「たすき掛け!」本編

1、以下の記号を使用しています。
 ■    状況・場所の説明。場面転換など。
《 》ナレーション
キャラクター名( )キャラクターの心情

2、キャラクター
武田莉子(タケダリコ)主人公。14歳。中学2年。野々宮中学校陸上部員。砲丸投げ・高跳びなどのフィールド競技専門。
佐藤愛香(サトウアイカ)14歳。中学2年。長距離専門。
林光希(ハヤシミツキ)13歳。中学1年。長距離専門。
渡辺杏奈(ワタナベアンナ)14歳。中学2年。長距離専門。
友定樹里(トモサダジュリ)14歳。中学2年。長距離専門。陸上部部長。
田中先生(タナカセンセイ)陸上部顧問。理科教諭。

■現在・駅伝大会当日
瀬戸内の冬。広島県。なのかいち市(架空の市です)
1月9日昼の11時位。快晴。
海岸沿いの国道を白い息を吐きながら、疾走する女子中学生たち10人。
襷を斜めにかけ各学校の名が入ったユニフォームを着ている。
沿道には保護者たちの姿。

《個人競技がメインの陸上において》
《数少ない団体競技がある》
競技場トラックで行われるリレー、そしてーーーー》
《駅伝だ》

4区。距離は2.6キロ。
先頭集団からかなり遅れた位置を走る莉子。
10チーム中、7位。
足取りは重く息も絶え絶えだ。
15メートル前に『唐坂中学』と書かれたゼッケンをつけた選手がいる。

莉子(まじ、駅伝って…)
莉子(クソだな!)

■1週間前。
野々宮中学校校庭。
曇天の年末。冬休み。午前。
グラウンドではサッカー部が練習をしている。
片隅で遠巻きに見ている陸上部員たち。
男女合わせて15人程。
ストレッチをしている者、だべっている者、総じて緩い雰囲気。

莉子「はああ。めっちゃ寒い……」
光希「こんな寒いのに、なんで駅伝なんですかね?」
莉子「ほんそれ」
愛香「全部田中先生のせい。勝手にエントリーしちゃうんだもん」
杏奈「田中先生、駅伝好きだもんねぇ」

ぶつくさ言いながらトラックへ集まる部員たち。

莉子「みんなはさ、元々長距離なんだからさ、駅伝とか余裕だよねぇ」
杏奈「あ。莉子は砲丸だもんね」
莉子「走るの嫌だから、フィールド選んだのに、駅伝メンバーに選ばれるとかさ。理不尽」
愛香「ぶは、陸上部なのに走るの嫌いとか草」
杏奈「仕方ないじゃん。長距離メンバー足りないんだから」
莉子「わかってるけどさぁ」
光希「莉子先輩、同情します。駅伝に無理やり繰り出されるの酷すぎです」
莉子「光希、かわいい」
愛香「今更何言ってんだか。大会、来週じゃん。いいかげん諦めろ」
光希「あ!」
莉子「え、何?」
光希「なんていうんでしたっけ、こういうシュチュエーション」
愛香「まな板の鯉?」
莉子「広島だけに!!」
樹里「……そこうるさい」

部長の樹里が一歩前に立つ。

樹里「大会までもう少し。駅伝はチームスポーツだからね。いつもみたいに一人じゃない。みんなでゴール目指そう」

莉子(連帯責任ってやつじゃん)
莉子(嫌だなぁ。私、絶対遅いもん)
莉子(何げにプレッシャー…)

樹里、莉子をみる。
合わせて部員の視線が莉子に集まる。

樹里「莉子はリタイアしなきゃいいから。あとは私たちがフォローするよ」
莉子「あ、うん…」

■現在・駅伝大会当日
『唐坂中学』のゼッケンを追いながら、莉子が走っている。
なかなか距離が縮まらず息は荒い。

莉子(って言ってもさぁ)
莉子(きつ過ぎる)
莉子(何やってんの、私…)


■莉子のモノローグ
1年半前。4月。
中学校に入学式の直後。
莉子の家のリビング。
ソファに横になりタブレットで動画を見て馬鹿笑いする莉子。

莉子母「莉子、いつまでもダラダラしてないの」
莉子母「中学生になったんだから部活に入って運動でもしたら?」
莉子「えー、やだ。面倒臭いじゃん」
莉子母「高校入試の内申にも関わってくるんだって聞いたわよ」
莉子「うーん。スポーツって勝敗決めるでしょ」
莉子「私のせいで負けたりとか、あんまり好きじゃない」
莉子母「じゃあ陸上にすればいいじゃない。個人競技だし」
莉子「勝手に決めないでよ」
莉子母「母さんが言わないと、あんた何にもやらないでしょ。陸上にしたら?」
莉子「もう、うるさいな」

莉子(人と競うのが嫌いなんだもん)
莉子(それに走るの好きじゃないんだよね)
莉子(だるいじゃん)
莉子(てか、運動部に入るの既定? うざい…)


■莉子のモノローグ
1年半前。4月。放課後。野々宮中学グラウンド。
暖かい日差しの下、部活見学をして回る新入生。
莉子は一人でグラウンドの陸上部を見学している。
ストイックに外周を走る長距離の選手を冷ややかに見つめる莉子。

莉子(うわ、ただ走ってるだけなのに。何が楽しいんだろう)
莉子(わからん)

莉子の前を通り過ぎる選手。
その内の一人、すらりとした女子選手がちらりと莉子を見る。
綺麗で無駄のないフォームと肉体。
軽やかな足取り。
莉子は一瞬にして心奪われてしまう。

