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辻山良雄×nakabanトーク「絵と文で本を旅する四十景」@Title 第三回

2019年1月24日に、荻窪の本屋Titleで開催された「絵と文で本を旅する四十景 辻山良雄×nakaban」トークイベントの模様をお送りする全3回、最終回です。「同じ絵でも飾る場所や自分のコンディションが変われば違って見える」というお話を聞きながら、ひょっとしたら本もそうかもしれないな、と思いました。

本のデザインと構成のこと

辻山 これは本づくりの結構キモの部分でもあるんですが、『ことばの生まれる景色』は、実は全ページカラーで印刷してるんですね。たとえば、絵の部分を本の前半に全部まとめてしまえば、後ろの文章はまあ、モノクロ印刷でも良いわけです。そうすればその分コストが安くなりますし。ただそうしてしまうと、この本の持つ良さはなくなってしまうなあと。そんな話を編集者とずっと話していました。それで、最終的には絵と文章を1セットとして、間に絵が挟まる形で、全ページカラーで構成することになったんです。

nakaban この本を見ていると、なんだか展覧会を見ているような気持ちになりますよね。

辻山 はい。この本の造本について褒められることが多いんですが、なんとなく、我々の雰囲気を汲み取っていただいたような本になってるなと思いました。nakabanさんは、実際にこの本を手にした時にどう思われました?

nakaban 一番うれしかったのは、見返しの紙が金色に見えたことでしたねー。ちょっと冷静になってからもう一度見たら、あ、普通のクラフト紙だな、と思ったんですけれども(笑)。この見返しのクラフト紙にすごく感動しました。新しい本ができて、印刷屋さんから届く時って、こういう茶色の包装紙に本がたくさん包まれて届くんです。これは多分デザイナーさんが、それをイメージしてデザインしたに違いないと思って、うおーって一人で盛り上がったんですけれど(笑)。
 この本は、本を作っている人や読む人を応援する、特に本屋さんを応援する本になるんじゃないかなあと思いました。

nakaban あと、この本文のレイアウト、実はいろんなパターンがあるんですね。絵が全面のときもあれば、片ページのときもあるし、それが、そんなことも忘れるくらい自然に為されていて読むときにすごく気持ちがいい。それが僕はすごくいいなあと思います。実はこれはとっても難しいことだし、手もかかることなんですよ。

辻山 それから、途中1ページだけ間に白いページが挟まれていたりするんですが、そういうふうにレイアウトが少しずつ異なることで、視線が自然に散らされて気持ちよく読める。さすがはプロの仕事だなあと思いますよね。
 私はこの1、2、3と番号が振られている章扉のページがすごく好きなんです。これによってなんだか展覧会を見ているような雰囲気になるし、扉の色自体もきれいですし。Titleの奥にカフェがありますが、そこの壁紙をイメージした色なんですね。そういう経緯もあって、本当にこの店に置くにはとても似つかわしい本だなあと思っています。

nakaban Titleのロゴの色は、辻山さんと僕と、二人で決めたんですよね、Titleのテーマカラーというか。


辻山 そうですね。ロゴに使ったのはサックスブルーという色ですが、青の中にも少しグレーが混じっていて、混じっている分だけ深みがあるというか、そういう感じがしていいですよね。

nakaban うん。僕の中では、レモンイエローと、このサックスブルーの色は、「寒色でもあり暖色でもある」と両方感じる色で、奥行きがすごくあるし、緊張感のある色なんですね。この2つの色合いが本当に大好きで。それでTitleのデザインをいろいろ考えているときに、「1色差したらどうか?」という提案を偉そうにもさせていただいて(笑)。そのときに「この色はどうでしょう?」と言ったんですよね。ルイジ・ギッリの仕事に、すごく素敵なこういう色があって。

辻山 はい。なんとも形容し難い色ですよね。何年か前にnakabanさんと話した時に、「やっぱり青がnakabanさんの中でも特別な色ですね」という話はしたんですが、それは今でも変わりませんか?

nakaban うーん、やっぱりもう、この地球に生きている以上は、空の色がまず青いので、僕らは皆その照り返しを受けて生きているようなところがありますよね。

辻山  なるほど。

nakaban  以前辻山さんに「この世の半分以上は青が混ざってる」というようなことを言ったんですが、間違いじゃないなあというか。

辻山 そうですね。そういうお話を聞くと、やっぱり見え方が変わりますよね。この机にも、柱にも、やっぱり青い成分が入ってるとか。

nakaban もし肖像画を描くとしたら、辻山さんのそのヒゲにも、白に青を混ぜると。メガネにもうっすらと青が入っているという感じで。もしかしたら色っていうんじゃなくて、もっとベースにあるもの、色の概念でとらえてはいけないぐらいのものなのかもしれないですね。

辻山 なるほどね。もう本当にアースカラーというか、そういう元素というか。

nakaban そうですね。ゲーテの『色彩論』をちゃんと読まないと(笑)。

辻山 『色彩論』は、原書はすごーくぶ厚いんですよね。ちくま学芸文庫から読みやすいものは出ていますけれども。よくそんな思考することがあるなあって思いましたけどね(笑)。

