『貴女は自分(あなた)になりなさい』(スト魔女 クルロス)

 私と一緒の部隊に配属になった彼女はまさしくウィッチになるために生まれてきたような人だった。
 身長だって私と頭一個分も違うし、体力も度胸もある。
 上層部から彼女と一緒にロッテを組んで戦うように命じられてから一週間がたったけど、私は彼女の動きについていくことすら難しかった。
 そもそも私がこうしてウィッチになれたこと自体が奇跡だというのになぜ上層部はこんなにも優秀な彼女と私を組ませたのか不思議でならず、私はその采配をただただひたすら呪う日々へと突入する。

 本来であれば私はウィッチになるべき人間ではなかった。
 小さい頃に病気をしてからというもの、体が弱くて食べることもやっとの時期が何年も続いて、いつだってこの身長と体力の無さにはコンプレックスを抱いてきたから。
 だから戦況を覆すためにウィッチ採用基準の緩和で部隊に入れたときは正直複雑な気持ちだったけど、人一倍の魔法力が確認された私はきっと出来るとどこかで信じていた……というよりはそうありたかったのだと思う。身長が低くても、体力がなくても私はウィッチになることを夢見てきたから。
 だけども彼女と一緒に飛んでいるとやはり私にはウィッチの適正はないように思えてくる。
 身長ほどある長い銃器の取り回しも、激しいドッグファイトの連続にも、私の体格と体力ではそれをするのが精一杯で、とても魔法力をコントロールして戦うなんて出来そうにもなかった。
 それは日が経つにつれて顕著に現れ、次第に周りからもお荷物扱いをされるようになってきて、やがては上層部が私の配置は失敗だと言うようになってきた。呼び出される回数も増えていき、不安や焦燥感が徐々に大きくなり私を蝕んでいった。

 ◆◇◆

 あれは忘れもしない、その年の初雪の日だった。
 朝から降り続けた大雪と強い風の影響で、猛吹雪になったことを覚えている。
 北欧ではこんな気候環境は日常茶飯事。むしろこれからの季節はこんな天候の日も多くなってくる。だから実践を想定して予定通り訓練は行われた。

 しかし私はすぐにユニットエンジンのトラブルで飛べなくなり、基地へと戻ることになってしまった。原因は魔法力配分バランスの偏り。暴風雨や吹雪の中での飛行は普段より繊細な気配りで魔法力を扱わないといけない。だが配属されて一年目の私にこの天候を想定して魔法力を使う力もなく、ただ闇雲に魔法力を展開しユニットに負荷をかけてしまったのだ。
 それからも訓練や出撃のたびにユニットを壊してしまった私はいつのころからか”ブレイクウィッチ”と揶揄されるようになり、ついには出撃の許可すら下りずに年が変わる頃には立派なハンガー掃除婦になっていたのだ。
 身長ほどの銃の代わりにただの箒を持ち、ユニットの代わりにゴム長靴を履いた私はさぞ滑稽だったことだろう。
 そんな姿をわざわざ笑いに来るためだけにこの寒いハンガーに来る暇なウィッチたちをあしらうのがこの頃の私の日課だった。
「何か用? 私、今忙しいのだけれど」
 だいたい私を笑いに来るウィッチたちは2、3人で群れてやってくるのだが、この日私の前に現れたウィッチは長身の彼女一人だけだった。
「まったく上層部は何を考えてるんだか。こんな可愛い女の子にハンガー掃除をさせるなんて」
「笑いにきたの?」
「まさか」
「でしょうね。貴女ほどの人が私を気にかけるなんて思わないから。聞けば毎日僚機が変わってるんですって?」
「そんな怖い顔をしないでおくれよ。――それについては否定しないさ。ただ私と一緒に飛びたいって子が多いだけで」
「だったらこんな汚れたところに来てないでさっさとその子たちのところに行ったらいいんじゃない?」
 この時の私は柄にもなくイライラしていた。
 ウィッチとして何もかもうまくいかない私。
 それに引き換えなんでもできて、ファンの子もたくさんいる彼女。
 天と地ほど離れた私の才など放っておけばいいのに、それでも彼女は引き下がろうとはしなかった。
「ねえロスマン」
「馴れ馴れしいわね。ヴァルトルート・クルピンスキー」
「名前を覚えてもらえていて光栄だね。でもそんなに気張らずに”伯爵”と呼んでくれていいんだよ。みんなが私を呼ぶ時はそう呼んでいる」
「遠慮するわ。クルピンスキー」
 ここまであしらっても彼女はいつも通りで、
「そうかい。気が向いたら呼んでくれてかまわないよ。――ただ今日はそんなことよりも伝えたいことがあってきたんだ?」
「……何かしら」
「君はもう少し君らしく戦ったらどうだい?」
「……なんのことかしら」
「無理をしている。それに焦っているよ」
 そう言った彼女の目はまっすぐに私の瞳を貫いていて、そして昔の心までをも見透かしてきた。そして私はこんな享楽主義者の遊びに人に心中を見抜かれたのが悔しくて、ついつい彼女のペースに乗ってしまったのだ。
「それは焦りもするわよ。私みたいに身体が弱いウィッチなんて本当は戦力にならないって。ただただ魔法力ばかり大きい才能の無いウィッチだって。でもせっかくこうして空を飛べた。だから一日でも早くみんなの役に立ちたいって思ってるわ! ……なのに……なのに……」
 気づいたら私はこのどうしようもなく女たらしで遊んでばかりのお気楽者に、誰にも見せたことのない涙を流して今まで抱えていた弱みを吐き出していたのだ。目の前が霞んでだんだんと見えなくなってきたから、私を包む彼女の腕が見えなかったのは仕方がない。もとよりその腕から逃げる気もなかったし、強がって現実から逃げていたのは私だった。
「私……どうしたらいいの……貴女みたいに近接戦も得意じゃないし重い武器も振り回せない。素早く動くことも出来なければ攻撃を避けることも得意じゃない……こんなんじゃ、私、何の役にもたたない……」
「どうもしなくていいさ」
「でも……!」
「どうもしなくていい。だって君はちゃんと力と強さを持っている」
「そんな適当なこと言わないで」
「君は私になろうとしていた。違うかな?」
「それは……」
「それが正解だと思ったのかい? 確かに私の方が今は強い。武器の使い方にも自信はあるよ。だけどこのやり方が全てじゃない。例えば武器は同じでも私と君の身長はあまりにも違う。魔法力の性質にしたって近接戦闘向きじゃない。あの戦い方は本当の君を活かせないんだ」
「そう……なの?」
「そうだよ。それを伝えに来たんだ」
「私、まだみんなの役に立てるの?」
「立てるさ。少なくともここで掃除をしてるよりはずっとね。本当の居場所はここじゃない。もう一回ユニットを履いて空を飛ぶんだ。今度は私でも他のウィッチでもない――君は君になるんだ」

 ◆◇◆

「いい。ひかりさん。貴女はこれが最初の出撃になるわ。それと覚えていてちょうだい。あなたはお姉さんにはなれない――いいえ、お姉さんではないわ」
「ロスマン先生?」
「ウィッチは一人ひとりがまったく違うの。お姉さんも誰かを守りたい。その気持ちの積み重ねで今の雁淵孝美になったのよ。だから貴女も自分に出来ることを精一杯やりなさい。それが求められるウィッチへの近道よ。貴女は他の誰でもない”雁淵ひかり”になりなさい」
「はいっ!」
「行くわよ。しっかりついてきなさい――」

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