現在のネオ・リベラリズムの潮流もまた、長い時間をかけて政治思想史が作り上げてきた安全保障=暴力=国家のトリアーデの外にあるわけではない。むしろ、そうしたトリアーデを新たに再強化させるものなのだ。そうであるならば、暴力に抵抗するために、わたしたちは主流の政治学が前提としてきたすべてを疑う必要がある。〔…〕
政治的領域の創設のはじまりに暴力を見い出そうとする政治思想の歴史は、人間の原初にある依存関係、さらには人間存在の脆弱さを忘却してきた歴史である。そうした歴史に抗して、本書では、放っておけばその生が維持できない、傷つきやすい、他者に依存しなければ生きていけない存在を社会のはじまりに位置づけてきた。そこから育まれる人間像とは、フェミニズム理論の中で女性たちの経験に耳を傾けることによって詳らかにされたわたしたちの「倫理」——他者との関係性に心を砕くこと——観のひとつを伝えている。すなわち個人の脆さ、わたしたちの関係性の壊れやすさ、わたしたちを取り巻く世界や自然の儚さをケアすることを巡る、実践や価値についてである。