(上)『苦海浄土』石牟礼道子 画・nakaban
(下)『独り居の日記』メイ・サートン 画・nakaban


つながりあう世界の面白さ

(会場からのメイ・サートンの絵と石牟礼道子の絵が好きだという感想を聞いて)

辻山 『苦海浄土』のあのおにぎりは、nakabanさんは自分で握られたんですよね?

nakaban そうです。お米は微妙な影がとっても大事なので、ちょっとでも絵の具を間違えると、お米じゃないものになってしまうんですね。だから想像ではなく、実際に見ながら描かないとダメだと思って、おにぎりを作ったんです。そうしたら、なんかすごく大きいおにぎりができてしまって。

辻山 おっきいですよね(笑)。

nakaban でもなんかそれもスピリチュアルでいいなと思って。そのときに同時進行で描いていたメイ・サートンの絵と、画面構成がちょっと似ているっていうことも気づいたんですね。白いギザギザのものが真ん中にあるなあと。でもなんかそれも……面白いんじゃないかと思って。
 なんとなくこの企画は、1つの場所からいろんなところにウェブが貼られていて、いろんなところにつながる面白さがあるように思うんですね。それでメイ・サートンの世界と石牟礼道子さんの世界がつながったと勝手に解釈しまして、そういうことを楽しみながらやりたいなあと思って、そのまま描きました。

辻山 じゃあ自分の中では、実はそれはひと続きにつながっていると。

nakaban つながっている。と思ったほうがいいかなと思っています。

辻山 うん、それは面白いと思いますね。

nakaban 読書って、そういうことができるじゃないですか。まるっきり違う2冊をベッドサイドとかに置いて、両方同時に楽しむとか。それってすごいことだなと思って。本じゃなければできないことだと思うんです。言葉が景色を生んで、その景色がミックスされるわけじゃないですか、同時に読んだりすると。それは他のことではなかなかできないことなので。

辻山 つまみ読みしてみたら、それがたまたま同じようなことを言っていたとか、なんかそういう「組み合わせの面白さ」ってありますよね。

nakaban やっぱり本屋さんには、そういう楽しみがあるんじゃないですか。本屋さんにしかわからない楽しみが。

辻山 ああ、それはありますね。本を並べるときには、基本的には同じようなジャンルのものを集めて並べることが多いんですね。お客さんが来た時に、置いてある場所が全くバラバラだと探しづらいですから。でもその中に、ちょっと違う文脈のものが入っていると面白い、というのはあります。
 たとえばこの本は『スモールハウス』という、「小さく生きる」というようなことを書いた家についての話なんですが、この本と、「あたらしい生き方」を提案する本とをつなぎあわせることで、直接的には説明していなくても、お客さんが見たときに、「これなんだろう?」と手に取りたくなる。普段自分が読んでるものとはちょっと違うけれど、なんか面白そうに思えたりするわけです。それはね、多分人じゃないとあんまりできないことだと思います。最近は「AI選書」というものもありまして。

nakaban へえー!

辻山 人工知能が、たとえば同じジャンルとか同じコードみたいなところから本を選んでくれるというものなんですが、Amazonなんかで本をおすすめされたりするロジックも、なんとなく予測できるんですよね。「あ、この著者の本を買ったからこれをおすすめされるんだな」とか。でも、その「わかること」があんまり面白くないというか、意外性がない。そういうのではなくて、直接関連がなさそうな、ちょっと意外なものが間にはさまっているのが面白いと思うんです。
 『ことばの生まれる景色』の中でも本をいろいろ紹介していますが、それぞれの本は、本屋さんの中ではいろんなコーナーの中にちりばめられていて、普通に考えたら同じ人は探さない本かもしれない。でもこういうふうに1冊の本として綴じられることで、それらの本が何かしらの関連性をもってきたり、意味づけがされるというのは、やっぱりちょっと面白いなあと思います。それと「つまみ読み」というのは少し似ているかもしれないですね。

見る場所によって絵も変わる

(会場からの、『パタゴニア』の絵を見て、nakabanさんの絵にはいつも見る人が考えられる「余白」のようなものがあると感じるが、それは見る人に何かを委ねているのでしょうか?という質問を受けて)

nakaban うーん、それはやっぱりありますね。『パタゴニア』の絵は、ブロントサウルスを描いた絵が、町角に立てかけてあるような感じの絵なんですが、絵の便利なところは、ブロントサウルスの絵をそのままばーんと全画面に描くこともできるけれど、そのお話を小さくして、町角に立てかけることもできるというところですよね。

『パタゴニア』ブルース・チャトウィン 画・nakaban

nakaban 僕も行ったことないんですよ、パタゴニアには。だからどんなところなんだろう?と思って。「最果ての魅力」ってあるじゃないですか。その感じを絶対に絵にしたいなあと思って。でもブロントサウルスの絵も描きたい。そういうときには、こんな描き方もできるんだなあと思いました。
 こういうときは、さすがにいろいろ調べます。この町の様子はどうなっているんだろうとか、グーグルも調べるし、本も調べるし、南米映画なんかも見ますし、『地球の歩き方』も見たりして。実在の場所を描くときには、やっぱりそういうものを見た後に描きますね。

