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某ミスコンが心底嫌いな話

毎年春になると開催される、「”何者か”になりたい女」がこぞって参加する某ミスコンが嫌いだ。正確に言うと参加する女達よりも、このミスコンそのもの構造が下らないのである。

何故「下らない」のか。何も知らない馬鹿な女達に、そのからくりを説明したいと思う。

・開催前の段階で1位はほぼ決まっている
これに尽きる。「誰が1位になれば一番ミスコンとしての見栄えがいいか」「どのようなタイアップを抑えておくか」予め決めていたほうが見栄え良く魅せられるに決まっている。出来レースと言ってしまえば身も蓋もないが、これは誰が1位かを決めるコンテストではなくショーなのだ、エンターテイメントなのだ。台本があるにも関わらず、偶然にもストーリー性があるかのように錯覚するから夢見る馬鹿女からの応募が止まないのである。

・セミファイナリストの大半が招待選手
脳死状態で一次選考から応募している脳内お花畑女は知らないだろうが、セミファイナリストの半数は審査員もしくは選考関係者から招待された人間だ。「セミファイナルまでは無条件で通すので話題作りに受けてみませんか?」といった勧誘がある。それはメールだったりDMだったり口頭だったりする。手当たり次第に招待している。だから毎年セミファイナリストが死ぬほどいる。その数は年々増えていき、10年後には日本の総人口を超える計算になる。

・賞に意味などない
個人賞はともかく、有象無象の意味不明な賞がありすぎて、何が何だか分からない。賞にありがたみなど全くなくファイナリストのおよそ3人に1人くらいは何かしらの賞をもらうことができる。その様子はまるで桃太郎が5人犬サルキジが7匹ずついるゆとり世代の学芸会みたいだ。数多くの主役級の賞があるにも関わらず、賞をもらえなかった人間はさらに惨めな気持ちになるのを何故想像できないのか?ちなみに個人賞は決めるための会議を欠席すると自分ではなく他人に勝手に決められていたりもする。

・コンセプトがゲロほどキモい
やってることはプロレスとなんら変わりないのに、真剣に夢を見させようとしているスタンスがキモい。夢もへったくれもありはしない、お前がグランプリをとることは地球がひっくり返ってもありえないんだよ。「これはエンタメですよ!自撮り女のみなさん!エントリーしたよってTwitterで話題にしたいですよね?審査員の憧れの歌手と会えたこと自慢したいですよね?あなたのクソつまらない人生の話題を提供するので是非エントリーしてください!私はあなたをモノとして消費する気満々です!」と言えばいいのに、その構造をひた隠しにしている。みんなクソ真面目に夢と魔法を信じていて、その感性を参加者に強要してくる。僕がディズニーを苦手とする理由に同じだ。

ここまで読んだ「まだ何者でもない自撮りモブ女」の皆さん。こんなコンテストを受けている場合じゃない、ということをご理解いただけただろうか。思い出作りの記念受験ならいい。不快だから一生岩の裏に隠れていてくれ。ただ少しでも「何者かになりたい」と願っているなら、周りの有識者を頼ってほしい。(でも頼れる人がいないからこんなゴミカスみたいなコンテストに参加しようと思うんだよね。それならまともな人間を紹介するのでDMくださいね)

何故ここまで憤りを露にしているかというと、私は女が特に必要とされていもいない環境でただただ悪い大人達のエンタメとして消費されていくことが許せないからだ。こんなコンテストは早く無くなった方がいい、と毎年思いながら春を過ごしている。みんなも早く目を覚ましてほしい。

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