「嬉しく思えない部分もある」宇野の発言がもたらした成果

  12月25日、フィギュアスケートの全日本選手権(大阪門真市・東和薬品ラクタブドーム)が閉幕。男子フリーの競技終了後には、世界選手権や四大陸選手権に派遣される代表選手が発表された。夜10時に開始する予定だった代表発表だが、選考が紛糾し1時間近くの遅延。さらに、代表選手の記者会見で飛び出した宇野昌磨の発言は、大きな物議を醸すこととなった。
「僕が言うことではないんですけれども、まあ、この、選考基準というのはどういったものか僕もよく分からないですけど、嬉しく思えない部分もありますけれども」
 晴れがましい場であるはずの代表選出記者会見で、言葉を選びつつも選考の不透明さに疑義を唱えたのだ。ただし、その後の記者からの質問には
「これ以上、僕が言うことではないと思うので、今の一時の感情で変なことを言うとあれなので、コメントしないようにしたいと思います」
と返答し、発言にかかわる具体的な事例や人名は一切出さずに終えた。

 昨シーズンの四大陸選手権優勝以降、主要国際試合では無敗を誇る三原舞依でさえ、今回の選出に当たっては「名前を呼んでいただけるまではドキドキしていました」と不安を吐露している。
 三原は昨季、ランキングやベストスコアなどで複数の選考基準を満たしていたにもかかわらず、全日本で表彰台を逃し4位。「若い世代に頑張ってもらう」という理由で、五輪代表ばかりか世界選手権代表も逃した。この時、代表に選考されたのは、全日本の1位から3位の選手。アイスダンスでも、国際大会の結果でリードしていた村元・高橋組ではなく、全日本優勝の小松原組が五輪へと駒を進めた(世界選手権代表は村元・高橋組)。
 先シーズンの状況を見れば、「それまで結果が出せなくても、全日本一発勝負で勝ち切れば代表の可能性がある」と、競技陣営は期待を募らせるはずだ。ところが今年、二番手で選考された山本草太は全日本5位。女子の三番手代表渡辺倫果は、全日本12位である。女子の場合は、ジュニア勢が大躍進し上位にひしめいたことも影響しているが、昨季五輪代表の河辺愛菜は9位。一見すると、昨年と今年の選考には矛盾があるようにも思える。

 あらかじめ明示されていた選考基準自体は明快だが、問題なのは運用方法。列記された複数の項目の、ひとつでも基準に達していれば全員を俎上に上げて選考委員が総合的に判断するのか、基準を満たしている数が多ければそのまま選出となるのか。複数の基準項目の中でも、重要視されるものが年によって異なり、最終的な結論は設けられた基準項目以外の論点が決定打となる。さらに、その内容についての選考委員側の考えは、選手サイドには明かされない。

 全日本選手権では、開会式の時に「成績上位者は競技終了日に所定の場所に集まること」というアナウンスが流れる。選手たちは、厳しい闘いを繰り広げた後、長時間に及ぶ選考会議の結果を待ち、選出の如何にかかわらず待機。発表については、代表の名前が読み上げられるだけで、選考会議の内容については言及されない。選出された選手はそのまま記者会見場に移動し、落選した選手はその場で解散となる。これでは文句の一つもいいたくなろうという所だが、不選出の選手が口にすれば「負け惜しみ」、選出された選手であっても、「せっかく選んでもらったのに」とバッシングの対象になりかねない。また、この不満を表明するタイミングも難しいものがある。取材などでうかつに口にすると、選考システムに対する意見の表明ではなく、単なる個人の不平不満として切り取られ発信されかねない。今回でさえも、当初は「同門で全日本準優勝の島田高志郎が代表漏れした事への私憤か」という憶測が飛んだほどだ。

 宇野は、昨シーズン世界王者に輝いて以降、今季初戦のジャパンオープン、カナダ大会、NHK杯、グランプリファイナルとすべての大会で優勝。文句のつけようの無い実績で代表の座を手にしている。さらに、宇野が冒頭の言葉を口にしたのは、インターネットで生配信された記者会見の中のこと。編集される心配が無く、配信の視聴者を含め多くの耳目に触れる直接の場で「嬉しくない部分もある」と発言したことは、実は非常に時宜を得た行動だった。今季の宇野が、あのタイミングでしか発信できない問題提起だったという訳だ。

 この発言を受けて、竹内洋輔強化部長は改めて選考の経緯について説明。翌日には、コーチなどを含む選手陣営と選考側との意見交換が行われた。フィギュアスケートに限らず、代表選考は常に紛糾するもの。誰もが納得する選考結果にたどり着くのは至難だが、いかなる結果となろうとも、選考過程の透明性は確保されるべきだ。激震が走った宇野昌磨の発言ではあったが、これは、選考を受ける全ての選手の側に立ったもの。結果的に、選手と選考委員との間に話し合いの場が設けられたことは大きな一歩であり、発言の成果と言えるだろう。

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