辻山 そういう資料も参考にしながら、でも見る人が何かしら入り込める余白というか、ミステリアスな部分が、絵のどこかしらに残っているという。

nakaban そうですね。たとえばヨーロッパのきちんとしたところだと、道から雑草は生えていないだろうけれど、パタゴニアだったらきっと生えてるかもしれない、とか。水たまりがあるとか、建物が安いスレートでできてるとか、ペンキを塗ってそれから結構時間が経ってるとかね。そういうのは入り込んでいくとどんどん描けるので、とっても楽しいんです。そういうふうに想像すると、やっぱり描いている僕自身の気持ちが乗ってくるじゃないですか。「ああ、僕は今、気持ちだけはパタゴニアにいるかもしれない」って。そういう装置として、自分のために描くというのもあります。

辻山 絵を描くというのは、nakabanさんの中で最終的にこういう像を結んだ、ということだと思うんですが、なんかそういう、自分の中でストーリーが動いていくようなことはあるんですか?

nakaban そうですね。僕は小説は書けないですが、小説家さんもきっとそういう作業をされてると思いますし、もう「なりきる」というか、その場所に旅をしている感覚ですよね。

辻山 パタゴニアの草は見ていないかもしれないけれど、たとえばnakabanさんは屋久島に行かれて、山尾三省さんのお仕事なんかも最近されてますよね。きっとそういう体験がどこかしら絵に反映されるっていうことなんですよね。実際に見たものとか、葉っぱだったりとか、屋久島の緑とか。

nakaban そうですねー。やっぱり同じ植物でも違いますよね。広島に生えてるのと、東京に生えてるのと、屋久島に生えてるのでは。そういう細かな違いがわかるようになると素敵だなあと思うんです。なんか、詩も同じだなあと思って。小さな言葉の違いを楽しむのが詩の世界なので、それってとてもピースフルなことだなと思うんです。その対極が戦争だなと思います。戦争って、小さなことには目もくれずに乱暴してしまうということなので。そういう意味では、小さな違いを楽しむというのはすごく大事なことだなあと思いますし、絵でもそれをやりたいなという気持ちがあります。

辻山 熊本の橙書店でnakabanさんの絵を飾っているのを写真で見ましたが、やっぱりその場所その場所の雰囲気によって、絵も変わる気がします。橙書店で展示されている絵を見ると、ここで見るときよりもなんかシュッとしてるなあ、みたいな(笑)、なんかそんな印象はありました。

nakaban 同じ絵をいろんな場所で見るっていいですよね。

辻山 あ、それは思いますね。たとえばこの本でも紹介しているモランディは、神戸と東京で二回展覧会を見たんですが、やっぱり全然見え方が違うんですよ。単純な話、その日の自分のコンディションも違うから、同じ絵を見ても、以前は見ていなかったようなところが気になったりとかして。
 nakabanさんの絵も、Titleで展覧会をやったので原画は全部見ていたんですが、本になって、こういうふうにきれいな印刷で出してもらって初めて「ああ、こういう絵だったのか」「こんな細部の描き込みがあったんだ」と気づいたところもありました。やっぱり原画って、なかなか全部をいちどきには見られないんですよね。だから、いろいろ見るっていいですよね。

nakaban 夢中になって描いているということもあるんですが、僕も結構細かいディテールは忘れているので、後で改めて見て思い出すとか、そういうことはありますね。だからあの、これから全国の書店に原画が巡回しますけれども、お近くにタイミングよく行かれることがあったら、ぜひ見ていただけるとうれしいです。
                              (終わり)

『ことばの生まれる景色』nakaban原画展は、今後以下の巡回を予定しています。お近くの会場がありましたら(もし遠くても機会がありましたら是非)お立ち寄りください。各会場ごとに、お持ち帰りいただける「特製しおり」と、そのお店にちなんだnakabanさん描き下ろしイラストで作成した「はんこ」をご用意してお待ちしております。

●スタンダードブックストア心斎橋(大阪) 〜2019.3.5(火)まで

●本のあるところajiro(福岡) 2019.3.13(水)〜2019.3.24(日)
会期中、同じく福岡のブックスキューブリックでは『ぼくとたいようのふね』nakaban原画展も開催中。福岡のみなさん、是非ハシゴしてください。
3/19(火)20:30より、辻山良雄×鳥羽和久(とらきつね 主宰)トークイベントあり。申し込みはこちらから。

●blackbird books(大阪) 2019.4.3(水)〜2019.4.21(日)
スタンダードブックストアとは違った展示構成になります。関西の方、ぜひ! 辻山さんをお呼びしてのトークイベントも開催します。詳細は後日。

●book cafe火星の庭(仙台) 2019.4.18(木)〜2019.5.6(月)
4/20には、トウヤマタケオさんとnakabanさんによる『Lanternamuzica』ライブもあります。今年のGW前半は仙台だっ!

●BOOKSHOP Kasper(カスパール)(葉山)
2019.5.18(土)〜2019.5.29(水)

以下、続々開催決定!

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