザインを考えたり、バイヤーに商品を提案したり、一緒に作ったり、自分のやりたかった仕事で遣り甲斐もあって、直属の先輩もいい人で毎日楽しかった。


ただ激務だった。自分の時間なんてものはなかった。


そのせいか社員の出入りが激しく、折角後輩ができても1週間後に来なくなるなんてザラだった。今で言うブラック。タイムカードなんて物はなく、毎日朝8時半から終電まで働いて、土曜日は本来休みだがサービス出勤し、日曜日しか休みがなかった。そんな日々を過ごしていたら今度は体に限界が来た。自律神経失調症ってやつだ。医者に仕事を辞めなければ治らないと言われた。そしてまた仕事を辞めた。



それから暫くの事はあまり記憶にない。


1人暮らしをしていた部屋に引きこもり、朝に寝て夕方に起き、誰にも会わないように夜中に食料調達のためコンビニに行く。そんな生活だったと思う。
両親に全て面倒をみてもらっていた。
所謂ニート。
もう何もする気になれず、何もかもが面倒だった。
親に迷惑ばかり掛けて何やってるんだろうとこの世からいなくなりたい、自分なんて生きてる価値もなければ、不必要な人間なんだと思いながらもただ生きていた。

そんな日々を過ごしていたある日両親から引っ越しを提案された。環境を変えた方がいいんじゃないかと。

そこで無理やり実家に連れ帰ろうとしなかった両親に感謝しかない。そのまま実家に帰っていたら症状が悪化するばかりで今の私はいなかったと思う。


そして、今までいた場所とは全く違うエリアに引っ越しをした。


親の読み通り環境が変わった事でまた働いてみようと思った私は、アルバイトを始めた。またアパレル店員になった。

周りの人にも恵まれて、趣味も再開できて、また楽しい日々が戻って来た。


暫くアルバイトをして充実した毎日を過ごしていたが…私の中で年齢的にも経済的にもやはり正社員として働きたいという気持ちが強くなって行った。

しかし、そんな中いつからか元々悪かった腰が悲鳴を上げ始めた。

確かに中学生くらいの頃から度々腰痛になり、整体や接骨院に行く事があった。
大学生になってからはベッドから起き上がれなくなる日もあったが、父も兄も腰痛持ちだから遺伝だろうと思っていたし、その度に整体に行って痛みが引けば普段通りの生活をしていた。

あまり深く考えてはいなかった。
また痛くなったら整体に通えばいいと。

それが後にどれだけ悔やむ事になるか知りもせずに…



②に続く…


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