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制度は変わっても君が乗れるのは原付一種です

ニュースの見出しでぬか喜びしてはならない

前々から進んでいた話ではあるのだが、原付免許の制度変更がついに一般ニュースに流れるようになった。
それに呼応して有象無象のスカムまとめサイトはおろか大手新聞各紙、果ては公共放送に至るまで「原付免許で125ccに乗れるようになる!」と打ち上げている始末だ。
このままではバイク屋さんで「ニュースで言ってたぞ! 俺に二種原付を売れ!」と喚き散らし、なんなら借りたり譲り受けたりで絶賛無免許運転に走る連中が溢れ返るのは目に見えている。
こんなネットの片隅に住まう木っ端字書きがなにか言ったところで変わるものがあるわけもなかろうが、貴方がいつかどこかでこの件に関し説明しなきゃならなくなった時に「これ読んどいて」で済ませられる一助になれば幸いである。

バイクのサイズは変わるが出来ることは同じです

結論から言ってしまえば、免許の書き換え――つまり教習所に通って新しい区分の免許を取得するのでなければ、原付免許や自動車免許に付帯する原付免許で乗れるものは変わらない。あなたは制限時速30kmを守り、交差点を二段階右折しなければならない。残念でした。
じゃあ125ccってのはなんなんだというと、排気量は確かに125ccだが実際の出力は50cc並に抑えられたものが原付一種として売り出される、ということだ。30km/h制限と二段階右折も変わりません。
話はこれで終わりなのだが、なんでだよと食い下がりたい熱心な方には長々と説明をすることにする。覚悟しておけ。

50ccバイクはもう作れません

どうしてこんなことになったかというと、排気量50ccのちっこいオートバイというものを、どこのメーカーも――そう、スーパーカブ屋さんのホンダですらもう作って商売にすることが難しくなってしまったからだ。
これには理由がいろいろと、極めて多層的にある。
なによりもまず、原付一種バイクの市場規模自体が縮小してしまったこと。
かつては16歳を迎えたばかりの高校生ないし中卒労働者から若奥様におばあちゃんまで広く乗られていた原付スクーターは、めっきり姿を減らしてしまった。
このへんの歴史に触れたら金取りたいくらい長くなるのでやめる。
契機となったのは2つの制度施行だ。
ひとつめが2000年から施行された排ガス規制。ざっくり説明すると、それまで50ccという豆粒みたいな排気量に十二分なパワーを与えてくれた2サイクルエンジンが作れなくなってしまったのだ。見るからにオンボロなスクーターが臭い白煙を吐き散らしながら走っていくのを見たり、その残り香に顔をしかめたことのある人は多いだろう(ここ読んでる人には恍惚とする変態も居るだろうが)。というわけで4サイクルエンジンの時代になったのだが、これでも規制を通そうとするとパワーが出ない。
2サイクル時代には6馬力出ていたのがいいとこ4.5馬力。数字の小ささから大したことないように見えるかもしれないが、25%のパワーダウンと言えば決して小さいものではない。加えて昔は50kg程度だった車重もヘルメットの義務化によるメットイン等による大型化や大容量の触媒装備で80kg近くになってしまった。当然価格も跳ね上がっていく。
そこに追い打ちを掛けたのが2006年の駐車違反取締の民間委託だ。他にも仕事が多くて大変なお巡りさんたちに代わって、駐車違反の取締を民間業者に委託するようになった。違反の取締が多くなるというのは、真面目に暮らしている人間にとっては願ったり叶ったりで大変によろしいことに思える。だがこの制度施行の一方で、二輪車用の駐輪場の整備はほぼなされなかった。言ってしまえばそれまでグレーゾーンというか「お目溢し」の上で成り立っていたというのはあまり褒められた話ではないにせよ、原付スクーターの「ちょっとそこらに停めておける」という最大の利点が失われることになる。
また夫婦共働き世帯の増加、すなわち専業主婦の減少に伴い、自分の所得のある女性は自前のモビリティを原付から軽自動車へと変えていく。風雨にも日光にも晒されず、ヘルメットで髪も乱れず、荷物も子供も積めるエアコン付きの乗り物を前に、もはや中古の軽が買えるような新車価格の原付は商売にならなくなりつつあった。
「ゆるキャン△」でりんちゃんのバイクとして(元からあった)人気の高まっているヤマハのビーノも、もうヤマハでは作らずあろうことかホンダのジョルノのOEM(乱暴に言うと許諾と供給を受けて名前だけ変えたもの)として販売している――つまり、もうヤマハほどのメーカーが自前で製造してたらペイしないようなものになってしまったのだ。
パワーはなくて遅い、そこらに気軽に停めることもできない、そして高い。
そして排ガス規制は回数を重ねて強化され、その度にエンジンは非力で高価なものにされてきた。これがまあそこそこ排気量のあるものなら頑張りようもあるのだが、元々少ない排気量からシャカリキにパワーを絞り出してきた50ccクラスではもう限界を迎えようとしている。というか、もう無理。
というわけで今回、125ccの原付二種バイクのパワー制限版を原付一種として認めてくれやというお願いが通ったという話に至るってわけ。
車体はエンジンに至るまで物理的に同じものなので製造コストが抑えられ、なんなら車体を共用する125ccモデルの価格を下げることだってできるかもしれない。
結局歴史に触れて長くなってしまったが、これでも短くまとめた方なので金は取らない。安心してほしい。

