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平面から実際に物が浮き上がうような図面を描くエンジニア It氏

It氏との出会いは上司と部下の関係である。もちろんIt氏が上司で私が部下である。優しそうなおじさんであるがイマイチパッとしないそんな第一印象の出会いだったと記憶している。私の担当する仕事は当時としては特殊な仕事であったため、上司であるIt氏は私にお任せだった。上司だからと言って全方位で完璧であることは不可能である。しかも特殊な業務ともなれば例え部下であっても専門家に任せ、要所だけ詳しく聞いてジャッジするというのがスマートなやり方だ。当時、私はまだ若かったこともあってマネジメントの何たるかなど、まったく理解していなかったため、上司であるIt氏に物足りなさを感じていた。

そうしてIt氏に上司としての物足りなさを感じたまま月日が流れていったある日。
私の仕事を進める上でどうしても必要な特殊な構造の部品を新たに考える必要が出てきた。構造物の設計は私にはできない。できる人に頼まなけれな仕事が進まないのだ。それまで散々自分の仕事内容をわかっていないとIt氏に物足りなさを感じていた自分に恥じる瞬間だ。自分だって専門外にはからきし弱いのだ。これまでそんな場面に出くわさなかっただけだ。自分のことを棚に上げてIt氏に物足りなさを感じていた自分が情けない。これが本題ではない。It氏は構造設計の神だった。私も専門家ではないがそれまでに図面をいくつも見てきたし、簡単な図面なら描くこともできる。だがIt氏が描いた図面は今まで自分が見てきたモノと明らかに違う。ハッキリ言って素人に近い自分が見てもこれは違うとわかる一品だ。そのものがどんな動きをするのか平面のはずの図面から浮き上がってくる。魔法のようなことを言っているが形も機構の動きもイメージできるのである。素人が見てもすごいと思える図面だ。プロが見ればとんでもなくすごいものだと思うのだろう。構造設計を担当とする部下たちが敬意を払っていることをその時になってようやく実感して気づくことができた。It氏は間違いなく構造設計者の巨匠だ。これまでのIt氏に対する上司としての物足りなさが180度変わった。この人はすごい。だからこそ管理職になりチームを率いているのだ。当時、専門家面した若造の私をその分野の専門家として認めてくれ任せてくれていたこと、だとしても放任ではなく、見るべきポイントはしっかり見て判断していた一流のマネージャーだと後になって気づく。今はもう定年して会社にはいない。それからいくつもの図面を見てきたがIt氏が描いたもの以上の衝撃的な図面には出会っていない。

現在では3D-CADが主流で3Dモデルを何となく作って図面化する。
出さなければならない寸法線はコンピュータが一通りは出してくれる。そこから見やすさや追加指示を設計者のセンスで追加したり変更していく。
コンピュータのおかげで必要最低限の寸法や情報は入っている。
コンピュータ技術によって設計しやすくなったのかもしれないが、匠の域にはなっていない。それどころか図面のレベルが落ちているようにも感じる。
匠とよべる技術者からもっと学ぶべきことがたくさんあったはずだ。
しかしそんな匠たちの多くは会社を定年で去っていった。
白いブラック企業。
当時はブラックだったかもしれないが、すごい匠がいたすごいブラック企業だった。今は白いブラック企業だが匠とよべる技術者はほとんど見かけない。
とても寂しいことだ。

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