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日傘

おう  なつだぜ
おれは  げんきだぜ
あまり  ちかよるな
ちかよると  あついからさ


この夏、初めて日傘を買った。
白くて裏地は黒くて、なんとなくオセロの駒みたいだなと思っている。わたしの勤務先はビル街で、風が強い日は簡単に傘がひっくり返ってしまうので、このへんもオセロの駒みたいだなと思っている。
このオセロの駒、もとい日傘、まだ秋冬を控えているものの、今年のベストバイに決定せん勢いで気に入っている。

そもそも、わたしはモノを持ち歩くのが嫌いで、なるべく荷物は少なくしたくて、いつもペットボトル大のサコッシュひとつで街に繰り出すのだった。そういったような理由で、周囲から薦められてはいたものの、日傘を持つには至ってはいなかった。

しかし、この夏はほんとうに暑い!家から外に一歩出ればでろでろっとなる。これはもう、でろでろっ、としか言えない。暑さと眩しさと喧しいセミと、夏の嫌なところたちが一気に飛び込んでくる身体感覚、でろでろっ。

どうにかしなければいけない。昨夏も同じように嫌な思いをしているはずだが、喉元を過ぎたので文字通り暑さを忘れている。今夏もまた同じ過ちをするにちがいない。そう、ここで食い止めなければいけない。なんだ、何をすればいい!直射日光を全身で受け止め無邪気に肌を痛めつけていく愚かなわたしは!夏という名の刃を突き立てられアリババのように絶体絶命のわたしは!一体、何ができるというのだ!!

【日傘】である。世の中には夏を乗り切るためのグッズはたくさんあれど、こんなにも革命的な道具はない。懐中電灯やロウソク、最近ではスマートフォンにライト機能が備えられていて、わたしたちは気軽に明るさを手にすることができる。しかし、反対に暗さを携えることができるのは日傘だけではなかろうか。 この身体だけをすっぽりと覆う暗がりが、夏の日差しをずいぶんと和らげてくれる。

さらに、これは偶然の産物であるが、日傘をさすことで街になんとなくわたしのテリトリーを生み出すことができる。これは都会の街歩きには重要なもので、身体を押し流されそうな人混みと広告の圧力から、世界を区切るやんわりとした壁になる。 ただでさえ暑くてストレスが溜まっているのだから、これ以上のストレスを受けるのはたまったもんじゃない。日傘は日差しだけではなく、それ以外のストレス要因をもブロックしてくれるのである。

このように素晴らしい日傘。今や日傘をさしていない人が、それはそれは暑そうにみえる。日傘も帽子もサングラスも身につけていない人とすれ違うとよほど日差しが好きなのか、魔法的なもので暑さ耐性を付与されているのか、そんなはずはないが、そんな想像をしている。そして願わくば、その人が明日から日傘を使ってくれんことを。そんな世界が変わるような体験だった日傘。どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ!もっとみんなおすすめしてほしかった!!!

ーーーー教えてくれてましたよ。去年の夏も、その前も。親もパートナーも友達も、おすすめしてましたよ。わたしが聞き流していただけです。
日傘なんてささなくたって、わたしにはわたしのテリトリーがあって、誰も入れていないじゃないか。

ちょっといい醤油を買います。