ドジャース番じゃなくてビジオ番だよ、と言い訳した話
五輪期間中だけど、メジャーの話を少々。
パリに来る直前にブルージェイズの菊池雄星投手の登板を取材するためにトロントに行った。6月はドジャース取材が多かったので、ブルージェイズ取材もトロントも久しぶりだった。
菊池投手はトレードが濃厚とされており(先日アストロズへ移籍)、本拠地最後の登板になるかもしれないので、やっぱりこれは取材しないと、と思ってトロントに飛んだ。
番記者たちも選手もなんとなく元気がなかった。成績不振のブルージェイズは売り手に回るため、誰がいつトレードされるのかため息をつきながら見守っているようだった。
仲のいい番記者たちに「最近、ドジャース番だね」と声をかけられた。彼らはツイッターでフォローしてくれているので、お互いの行動を分かっている。
いや、そもそもドジャース番じゃないし。企画取材で行っていただけだし、と頭の中をいろんな言い訳がぐるぐるし、出てきた言葉がこれだった。
「ドジャース番じゃなくてビジオ番だよ」
皆が「はいはい、そうね」と笑い「ビジオ、向こうでどうなの?」と聞いてきた。
ビジオはブルージェイズ生え抜きの選手にも関わらず、特別親しい番記者はいなかったように思う。付かず離れずというような関係で、質問したらきちんと答えてくれるし丁寧だけれど、一部の選手のようにベンチで人懐っこくおしゃべりしたり、油を売ったりしないせいか、記者ととても親しいという関係性ではなかったように思う。また試合前はルーティーンが決まっていて、いつも急いでいる印象があった。
ビジオが移籍した日、たまたまドジャースの取材に行っていた。囲み取材の後に挨拶すると「えっっ、なんでここにいるの?」と驚いた表情を見せ、「知っている人がいてなんか安心する」とも言われた。
対して親しくもない日本人記者を見て安心するなんて、よほど不安が大きかったのだろう。その心中が窺えた。
メジャーリーガーになってから初の移籍。
ドジャースはどんなチームなのか。
チームメイトとうまくやっていけるだろうか。
ポジションを獲得できるか。
結果を出さないと。
そんな思いが頭をぐるぐるしていたはずだ。
「俺、3塁できるかな」
そう聞かれたこともあった。
「できるに決まってるでしょ」
そう答えると、にっこり笑って「頑張るね」と守備練習に走っていった。
それから毎日、ビジオと話をするようになった。
DFAされて、チームメイトに挨拶もできずクラブハウスを去ったこと。ドジャースでは3塁を任されるため、少し不安があること。カナダ人の彼女は滞在日数の問題でロスにはなかなか来られないこと。菊池雄星投手の練習内容を聞いて、驚愕したこと。
話して頭を整理したかったのだろうか。毎日毎日、本当にたくさんおしゃべりをした。
2022年に菊池投手がブルージェイズに加入してから約2年半、チームを取材してきたけれど、選手とこんな話をしたことはなかった。野球は「ビジネス色」が強いので、プライベートの話はあまりしないし、悩みなどを記者に相談する人はあまりいないように思う。私自身、フィールド外のことにはまったく興味がないので、そのドライな関係性がいいなと思い、距離感を保ちながら取材をしてきた。
ロッキーズ戦の後に「次は7月ね」と挨拶したら、「ずいぶん長く会えないね」とがっかりされたけれど、7月のフィリーズ戦の時はもうチームメイトとも仲良くなっていて安心した。
春季キャンプから加入ならともかく、シーズン中の移籍はかなり精神的に難しいと思う。ジャーニーマンの中にはすぐに溶け込む選手もいるけれど、慣れない選手には戸惑いの方が大きい。新しい環境、首脳陣、戦略、チームメイト。覚えることばかりで、息つく暇もないのではないだろうか。
先日アストロズに移籍した菊池雄星投手も同様だろう。ただ菊池投手の場合は伊藤トレーナーと大嶋通訳も帯同しているため、不安を共有したり、一緒に乗り越えられる相手がいるのは大きいように思う。
トレードデッドラインで多くの選手が移籍をしたけれど、そういった葛藤や努力があることを知ってもらえたらいいなと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?