莉子(すごい…)
莉子(何か風みたい。体重ないのかな…)

いつの間にか隣に樹里がいる。

樹里「走り方、めっちゃ綺麗ですよね。中学生離れしてますよね」
莉子「え。あ、そうです、か?」
樹里「あの先輩、県大会で優勝したこともあるんだって」
莉子「へ…へぇ」
樹里「私、1年2組の友定樹里です」
莉子「あ。4組の武田莉子」
樹里「武田さんって陸上に興味があるの?」
莉子「まぁ…。でも走るの得意じゃなくて。ていうか運動は得意じゃ…」
樹里「陸上は初心者でもできるし、走らなくてもいい競技もあるよ」

樹里がグラウンドの隅を指差す。
砂場に向かって砲丸を投げている生徒たちの姿がある。
わいわいと穏やかな雰囲気だ。

莉子「あれが走らなくてもいいやつ?」
樹里「うん。砲丸投げ。陸上部だから最低限は必要だけど沢山は走らないと思うよ」

莉子(じゃあ練習、楽かも? 運動部入らないと母さんうるさいし)
莉子(決めとこうかな)

樹里「一緒に入りませんか?」
莉子「あ、入ります」

■現在、駅伝大会当日
4区。1キロ過ぎ。
『唐坂中学』の選手のペースが落ちてくる。
少し間が縮まる。

莉子(そもそもあの日、入部を決めたのが間違いだったんだ)
莉子(入部しなきゃしんどい思いも、寂しさも感じなくてよかったのに!)

■莉子のモノローグ。
陸上部に入った莉子。
トラック競技(短距離・長距離)に比べてフィールド競技(砲丸投げ・高跳び)を行う部員は少ない。
砲丸投げは男女合わせて3人。
トラックや校庭の外周を走る短距離・長距離の選手を尻目に、練習用のソフト砲丸ボールを投げている。
顧問の先生もトラック競技の選手たちばかりを指導している。

二、三度ボールを投げ、休憩する莉子。
しなやかに走る先輩や同級生たちとは温度差が激しい。
莉子は遠目に眺めている。

一年が過ぎ、砲丸投げの先輩は卒業していき莉子一人となった。
黙々と砂場に向かって砲丸を投げる莉子。
和気藹々としているトラック競技の同級生たち。
物足りなさを感じている莉子だった。

■現在・駅伝大会当日
4区。2キロ地点。
沿道で応援する観客に混ざり母親の姿を見つける莉子。
群衆の中で一人で両手を振り歓声を上げている。

莉子母「莉子!!頑張って!!!」

莉子(もう恥ずかしい…)
莉子(てか長距離きつ過ぎ。地獄か)
莉子(でも)
莉子(あんなに応援してくれてるのに)
莉子(私、カッコ悪いな)

莉子顔をあげ前を向く。
相変わらず『唐坂中学』の後を追っている。
距離は5m。

樹里の言葉「莉子はリタイアしなきゃいいから。あとは私たちがフォローするよ」が脳裏に浮かぶ。

莉子、歯軋りをする。

莉子(何かムカついてきた)
莉子(そりゃあ砲丸投げだし。走るの好きじゃないし)
莉子(期待されてないのは知ってるけど)
莉子(でも戦力外だって思われるのも気分悪い)
莉子(1年間、ただみんなを見てたわけじゃない)

体に力を込める。
息はさらにキツくなり、体が軋む。
莉子、いつか見た先輩や同級生の走る姿を思い出す。

莉子(腕はこんなだったかな)
莉子(足はしなやかだった)
莉子(もっと、もっと)

スピードが上がり、少しずつ前をゆく選手との距離が縮まってくる。
お互いの息遣いが届く。
驚いた顔をする『唐坂中学』の選手。
莉子と並ぶ。

海岸沿いの直線に入る。
200メートル先に5区(最終区)の中継地点が現れる。
莉子は襷を外した。
『唐坂中学』の選手も襷を外し、スパートをかける。
だんだん近づいてくるにつれ選手の姿が見えてくる。

樹里「莉子!!!!」

莉子(樹里…!)
莉子(私はできる!)
莉子(私は走れる!)

競り合いながら莉子は襷を樹里に渡す。
軽快にスタートする樹里。
莉子は路肩にへたり込んだ。
田中先生が駆け寄ってくる。

莉子(やばい。走るの楽しい…)

■駅伝大会終了後
1月下旬。雪がちらついている。放課後。野々宮中学。
グラウンドの片隅。
ストレッチをする莉子たち陸上部員。
相変わらず緩い雰囲気だ。

莉子(結局。私たちは6位で終わった)
莉子(樹里も頑張ったけれど)
莉子(駅伝は一人で何とかなるもんじゃないってこと)
莉子(まぁ私がネックだったんだけど)

莉子「体痛い…」
杏奈「何で?」
莉子「体育で持久走したら太ももが筋肉痛に…」
愛香「体育で本気になっちゃったの? やばいね」
杏奈「駅伝、めっちゃ莉子よかったからじゃない? 目覚めちゃった?」
莉子「ふふ」
光希「先輩、走れるじゃんって思いました! もっと走りましょ」
莉子「うん。無理かな。辛いし」
愛香「またそんなこと言う。諦めるの早くない?」
莉子「諦めも肝心っていうじゃん?」
樹里「……駅伝、楽しかったでしょ?」

莉子は微笑み背伸びした。

莉子(でも次は大丈夫。きっと、ね)

雪が止み、雲間から太陽が現れたのだった。







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