おばあちゃんはおにぎりを三角に握れない
**「働く女」についてのブックレビュー③
阿古真理『小林カツ代と栗原はるみ~料理研究家とその時代~』**
「働く女」をテーマにしたブックレビューです。2019年の暮れも押し詰まって突然アップし出した顛末についてはこちら。
母は、実母である私の祖母から料理を教わるということをかたくなに拒否していた。「あの人はおにぎりを三角の型に入れないと握れない人」と祖母の料理下手を嘆き、定期購読していた「きょうの料理」(NHK出版)のテキストからせっせと新しい料理を作ったものだ。阿古真理『小林カツ代と栗原はるみ~料理研究家とその時代~』(新潮新書、2015)に登場するのは、このテレビや雑誌を中心にレシピを紹介し、日本の食卓をリードしてきた料理研究家たちである。料理研究家の歴史が、台所や女性の生き方の変遷とリンクしていることを指摘したこの刺激的な読み物によると、「きょうの料理」が始まった1957年前後は、戦後の高度経済成長に伴う核家族化と食生活の変化や、物流の進歩、台所の近代化により、「主婦」という言葉が生まれ、主婦が献立に頭に頭を悩ますことは、真に悩みでもあると同時に一種のステイタスにもなっていたというから驚く。「献立に頭に頭を悩ますこと」とは、それまでの田舎暮らしとも姑とも決別し、都会で暮らす一家の台所の主となることだったからだというのだ。
15人以上の料理研究家について書かれているなかで、最も鮮やかな印象を残したのが小林カツ代に関する記述だ。私が子どもだった1980~1990年代の小林カツ代の印象といえば、「いつもニコニコしておいしい料理をパっと気前よく作ってくれそうなお母さん代表」だった。しかし、本書を読むとその印象がガラリと変わる。小林カツ代は、「家庭料理は食の基本だが、それを作るのが必ずしも“お母さん”である必要はなく、家族のだれが作ってもいい」という考えの持ち主だったというのだ。小林カツ代といえば誰が作ってもおいしくできる時短料理だが、それは妻や母といった役割を担う女性を、台所に縛りつける圧力から解放するための運動であり、時短料理は女性を台所から自由にしようというアジテートだったというのが本書の主張だ。
料理研究家の歴史は、女性が家庭や社会でどのような役割を望まれてきたのかの歴史でもある。瞠目だったのは、料理研究家には離婚経験者が少なくないという指摘だ。それは、台所という限られた空間から女性が社会に進出していく軌跡であり、新しい家庭料理を生み出してきた料理研究家たちがそれぞれ、自分が「お勝手」でどのように振る舞い、どのように生きるのかを自分自身でクリエイティブに決定してきたことを象徴する事実のように読んだ。
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