ぶっちゃけどうなんよパワー制限125ccって

まあ乗り物としてはキツいものになりそうではある。同じ低床スクータータイプのものにしたって、現行のホンダ車を例に取れば50ccのタクトが78kgに対して110ccのDioが96kgである。坂道なんかはかなり辛そうだ。
ただ国交省の行ったテスト(https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/council/nirinhoukokusho_002.pdf)では、とりわけ二輪車初体験という人に試してもらった範囲では目立った不便は感じなかったという結果が報告されているので、客層を考えたらそんなに僕らバイクオタクが気に病むことはないのかもしれない。
むしろ僕が気にするべきは上記のテストにおいてコイツが新基準原付、つまり50cc相当スペックにしたモデルとして用意されていたことだろう。

HONDA CB125R

僕が世界一愛するCB650Rの末弟、125cc版のコイツにも原付免許で乗れるタイプが設定されるかもしれない、ということだ。
スクーターとはまったく別の、ニーグリップして乗ってクラッチを切りペダルでシフトチェンジする「バイク」そのもの。なんなら足回りもとんでもないガチの「スポーツバイク」である。こういうことができるのであれば

YAMAHA YZF-R125

コイツや

SUZUKI GSX-S125

コイツのような原二本格スポーツモデルも、同じ車体を原付一種免許で乗り回すことができるようになるのかもしれない。
まあ原付馬力で30km/h制限のコイツらをどう思うかは人によるだろうけど、かつてのNS-1とかが若ボーイズの足として駆け回っていた時代みたいな空気になったらおじさんとしてはなんか嬉しいですね。

いっそ原付一種廃止して125cc乗れるようにすれば?

これも結構聞く意見ではある。現に欧州の方だと自動車免許に125ccクラスの二輪免許が、日本で言う原付一種免許のように付帯してるところもあるし、多くの人が125ccクラスのスクーターを日々の足にすることでパリの地獄めいた渋滞がだいぶ緩和されたという話もある。
ただこれは運転教習にしっかりと二輪のそれが組み込まれているからでもあり、ただでさえペダル3つも満足に踏めないようなのを甘やかしている日本の教習システムを今からそれに合わせて組み直せるのかという問題はある。何よりもこの国の気候は空調のない乗り物に対してあまりに過酷である。僕自身昨今のガソリン高騰やらクソ高タイヤ摩耗の恐怖、そもそも50km/hも出す機会のない市街地通勤なのもあいまって足用の原二スクーターが欲しくなってはいるのだが、冬の朝の冷え込みや夏の昼間の炎天、不意の大雨に「無理」という結論を繰り返し出しているのが現実だ。そりゃまあライドシェアとか公共交通機関が推されるわけであるよ。
そもそも原付一種免許というのが「少しでも多くの人にモビリティを」という理念のもとに設定されたものであることを理解しておく必要がある。16歳を迎えたばかりの高校生ないし中卒労働者から若奥様におばあちゃんまで、内燃機関の力で動く乗り物を手にすることができるようにするためのものだった。自動車に比べて遥かに軽便で安価、実技もなく筆記試験だけで取得できる代わりに、最高速度30km/hや二段階右折という制限が課せられるのである。
とりわけこの速度制限は「車から見たら却って危ない」とはよく言われるのだけれど、同時に「歩行者から見れば既に危ない」速度でもある。
事実、対人事故でも単独事故でも車両側の速度が30km/hを越えたところから飛躍的に死亡率が高まるという統計も出ているし、それこそがこの速度制限の根拠でもあるのだ。「決して自動車の完全な代替になるような乗り物ではないから無理をするな」ということをユーザーに伝えるためにも必要な制限であると僕は考える。原にLUUPとかいう脱法原付が歩道に車道にフラフラウロウロと危険運転を悪びれもせず繰り返しているのを見るに、免許取得という段階を踏むことによる心構えというのは馬鹿にできない安全障壁だろう。免許を持てる者の傲慢と言われてしまえばそれまでだけどね。

まとめ

まあそんなわけで「原付二種に乗れる権利が降ってくる」と思ってしまった人には色々と酷な話になってしまったが、もしもその「原付二種に乗れる」ということに心ときめいたのであれば、今からでも免許を取りに行くのをオススメしたい。自動車免許を持っているのであれば、AT限定ならば2日、MTでも3日で教習課程を終了できてしまえるように制度が改定されているのだ。もっとも費用面でいえば普通自動二輪免許教習とあんまり変わらない(必要な日数は雲泥の差)のが実情ではあるのだが……。
というのも、この教習日程の短縮措置も二輪メーカーからの要望が反映されたものであり、その目的は「原二からもっと大きなバイクに興味を持ってもらえたら嬉しいな」というものなのだ。つまりは「もういっそバイクの免許取っちまうか」と思わせたいわけなので、その意味では貴方も無事術中です。ようこそ。
だから今回の話でも二輪のある生活に興味が湧いたのであれば、それを少しでも大きく膨らませて貰えば僕個人としても幸いである。



うるせえいいからバイク乗れ。

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